51話
その後、パーティー会場へと私とノクスは向かっていた。王宮の廊下をノクスの腕に絡ませながら歩く。
今まで心の距離が離れていた分、少しいつもより距離が近いのはご愛嬌だ。
「ノクス様」
「どうした」
「えへへ、なんでもないです」
私がへにゃっと表情をほころばせると、ノクスは「仕方ないな」と笑みを浮かべる。
そうしていると、廊下で見知った顔に出会った。
「あれ? アシュモアさん……?」
廊下の向こう側から歩いてきたのは、ミシェルの執事であるオリバーだった。
オリバーはその黒い瞳を細めて、深く私たちにお辞儀した。
「ノクス王子、ハートフィールド様」
「アシュモアさん、こんなところでどうしたんですか? パーティー会場は反対方向ですよ」
「ミシェル様に忘れ物を取ってきてくれ、と」
「忘れ物?」
ミシェルはいつも身だしなみに一切の隙がない。王族としての教育の賜物だろう。そんなミシェルがパーティーで忘れ物をした、というのが少し意外だった。
「ここだけの話ですが……忘れ物、というのはミシェル様がパーティーから席を外すための口実でして……」
「あー……」
「なるほどな」
私とノクスは納得した。
恐らくミシェルは今、令嬢たちにひっきりなしに話しかけられているのだろう。
今まではその役目をノクスが一身に担っていたが、今ノクスには私という婚約者がいる。ノクス並に顔が整っていて、性格もよく、それに現在婚約者がいない他国の王族であるミシェルの人気が出ないはずがない。
きっとオリバーは、忘れ物を探すふりをして、ミシェルが隠れられる場所を探していたのだろう。
そして主人のもとに戻り、彼に忘れ物を渡すふりをして彼をそこへと連れ出すのだ。
一度パーティーを抜け出して休みたい、というのは至って自然なことだ。
「ひっきりなしに質問攻めにされるのはかなりキツイからな……ミシェルには少し同情する」
ノクスの言葉には実感が籠もっていた。
ノクスも以前はパーティーに出るたびにひっきりなしに令嬢に話しかけられ、その人気が絶えることはなかった。
ミシェルの場合はマリベルという人間がいない分、楽かもしれないけど。
「では、主人を待たせていますので」
「あ、引き止めてしまってすみません」
私は慌てて頭を下げた。
私とオリバーがこうして話している間にも、ミシェルが拘束から解放される時間が遠のいているのだ。
オリバーはもう一度お辞儀をして、廊下を歩いていった。
そうして、オリバーを見送ったあと、私たちはパーティーが開かれている会場までやってきた。
「……そういえば、ここで私たちの婚約が発表されたんですよね」
「そうだな。それと、俺がセレナと出会った場所でもある」
ノクスはかつての記憶を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めている。
「ノクス様はここで私に一目惚れしたんでしたっけ?」
「ああ。あの日から変わらず、セレナは綺麗だ」
「……」
反撃を食らった私は頬を赤く染めながら顔を逸らす。
「さ、さぁ! 行きましょうノクス様!」
「はいはい」
私とノクスは会場のなかに入っていく。
会場の中心では音楽に合わせて踊っている人がいた。
私がその光景を見ていると、ノクスはふっと笑って、手を差し伸ばしてきた。
「俺と踊ってくれるか、セレナ」
「もちろん」
私は笑顔でその手を取る。
踊りの輪のなかへと私たちは入っていった。
お互いの顔を見つめながら、私たちはくるくると回る。
「あれが噂の……」
「ノクス様とセレナ様よ」
「やっぱりお似合いね……」
こういったパーティーでしか顔を合わせることがない貴族や、同じ学園に通っている生徒たちが話している声が聞こえた。
半年前よりは少し落ち着いたけれど、それでもマリベルを中心とした騒動は貴族の間では知れ渡っている。そのため、いまだにこうした注目は浴びていた。
刺さる視線に少しだけ緊張しながらダンスを踊り終えた私たちは、また元の場所へと戻ってきた。
するとノクスの使用人が近づいてきて、何かを耳打ちする。
ノクスは頷いて、私に向き直る。
「すまないセレナ、用事ができた。少しだけ席を外すが、大丈夫か?」
申し訳なさそうな表情で聞いてくるノクスに、罪悪感を抱かせないために私は首を振る。
「私のことは気にせずに行ってきてください」
「すぐに戻って来る」
ノクスはそう言って私のそばから離れていった。
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