28.老神父と憂鬱
『再来の聖女』への謁見が終わり、ようやく肩の荷が下りた、と思ったら荷物に追加が入ってしまった。
何だか次々ととんでもない事が身に起こるなあ。
どっと気が疲れたので、人の少なそうな大聖堂の裏手から帰ることにした。
正面玄関には参拝者や神官達も多いだろうし。
とろとろと、重い足取りで階段を下りて行く。
ふと、しわがれた声をかけられた。
「ほっほ、何か思い悩んでいなさるのかね?」
下りた階段の先の端に、腰をかける老人が居た。
僧衣を着ているから神父様だろう。
「あはは、ちょっと身に過ぎた事が連続で起きて頭が追いついていないだけです」
階級がわからないが、流石に砕けすぎた物言いだっただろうか。
「そうかいそうかい、若い時はめいいっぱい悩むといい。わしは若い時あまり悩まず真っ直ぐに突き進んできたつもりじゃが、結局うまくいってるとは思えないからの」
老人もふふふと柔和な笑みを浮かべる。
「そういうものですか、……ならいっぱい悩んでみます」
「うむうむ、わしはよくここらへんでサボっているからの、よかったらまた話しておくれ。わしは神父アールじゃ。と言ってももう、人の話を聞くくらいしかしておらんが」
先に名乗らせてしまった……。
「失礼しました、私は学園の生徒ノイルイーです。少し悩みが軽くなった気がします、ありがとうございます」
アール神父はにこにこしている。
教会には年配の方も多いけど、ここまでお年を召した方は見ない気がする。
長くここにいるんだろうか、後でリリシュに聞いてみようかな。
……男とはいえ、流石に老人じゃリリシュも興味なくて知らないか。
あー、しばらくは何もないといいなー。
「何だか疲れてない?」
授業が終わり、テーブルに突っ伏しているとリリシュが心配そうな顔で覗き込んできた。
「ちょっとね、ほら、謁見とか凄い緊張したし」
シュルス様との事は言えないが、それ抜きにしたって去年からバタついてた気がする。
「まあ、わかる気がするわ。貴女の周り、いつも何か起こってる様な気がするもの」
「そ、そんな事は……」
ないと思いたい。が、思えない。
「歩ける?カフェテラスでプラゥと待ち合わせだけど」
「そこまでじゃないよ、普通に歩けます。じゃ、帰ろうか」
俺は鞄を掴んで立ち上がった。
プラゥは先に来ていた。
本を読みながら、林檎ジュースを飲んでいる。俺達に気付くと、小さく手を上げた。
「お待たせ。……ああノイルイーは座っていて、私が持ってくるから」
プラゥのいる席につき、鞄を置いてカウンターに向かおうとするとリリシュに手で止められた。
そんな気を使うことないのに。
「何かあった?」
プラゥが本をしまいながら尋ねる。
「いや、私がちょっと疲れた顔してたから気遣ってくれてるだけだよ」
「疲れてるの?ノイルイー」
「あはは、謁見でちょっと緊張しただけ」
苦笑する俺に、プラゥは『再来の聖女』の事を聞きたがった。
「どうだった?やっぱり、お年を召していた?」
「いや、それが二十歳くらいしにしか見えなくて、声も若いしとても四百年生きてるとは思えなかったよ」
「綺麗だった?」
「それは凄く」
部屋の様子や『再来の聖女』様の姿を覚えてる限り説明する。
部屋も服も何もかも真っ白だったのくだりは、若干プラゥも引いていた。
「それで、聖女様を護衛する騎士様はどんなお姿だったのかしら?」
うきうきと、リリシュが紅茶と茶菓子セットを載せたトレイをテーブルに置いた。
「それが部屋の外にも中にも護衛とか誰もいなくてさ……。あ、ねえプラゥ、聖女様に貴女には騎士はいるかって聞かれたんだけど、意味わかる?」
「騎士?神殿の騎士団?」
「私もそう聞き返したんだけど、違うって言われて」
「何だろう、ノイルイーに対して言ったなら聖女見習い……、ううん、聖女の騎士、かな」
