60話
リリスと私は並んで廊下を歩いていた。今は昼休みの時間で、食堂で昼食をとったあと、ノクスとわかれて移動しているところだった。
「見て、セレナ様よ」
「そういえば聞いた? 昨日の……」
「聞いた、昨日のパーティーで……」
「セレナ様はどちらをお選びになるのかしら」
廊下を歩いていると、ひそひそとうわさ話が聞こえてくる。
学園はすでに昨日のミシェルのプロポーズの件で持ち切りだった。センセーショナルな話題ほど学園では広まりやすい。その弊害として、学園のどこに行っても好奇の視線を向けられる。
「セレナ……大丈夫?」
「私は大丈夫」
心配そうなリリスに私は微笑みを返した。少しぎこちない笑みだったかもしれないけど。
私は、ミシェルがあんなことをしたのが信じられなかった。
ミシェルに対して、私はノクスに対する想いを打ち明けていた。そして、ミシェルはそれを「素敵ですね」と肯定していた。私の気持ちを知っているのに、どうして婚約を申し込んだのか全くわからなかった。
何より、私にとってショックだったのは、ミシェルが私とノクスの仲を引き裂くようなことをした、ということだ。
夕焼けを見て覚悟を語っていたあの時の目も、話していた言葉もすべて嘘だったのだろうか。
思考がぐるぐると回って、ちょっと気持ち悪くなってきた。
「リリス、ちょっとごめん。気持ち悪くなってきたから、外の空気吸ってくるね……」
「それなら私も……」
「ごめん、今は一人でいたいの」
ついてくると言ってくれたリリスに、私は首を振る。
人の目に晒されすぎて、今は少しの間でもいいから一人きりになりたかった。
「セレナがそう言うなら……」
リリスと別れて、一人バルコニーのある二階へと足を進める。
「セレナ様……っ」
「えっ、はい?」
廊下を歩いていると、複数人の女子生徒が固まって私の方へとやってきた。思わず身を固めたものの、すぐにそれは杞憂だとわかった。彼女たちの雰囲気から何かを言われる、という感じではなかったからだ。
「私たち、セレナ様なら応援できますから……!」
「そうです! マリベル様の件で、セレナ様に救われた令嬢はたくさんいます! 私たちはミシェル様推しですが、セレナ様になら安心して……!」
「あー……ちょっと待ってください。私はノクス様という婚約者が……」
「それじゃ、私たちはここで……!」
「あっ……」
引き止める間もなく、彼女たちは去っていってしまった。
校舎の二階に上がり、バルコニーへと出る。風がふわりと吹いて、私の頬を撫でていった。
「……」
本当に、あれはミシェルの意思だったのだろうか。そもそも、宰相やノクスも、あのプロポーズ自体がミシェルの意思ではなく、シルヴァンディア王国の意向で、無理やりプロポーズさせられたかもしれないと言っていた。
私は胸の前で拳を握りしめる。
(もしそうなら、確かめる必要がある)
今、状況をややこしくしているのは、このプロポーズがミシェルの意思かどうかわからず、それを確かめることができない、という点だ。
ミシェルの本心を尋ねることは難しい。王族がプロポーズの言葉が嘘かどうかを問いかけるなんて、それこそ失礼と言われてしまうことは目に見えている。
でも、一対一なら話は別だ。それにノクスたちには警戒されているから本心を打ち明けることはできないだろうが、私は一度ミシェルの本心を聞いている。私になら打ち明けやすいはずだ。
私にしかミシェルの本心は聞き出すことができない。
もし本心ではないのだとしたら、まだ手の打ちようはある。
「よし、ミシェル様を探そう……!」
決心した私は、ミシェルのいそうなところを訪ね始めた。
今日、ミシェルは休み時間になるや否やどこかへと姿を消してしまうので、私の方から探しに行かないといけないのだ。
まずは食堂に行ってみた。昼休みにミシェルが行く可能性が一番高い場所といえば食堂だ。先ほどリリスと行ったばかりだが、すれ違いになってしまった可能性も否定できない。
しかし私の期待は外れてしまった。食堂のなかにはミシェルはいなかった。もしいたら一緒に食事をとろうと誘う令嬢たちの人だかりができるので、見逃している可能性はない。
次は図書館に行ってみた。勤勉なミシェルだから昼休みも勉強しているかもしれない。だけど、図書館のどこにもミシェルの姿は見当たらない。自習スペースや書見台のあたりにはいなかった。本棚の間にいるんじゃないかと思って、書司の人にミシェルを見ていないか尋ねてみたが、それも私の望む答えは得られなかった。どうやら、図書室にもいないらしい。
じゃあ生徒会室は……いや、それはないだろう。生徒会室にはノクスがいる。ミシェルにとってノクスは今一番顔を合わせたくない相手だろう。わざわざ顔を合わせたくない相手がいる場所に行く必要はない。
最終手段として、生徒たちにミシェルがどこに行ったのか聞き込みをしてみようかとも思ったが、今のうわさ話が広まっている状態で私がミシェルに会いたがっていると知ったら、今度はどんな噂を立てられるかわからないのでやめておくことにした。
ということで、私のミシェルの捜索はすぐに暗礁に乗り上げた。
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