29.楽しい楽しいピクニック その一
「ねえ、次の休みにピクニックへ行かない?」
いつものカフェテラス、リリシュが両手をパンと叩いた。
「ピクニック?私とリリシュとプラゥの三人で?」
「ええ!南の門から少し歩いた所にね、素敵な場所があるのよ。小高い丘に挟まれた池があってね、そこに沈む鉱石がまた綺麗なのよ」
へえ、そんな所あるんだ。
実地訓練くらいでしか町の外には出た事が無かったので初めて耳にした。
思えばここは聖都なんだから、観光名所の一つや二つあってもおかしくはない。
「知ってる、夜になると星空を映してとても綺麗だって。ちょっとした有名スポットになってるって」
「そうなのよ、場所も街道からそう離れてないし、危険はないとは思うけど」
プラゥとリリシュが楽しそうに話す。
流行や人気に敏感そうなリリシュはともかく、プラゥまで知ってるのか。
俺ももうちょっと、自分の住む町の事くらい知っておいた方がいいかなあ。
「町の外なんて外出許可下りるかな?一学年の時よりは下りやすくなってるとはいえ、さすがに外は駄目なんじゃないの?」
俺の言葉に、リリシュは大丈夫!と胸を叩いた。
「護衛を頼むつもりだから。それにあの場所はプラゥの言った通り人気スポットで、常に誰かしらいるのよ」
保護者付きか、なら大丈夫か。
ピクニックかあ、レジャーシート敷いて、お弁当食べて、青空の下ぐうぐう寝る。
気持ちよさそうだ。
俺は次の休日が、とても楽しみになった。
集合場所は、学園敷地の正門。
リリシュがお弁当を持ってきてくれると言っていたので、俺は手ぶらだ。
同じ『花冠の館』に住んでいるのに、何故集合場所が別なのか。乙女には色々と支度があるのだ。
部屋をノックしたらプラゥはすでに出ていたので、支度があるのはリリシュのみだが。
『花冠の館』を出ると、青い空が迎えてくれた。快晴だ。
散歩がてら暢気に門へと向かうと、三つの人影が見えた。
「おはようございます、ノイルイー嬢」
ローシオンが笑顔で手を振る。
横にはエヴィとプラゥがいた。
「おはようございます、護衛ってもしかしてお二人ですか?」
聞くと二人は頷いた。
「今日は誠心誠意、お嬢様達をお守りさせて頂きますよ」
エヴィが胸に手をあて、ウィンクを飛ばした。
リリシュがいたら大喜びしそうだが、残念ながらここには朴念仁の少女二人しかいなかった。
ローシオンもエヴィも、今日は軽装だった。近場のピクニックに鎧は無粋だと合わせてくれたのだろうか。
「わざわざありがとうございます。護衛と言わず、今日はお互いのんびりとしましょう」
俺は二人に笑い返した。プラゥもそうだねと同意している。
ローシオンが持っているのは何だろうか、多きめの箱だが。
聞くとティーカップやらお茶の入ったポットやらが入っているという。
ついでに炎の魔力が込められた魔石の保温付き。
「持ってもらった」
プラゥが用意したものらしい。少し蓋を開けて見せて貰った。
見覚えがあるから、食器自体は多分リリシュの物だと思う。
「ごめんなさい、お待たせしました」
リリシュがバスケットを持って登場した。
少し息を切らしている。
さっとエヴィがリリシュからバスケットを受け取った。流石イケメン、行動が早い。
昼までには時間があるから、ここから歩いて行こうという事になった。
道中何か美味しそうなものがあったらついでに買えるし。
俺だけ手ぶらなので、どれか屋台で買っていこう。
やっぱ肉だよね、肉、肉。
思わず口に出ていたら、リリシュが呆れた顔をしていた。
「ノイルイー、野菜もちゃんと食べないと、ダメ」
プラゥにまで注意されてしまった。
「わ、わかってますうー」
思わず口を尖らせると、ローシオンが嬉しそうに俺達を見つめていた。
「女の子達に囲まれて幸せそうだなローシオン」
「エヴィ!」
途端に表情を変え、真っ赤にしている。
またからかわれてるよローシオン。かわいそうに。
賑やかな商店街を抜け、南門へと辿り着いた。
俺の手にはしっかり肉の串焼きが握られている。
