11.ささやかな意地悪 その二
結論だけ言うと、学園の保健室で俺の出る幕はなかった。
並んだベッドに寝ている生徒は確かにいたりするんだけど、何で寝てるのかがわからない。
保健医である女性の司祭様が、それに対して何も言わずそのままにしているし。
「ああ眩暈が~」とか「あの方を思うと胸が苦しいの」とか言う患者もいて、どうやら俺の手に負えるようなものではないらしい。
サボりで寝に来るって、どこの世界でもあるもんだ。いや、彼女達にとっては本気のものかもしれないが。
多感なお年頃の少女の病とは、とても厄介なものなのだ。うん。
「お前、最近また何かやってないだろうな」
厄介なのはこれもだった。
学園内の商店が並ぶエリアに、生活品を補充に来たら突然首根っこをひっぱられた。
掴んできた手の先を見ると、お美しい顔に流れるような綺麗な金髪。
「最近よく見かけますけど、本堂の騎士って暇なんですか」
お前と一緒にするなと、一喝された。
また何かとはなんだろう。最近魔瘴とか何かを感じて走り出すとか、してないけど。
「最近市井で妙な噂が流れているんだが、それが怪我や持病がいつの間にか完治してるというものだ」
あっ、そっちだったかー。でもとりあえず、すっとぼけてみよう。ばれてはいない様子だし。
「さすが女神様のご威光をいただくオルタニア教総本山のお膝元。ここは敬虔な信者の町ですから、きっと奇跡も起こるのでしょう」
「思っても無いことを言うな。お前が敬虔な信徒ではない事ぐらい俺にでもわかる」
「聖女の卵である私に何をおっしゃいます」
「お前、一度でも別れ際や挨拶で女神様の加護を祈る文言をのべたか?」
「あ、い、いや、お祈りは授業でしてますし……」
学園でのお祈りの時間以外はしてないって事だけど。
「俺も似た様なものだ、そこはまあいい。何もしてないと言うんだな」
仮にも神殿騎士がそんな事言っちゃ駄目だろう。そこは置いておいてくれるなら、あえて触れないけど。
「何を言いたいのがわかりませんが、言いがかりはよしてください」
「はっきりとした目撃情報はないが、何故か共通して栗色の髪、緑の目、少女の姿、……美しい。最後のは顔も覚えていないのだから怪しいが。そんな人物が何故か記憶の端に残っていたそうだ。証言の部位はばらばらだが、どこも共通している」
「どこにでもいそうなトクチョーデスネ」
そう言いつつも目が泳いでしまう。
ライアールはそんな俺に、ため息を吐きながら腕を組んだ。
「あまり派手な事はするなよ。やるならちゃんとー……いや、ともかく、変な輩に目を付けられても面倒なだけだからな」
何かを言いかけてその言葉を飲み込んだ、様に見えた。
ライアールは確認はできたとばかりに、どこかへ消えて行った。
あの人、いつも急に現れてさっさといなくなるなあ。
「ちょっと貴女」
もうすでに米粒ほどすら見えない騎士の姿を、ぼけっとしながら見つめていると、またまた厄介な事がまなじりを吊り上げてやってきた。
「えーと、ど、どのような御用でしょう」
貴族相手の物の言い方なんてわからない。
関わりたくないのに、どうして毎度向こうからくるのか。
どうにか逃げれないか考えていたら、鞄を取られ彼女達の足元に置かれてしまった。
ここはカフェテラス。身なりのいいお嬢様三人と、平民丸出しの俺のおかしな組み合わせ。
どこか室内に連れ込まれそうだったので、必死にお願いしてここにして貰ったのだ。
傍から見ると使用人の面接かと思われそうだ。あれ、使用人も貴族じゃないと駄目なんだっけ。
関係無い事をつい考えていると、片側にいるお嬢様がイラついたように口を開いた。
「ナナリエーヌ様はね、貴女にお聞きしたい事がありますの」
「はあ、ナナリエーヌ様、ですか」
「貴女にお声をかけた、ミッゴスティン子爵家ご令嬢、ナナリエーヌ様よ。覚えておきなさい」
忘れそうです。ミッゴ、……なんだっけ。覚えるのナナリエーヌ様だけでいいよね……。
「そんな強くいうものではないわ、わたくしの友人がごめんなさいね。彼女はチャコリン・レパートリン、そしてこちらの彼女がボリエヌ・グレンジャーよ」
ナナリエーヌ様がそれぞれ紹介してくれるが、どちらも交流を深めようとしてくれる風には見えないんですけど。
チャコリン嬢が怒ったような顔を向けた。
「ノイルイー嬢、貴女ライアール様とはどの様なご関係でして?」
「どの様なと言われましても、何も、としか」
「何も無くて、あの様にお喋りをされるかしら」
本当に何もないのだ、仕方ない。
納得がいかないのか、ナナリエーヌ様も口を挟む。
「嘘はすぐにばれますわよ。それに、彼の方が親しげに話す姿、あんな姿めったにお目にかかれませんの」
親しげとは一体どの様な姿でしょうか。そんな記憶微塵も思い出せないのですが。
それとも恋する乙女というのは、ただの挨拶すら他人に対しては酷い勘違いを起こさせる程悪い妄想をしてしまうのだろうか。
「修練場でのあれは、きっと騎士の正義感から割って入っただけだと思います」
「……先程も、一緒にいましたわよね?」
見ておられたんですね。あの騎士はわざとやってるんだろうか。俺に恨みでもあるんだろうか。
