10話
そして昼休み。
リリスが所属する生徒会の個室サロンで、私はリリスに話を聞いてもらっていた。
私は生徒会の役員ではないのだが、誰かに聞かせたくない話をする時はこうしてリリスの伝手で招待してもらっていた。
「なるほどね……この数日でそんなことがあったのね」
エリオットに婚約破棄を叩きつける理由となった出来事を聞いたリリスは紅茶のカップを机に置いた。
「そうなの……酷いと思わない!? 私に魅力が足りないのが悪いって……!」
「そうね。セレナは少し磨けば輝く宝石だと思うわ」
「うん、私もそう思う。私可愛いし」
私は正直に言って自分のことは可愛いと思っている。
顔は整っているし、エリオットの要望で容姿をメイクで地味にしていただけで、地味メイクをやめて磨き上げればマリベルにも劣らない容姿になるだろう、と言うのが自分を客観的に見たときの評価だ。
ただ、そんなことをリリス以外に言おうものなら「調子に乗ってる」と思われるだろうから言わないけれど。
「ふふ、セレナのそういう変に謙遜しない素直なところ、私は好きよ」
「私もイメージに反して結構ズバッと言ってくれるリリスは好きよ」
リリスは世間の儚くも美しい女神のようなイメージに反して、結構毒舌なところがある。
私は私で、世間からのイメージでは大人しそうだが、計算高く、かなり自信家なところがある。
仮面の下に本性を隠しているもの同士、気が合うのかもしれない。
でも、エリオットのせいでついた悪女というイメージはあながち間違っていないのかもしれない。
「そう言えば」
リリスは思い出したかのように話を切り出した。
「さっきの事件のことなのだけれど、少しおかしいと思って、私も調べてみたの。あまりにもマリベル様の味方が多かったでしょう」
「確かに……」
「そしたら、私たちに味方をしてくれている生徒が人垣に阻まれて、私たちのところまで来れなかったそうなの」
「それってもしかして……」
「そうよ。あの人混みは予め集められてたのかもしれないわ」
「確かにそれが本当だとしたら、あんなに都合よく周囲の生徒がマリベル様に味方した理由が分かるわね」
いくら何でも、あの状況で全方向から責められたのは不自然だ。
マリベルの味方ばかりが誘導されていたのだとしたら不思議なことはない。
「絶対に計算してるわ。あの女……」
「セレナ、少し口が悪くなっているわよ」
「あっ……いけない」
私は慌てて口を塞ぐ。
ここには私とリリス以外誰もいないとは言え、誰が聞き耳を立てているかは分からないのだから用心するに越したことはない。
「それにしても、ノクス様があんな騒ぎの中にやってくるとは思ってなかったから、すごくビックリした」
ノクスのイメージから、誰とも関わることをしない孤高の存在だと思っていたので、私はとても驚いていた。
「しかも、あそこまで冷静に判断してくれるとは……」
ノクスはマリベルの作り出した悲劇のヒロイン的な雰囲気に呑まれるどころか、ちゃんと本質を見てどちらが正しいかを判断してくれた。
公爵家であるマリベルをあんな風に怒ってくれるのは王家しかいないので、とてもありがたかった。
「あの人はあれで曲がったことは嫌いなタイプなのよ」
「そういえば、リリスはノクス様とは従兄妹だったっけ?」
「ええ、昔から何かと話す機会はあるのよ」
リリスの母は王家から降嫁した姫であり、そのためリリスの瞳は王族の色が混ざった青色だった。
リリスは話を切り替える。
「それで、シュガーブルーム公爵家へはどうするつもりなの? エリオット様との婚約がああなった以上、無関係とはいかないでしょう」
「お父様には今回の婚約破棄に至るまでの経緯を書いて、書面で厳重に抗議してもらってる。マリベル様も流石にお咎めなしとはいかないと思う」
「まあ、そうでしょうね。きっとそれが分かっているから公衆の面前でセレナに謝ってきたんじゃないかしら」
「やっぱりそうだよね」
マリベルが謝ってきたのは、お咎めなしで許してもらう算段だと思っていたが、私の予想はやはり正しいようだ。
きっと自分に対するお咎めが少しでも少なくなるように予め手を打ってきたのだろう。
まるで悲劇のヒロインぶったマリベルを思い出すだけで怒りが湧いてくる。
「絶対に許さない……」
「また助けが必要なら私に言ってちょうだい。力を貸すから」
「うん、いつもありがとうリリス」
私はいつも力を貸してくれるリリスにお礼を述べた。
「それにしても、セレナがこんなにあっさり婚約を無かったことにするなんて思ってなかったわ。あんなにエリオット様との婚約を維持しようと頑張っていたんですもの」
確かに、今までの私はエリオットにどんなことをされようともずっと婚約を維持しようとしてきた。
なのに私がこうもあっさりと婚約を無かったことにしてしまったことに、リリスは疑問を抱えているようだった。
私にはハッキリとした理由があった。
「うん、そうなんだけど……色々と溜まってたものが積み重なって、もうどうでも良いかな、って……」
今まであったエリオットへの感情は、もうほとんど残っていない。
きっと、私の中に積もりに積もった不満が爆発したのだと思う。
「本当にエリオット様のことは何とも思ってないの?」
リリスはもう一度確認してくる。
私は明るい表情で頷いた。
「うん、まだエリオット様には情はあるけど、もう婚約者だとは思ってないかな」
「そうなのね。親友のあなたが吹っ切れているならよかったわ」
まるで念を押すみたいに確認してくるリリスに私は少し不思議に思いつつも、特に気に留めていなかった。
その時、個室の扉が開かれた。
私は思わず振り返る。
個室に入ってくる人物に全く思い当たるところがなかったからだ。
「リリス」
「っ」
私はその場で固まってしまった。
なぜなら個室の中に入ってきたのは先ほど私を助けてくれたノクス第二王子だったからだ。