目移りしまくったあげく、揚げ物と蒸かし芋も追加した。
ローシオンとエヴィが持つと言ってくれたが、この匂いがたまらなくてお断りさせて貰った。
その理由にリリシュとプラゥは呆れていたが、騎士二人は笑っていた。
小高い丘には、既に家族連れがいくつかいた。
斜面下の池の周りで、子供達が走り回っている。
俺達は池の傍に敷物を広げた。
持って来た荷物を置き、一息つく。
「あー、綺麗な池ね。水が翡翠色よ」
リリシュが池に目を輝かせる。
俺とプラゥも、しゃがんで水面を覗き込んだ。
確かに青みがかった緑色をしており、昔沖縄で見た海を思い出した。
手を入れてその色を掬う。水は透明だった。
さてさっそくだが食事にしよう。
俺が屋台で買った料理の包み紙を破いて広げていると、リリシュが呆れていた。
彼女のその表情は、まだ午前だというのに何度も見ている。
おれの保護者みたいだと、クスリと笑ってしまった。
「だってもうお昼じゃない、せっかくだから食べようよ」
「もう、仕方ないわね」
リリシュは苦笑してバスケットから、小さくカットした肉のサンドや野菜のサンド、肉巻き、南瓜と野菜のチーズサラダ、カップに入ったマリネ、他にも色々と取り出して並べた。
デザートも複数あり、イチゴの入った焼き菓子に涎が出そうだった。
「これ全部リリシュが作ったの?凄い凄い!」
思わず興奮して叫ぶ。
「そうよ、と言いたい所だけど、食堂の料理人さんに手伝って貰っちゃった」
いやそれでもじゅうぶん凄いよ。俺は手を叩いてリリシュを賞賛した。
その間に、プラゥがお茶を入れてまわっていた。
「どうぞ」
二人の騎士にも配る。
「護衛なのに申し訳ありません」
ローシオンが謝りながら受け取り、エヴィに渡す。
「そんな事おっしゃらないで、一緒に食べてください。嫌いなものがないといいのですが」
「いや、流石に貴女達の食事までいただくわけには……」
リリシュの誘いに、ローシオンは慌てて断る。
「何ですか?リリシュの料理が食べられないと言うのですか」
俺のまるで酔っ払いの様な絡み方に、エヴィが苦笑してローシオンの背中を叩いた。
「ここまで言ってくださってるんだ、ご相伴に預かろう。……ああ、この肉のキッシュ、とても美味しい。貴女を妻にできる方は最高に幸せ者ですね」
エヴィの微笑みに、リリシュはそんな……、と赤くなった顔を両手で隠す。
ローシオンはため息をついて、腰を下ろした。
真面目なのはわかるけど、せっかくのピクニックだ。どうせなら楽しめばいいのに。
「休憩だと思って休んでください。はい、これ食べないと損ですよ」
俺は木のピックに刺された肉巻きを、ローシオンの口元へと持っていく。
「え、あの……」
何故かローシオンが真っ赤になり硬直している。おいおい、急にどうした。
「食べないんですか?……もしかして、嫌いでした?」
そうか、肉が苦手な人だってそりゃいるか。俺は申し訳ないと手を引っ込めようとした。
シュンとした俺に気を使ったのか、ローシオンは慌ててそれを引き止めた。
「い、いいえ!嫌いでなんて、ありません。い、いただきます……!」
パクリと食いつく。流石男だ、一口で食べてしまった。
何故かエヴィがにやにやしている。リリシュも、まー!って口を押さえていた。
プラゥは平常運転だ。
え、今の普通に友達同士でやるよね?何その反応。
首をかしげながら、俺も食事を再開した。屋台のじゃがバターもたまらない。
デザートのマフィンも焼き菓子もめちゃくちゃ美味しい。エヴィじゃないけど、リリシュをお嫁さんにできたら最高なのに。
いっぱい食べたらお腹も満足して、眠くなった。
俺はごろんと横になる。そよぐ風が気持ちいい。青い空が心地いい。
プラゥは本を読んでいた。リリシュは俺にはしたないと言いながら、肩を竦めただけだった。
エヴィはリリシュとお茶を飲んでいる。
ローシオンは転がる俺の横に座っていた。
眠気が襲ってくる、ローシオンの愛おしそうな微笑みを見た気がした。