こんな事ばっか起こしやがって。俺に何かやっただろうと言う前に、自分の胸に手を当てて欲しい。
「あ、あれは何か調査をしていた様で、聞かれただけです」
嘘は言っていない。
けれどナナリエーヌ様は、酷く冷たい目で俺をじっと見つめている。左右を固める嬢達も、不機嫌極まりないといった顔をしている。
針のむしろだ。助けは無いのか。
思わず初めて心から女神様に祈ろうとした時、救いの手はカフェテラスに面した道から差し伸べられた。
「あ、見つけたわノイルイー!ナリマー先生がお呼びなの。急ぎみたいだから早く向かったほうがいいわよ」
オーシャだった。彼女は叫んだ後、俺と同席している貴族風な少女三人に今気付いたという様に、驚いた顔をした。
「はい!はい!今すぐ行くよ!……という訳なので、申し訳ありませんが失礼させていただきます」
俺はオーシャの言伝に喜んで飛びついた。
オーシャはナナリエーヌ様達に向き直り、
「気付かずご無礼お許しください」
と綺麗なお辞儀をし謝った。
「……師の呼び出しでは仕方ありませんわね。ノイルイー嬢、またの機会をお待ちしていましてよ」
めちゃお断りします。
俺は鞄をしぶしぶといった表情のチャコリン嬢に返してもらい、オーシャと共にカフェテラスを後にした。もう凄く疲れた。
学園への道の途中で、オーシャは足を止めた。そして盛大に息を吐いた。
「はあ~、もうこんな役目二度とごめんだわ。どうしてあんな所で貴族組の人達といるのよ」
「私だって断れるなら断って逃げたかったよ。でもオーシャのおかげで助かった、ありがとう」
「いいのよ、頼まれただけだし。あ、先生の呼びつけは嘘だから」
緊張から立ち直ったのか、オーシャは呼吸を整えふふっと笑った。
「そうなんだ、じゃあ尚更ありがとう。あんな怖い空気の中助け出してくれて」
「私も貴女の魔道具の件、ちょっとひっかかってたし、おあいこよ」
「でもあれはオーシャのせいじゃないんでしょう?」
「当たり前よ、そんな事するもんですか。ただ、私の運んだ時に起こった事だから少しね……」
うーん、いい娘だ。
それにしてもオーシャに頼んだ人って誰だろう。聞こうと口を開きかけた瞬間、道の先から一人の少女が駆けてきた。
「あーノイルイー!よかったあ。オーシャもありがとう」
リリシュだった。なるほど、頼んでくれたのはリリシュだったのね。……嬉しい。
「じゃあ私行くね、ノイルイーもじゃあね。今度からは気をつけなさいよ」
オーシャが去った後、リリシュは心配そうな顔を俺に向けた。
「酷いこと言われなかった?ごめんね、本当は私が行きたかったけど、多分私じゃ余計な問題更に引き起こしそうだったから。顔も覚えられてるかもしれないし」
「ううん、ほんと助かったよ。もー尋問されてるみたいで怖いの何の。酷い事は言われてないよ、早々に抜けれたし」
万が一鉢合わせたら怖いので、俺達は『花冠の館』へと戻る事にした。
次に呼びつけられたらどうかわそうかとか、あれやこれと話し合いながら。
館へ戻ると、玄関ホールには人がいた。
「あら、おかえりなさい」
いつかの食堂で、俺にお菓子をくれた先輩らしき人だった。
彼女は俺達とは逆に出かける所だった。
「あのお菓子、とても美味しかったです。ありがとうございました」
「喜んでもらえたなら何よりだわ、どういたしまして」
伝えたかったお礼がやっと言えた。
横でノイルイーが「先輩?」と小さく尋ねてきた。
「多分、先輩……かな?ですよね?」
「貴女達一年生よね、私は三年だから確かに先輩ね。アイメよ、よろしくね」
「私はノイルイーと言います。彼女はリリシュです」
「リリシュです、よろしくお願いします。今からお出かけですか?」
リリシュの言葉に、アイメはうふふと含んだ笑みを返す。
「ええ、ちょっとね。それじゃ、また今度ね二人とも」
アイメ先輩を見送った後、リリシュは何やらしたり顔を俺に向けた。
「アイメ先輩、あれは恋人との逢瀬ね」
「ええ?どうしてわかるのさ」
「あの嬉しそうな顔見ればわかるじゃない。あの顔は恋する女の顔よ」
出会いがないと常日頃嘆く少女が得意げに語る。
そういうものなのかねえ、と俺は首を捻りながらもう閉じた玄関を見やった。
リリシュと別れ、自室へと戻る。
何だかどっと疲れてしまった。組の女子会もきついけど、昼ドラみたいなあんな話し合いも辛い。
どうせなら学業とかスポーツとか健やかな面で競ってくれ。俺も真面目な生徒とは言えないけど。
「明日の支度だけして、今日は早めに寝ようかな」
時間割と明日持って行く物を書いたメモ帳を出そうと、鞄の中に手を入れた。
あれ、おかしいな。いつもまとめて入れてあるのに。
時間割と、あの入学時に貰ったメモ帳は木のクリップでまとめてあった。それが鞄にない。
学園に忘れてきたかな?
窓の外を見ると、まだ日は落ちていない。遠い場所ではないし、取りに行こうか。
しばらく悩んだが、今日は疲れたし面倒に思ってしまった。
リリシュに聞けばいいか……。
俺は夕食まで眠ろうと、ベッドに転がり込み目を閉じた。




