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21.大聖堂と騎士団宿舎 その二

 空き家である、古い館で魔瘴獣と対峙した事を話した。

 聖なる文字の書かれた青い宝石の事。でてきた魔瘴が人よりでかい魔瘴獣になった事。

 初めて浄化できた事。

 その空き家とルートを誰かが用意したであろう事。


 勿論ナナリエーヌ様達の名前は伏せた。

 名も知らぬ少女達で、知らずに利用されただけの様だったと伝えた。


「本当に名前を知らないんだな?顔は覚えていないのか」

「顔を覚えるのは苦手でして、うーん、ぼんやりと……、うーん、浮かびません」


 深く考え込むふりをすると、半目で冷たい視線を向けられた。


「わかった、じゃあとりあえずそれはいい。ちょっと立ってこっちを向け」

「あ、はい。一体なんで……いっ!」


 ギリリと、左肩を強く掴まれた。

 俺の目線に屈んだライアールが、酷く怒った目を合わせてきた。


「いいか、今回は偶然無事にすんだかもしれないが、金輪際一人で解決しようとするな。お前はいいかもしれないがお前が対処できない事件だったら、関わった奴等が被害を受ける羽目になる」

「それは……」

「言い訳はきかない。成功だろうが失敗だろうが、勝手な行動の言い訳にしかならない。言う必要があるなら、行く前に言え」


 だってナナリエーヌ様達の将来に傷がついてしまうかもしれなかったし。

 信用できる騎士や教師なんて知らないし。

 まさか、あんな魔瘴獣でてくるなんて思わないし。

 一応、戦える自信はちょっとあったし。


 色々頭の中で浮かんでぐるぐるとまわったが、何一つ言えなかった。

 確かにそれらは言い訳だったが、俺はあの時そんな事どれ一つ考えてもいなかったのだ。


 ただ目の前に来たナナリエーヌ様が何かやばそうなの持ってる、なんとかしないと!って思っただけだ。

 案内されるままに向かっただけだ。

 ナナリエーヌ様達が泣いていたから、泣いて謝ってきたから、もういいやって思っただけだ。


 ――お前の考えも無くすぐ行動に移すのは悪い癖だ


 師匠の苦言が、また思い出された。


「……ごめん」


 かろうじて出せた一言が、それだった。

 うつむいてそれ以上何も言えない俺に、ライアールは小さく息をつき俺の頭をそっと抱き寄せた。

 別に泣いてはいなかったが、心配してくれてるんだろうと思って甘んじて受けた。




 ライアールは部屋から出ると、誰かに何事かを話し戻ってきた。


「丁度ピスカが外にいただろ。パラデを呼びに行かせた」


 ピスカって、拍車磨きのさっきの少年か。


「あの人も騎士じゃないのですか?小間使いみたいな事させて申し訳ない様な」

「あいつは団長の従騎士だから、これぐらい日常だ。あいつは有望だからすぐ叙任されるだろうがな」

「へえ……」


 思い返せば、確かに腕とか筋肉しっかりついてた気がする。

 性格のせいか、ちょっと頼りなくもあるけど。

 いかにも純朴な、土と太陽の匂いがしそうな子だったな。


 学園の敷地にいる騎士団はみんな妙に小奇麗な顔をしている人ばかりなせいか、ピスカの様な平凡な顔に安心する。

 決してイケメンへの嫉妬ではない。決して。





「では、これで全てですね」


 パラデリオン司祭様は俺の話した事を手元の紙に書き付けると、それを胸元へと仕舞った。


 ライアールへと話した事を、パラデリオン司祭様に再度説明をした。

 魔瘴獣を出した令嬢の事を、ライアールと同じ様に少し気にしたが、ありがたい事に深くは追求して来なかった。


「あの、これって大問題にしたくないのですが。いえ、魔瘴獣の事は勿論協力しますけど……」


 大事になればナナリエーヌ様達の事が明るみにでちゃうかもしれないし。

 万が一にもあのお嬢様達が連れてかれて、異端審問とかされたら……!


 つい日本で読んだ魔女狩りとか異端審問会とか恐ろしい物語を思い出してしまう。


「聖都に人間よりでかい魔瘴獣が出た事も、その聖なる文字が書かれた宝石とやらも、全てが大問題なんだがな」


 ライアールが呆れた声で言った。

 それをパラデリオン司祭様は手でまあまあと抑えると、俺に向き直った。


「貴女が、いえ貴女方が不利になる様な事はしませんしさせません。不安なら、魔道具を使った誓約をしてもいいですよ」

「じゃあえらい人達には……」

「対処しないといけませんから、信頼できる者達で話し合いはさせて頂きますけどね」

「司祭様が、そうおっしゃるならお任せします……」


 魔道具で誓約なんてできるのか。

 でもそこまでしなくても、ライアールが信頼してる様だしいいだろう。


「パラデは性格は悪いがとりあえず信頼はできる、安心しろ」

「貴方の事を常に心配する友に随分な言い草ですね」


 パラデリオン司祭様は悲しそうな顔をしたが、全く悲しんでいる様には見えなかった。なるほど。



「それにこいつも、一応『えらい奴』だしな」

「ライアール、それは私にそうしろとせかしているのかな?」

「そんなつもりはない」


 ライアールは小さく笑う。

 何のやりとりかはわからないけど、仲いいんだなと微笑ましく思った。


「その微笑が少し腹立つな」


 ライアールがまた不機嫌そうな顔に戻ってしまった。面倒な男だ。


「そういえばノイルイー嬢、貴女は今年で二学年でしたね?」


 パラデリオン司祭様が、ふと思い出した様に俺に顔を向けた。


「はい」


 俺の返事に、何か考えるような仕草をとった。

 ライアールは何かに気付いたのか、ああ、と頷いた。


「だがまさかお前……」

「いやあわかりましたか、流石ですね」


 ライアールとパラデリオン司祭様が、また俺にはわからないやりとりを始める。

 俺の学年と何が関係があるのだろう。


 その意図を知る事ができたのは、二ヵ月後の授業でだった。

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