仕事をする聖女には必ず護衛はつけられるだろうから、それの事だろうか。
いや、騎士団とは違うというのだからそれは無いか。
俺とプラゥはしばらく考える。
「聖女の個人的な騎士って事なのかな。貴族の聖女なら、専属につく事もありそうだけど」
「一人の聖女に尽くす騎士なんて、一つしかないじゃない」
俺の言葉に、即座にリリシュが返した。何だか得意げだ。
「あんま当てにならなそうだけど、一応どうぞ」
リリシュはふんとかわいらしい鼻を鳴らした。
「恋人よ、恋人」
やっぱ当てにならなかった。
だがプラゥは、それもありえるかもしれないと言った。
「そんなプラゥまで……」
「正確な事はわからないのだから、候補の一つとしては、必要」
まあ、そうかもしれないけど。
じゃあ、『再来の聖女』様は、俺に恋人いるー?って聞いてきた事になっちゃうんだけど。
プラゥは何か気になるようで、聖女と騎士……と呟いていた。
「聖女と騎士が気になるなんて、プラゥもとうとう恋を知る年頃になったのね」
自分を抱きしめ喜ぶリリシュに、俺はいや同い年だろ!とツッコミたかった。
リリシュの歓喜を無視し、プラゥは目の前の林檎ジュースをじっと見つめ考えに耽る。
「四百年前、ここはできた。教会も、騎士もできた。その前は、どうだったんだろう」
「聖女の育成が国々で行われてた時代?普通にその国の騎士達が護衛してたんじゃないの」
別に騎士自体はそれぞれの国にいたわけだし。
だがプラゥは引き続いて考えている。
「……もっと前。ずっとずっともっと前。最初の聖女は、誰?」
「流石に大昔過ぎて、資料とかないんじゃないかしら。魔瘴が出た時代って、つまり人が生まれた時代って事でしょう?オルタニア様の涙が少女に流れ~、なんて伝説は残ってるけど」
俺もリリシュの言う通りだと思う。前の世界でだって、文明が進むたびに発見はされていくが、はっきりしてるわけじゃないし。
「うん、わかってる。でも、私は、知りたい」
ふと思う。ミミナガ族なら、知っているだろうか。
だが彼らはもう何百年とその門を閉ざしている。プラゥも、それはわかっているだろう。
もし俺がシュルス様の言う様に、無事ミミナガ族に会えたなら、少しはプラゥの知識欲に協力できるだろうか。
でも今はまだ言えない。言える時が来るのかもわからない。
考える事は苦手なのに、色々とちゃんと考えないといけなくてしんどい。
「ちょっと、また疲れた顔してるわよノイルイー。本当、大丈夫?」
リリシュが俺の肩に手をのせる。
プラゥも、心配そうな顔をしていた。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた。もー何かパーッと楽しみたいなあ」
リリシュとプラゥが顔を見合わせている。
心配させちゃった。悪いことしたなあ。
「あー、でもみんなでお出かけはしたいわね。お買い物とかでもいいし」
「私もノイルイーも、お金、あまりないよ」
プラゥに頷いて同意する。
「じゃあ、騎士様鑑賞ツアーとかどうかしら。お金かからないわよ」
「全力で却下します」
今度はプラゥが俺に同意して頷く。
「町の図書館で、読書。学園の本とは、また違った物、見つかる」
俺とリリシュはうーんと苦笑する。
プラゥは本当に本が好きだなあ。
「私はのんびりお昼寝でじゅうぶんだなあ。もしくはいっぱい食べる事」
また男の子みたいな事を、とリリシュが笑った。
男の子です。心の中は。
「今度また考えておくわね。やだ大丈夫よ、そんな顔しなくてもちゃんと三人で楽しめそうな事にするわ」
不安が顔に出てしまっていたか。
でも何だかんだ言っても、こうやってリリシュとプラゥとお茶をしながらお喋りするの、ストレス解消になってると思う。
空になったカップにリリシュがお茶を注いでくれる。
クッキーをほおばる。
ポリポリ、ああ、幸せなひと時。




