困った事態
男の人の手術が終わったので、ジェシーはキルルゴ医師に持ってきた薬を渡し、ブツブツ文句を言われながらも代金を払ってもらった。
薬代が高すぎるって私に言われてもねぇ。
そういうのはヴェルカばあさんの方へ言ってほしい。
「ばばあめ、足元を見やがって。あーぁ、メドサン閣下になんて言って払ってもらやぁいいんだか……」
キルルゴがボヤいていると、ずっと黙って部屋の隅に立っていた少年が、ハッとしたように口を開いた。
「あの……その薬は、たぶん私のために叔父が頼んでくれたものだと思います。そちらは私の方で払いますから」
ん? 閣下って、叔父って、どこかで聞いたような話だな。
ジェシーがそんなことを考えていた時だ。
ベッドで寝ていた手術を終えたばかりの患者が、薄目を開けて声を絞り出した。
「で、殿下、今は持ち合わせがありません。そちらはボーデン卿にお借りしておいたほうが……」
その言葉を聞いて、キルルゴと看護師が「殿下?!」と驚いている時に、ジェシーは「ボーデンか」なるほどぉと、一人で腑に落ちていた。
その場にいた者が全員、青い髪の少年を見つめたので、彼も仕方なく説明するつもりになったようだ。
「この話は内密に願いたいのですが……」
どうやら込み入った話らしい。
キルルゴが看護師とジェシーを見てきたので、二人ともコクリと頷いた。
「医者は患者の事情は詮索せんよ。イライザもジェシーも口は堅いと信じとる」
「私も看護師として、患者の秘密は守りますよ~。それに、そこの女の子は、ボーデン卿の関係者じゃないのかなぁ。あなた、この間つわりが酷かったお母さんを、おばあさんと一緒に連れてきた子でしょ?」
どうやら看護師さんは、母さんが「お気に入りボーデン」をやってることまで把握しているようだ。狭い町だから仕方ないね。
「そうです、母がお世話になってます。それに……あなたが大叔父さんの甥になる人なら、私とも遠い親戚になりますね」
ジェシーがそう言うのを聞いて、少年は傍から見てわかるほど安堵したようだった。ずっと張り詰めて緊張していた糸が切れたように感じる。
「よかった。……私は、この国の第二王子、ブルーデンス・B・セカンド・カントリュスというものです」
「王子?!」
ここで驚いたのはジェシー一人だった。
「あなたねぇ、何を聞いてたの? さっき、そこの男の人が彼のことを『殿下』って言ってたじゃない」
看護師のイライザとやらにそう言われたが、ジェシーはボーデンさんの甥かもしれないということで頭がいっぱいだったので、細かいことに注意がいってなかった。
そんなやりとりをしていた時に、玄関の方から大勢の足音が聞こえてきたかと思うと、大柄な男たちが三人続けて、バタバタと診察室に飛び込んできた。
「先生、患者は来たか? ……あ、無事に着いたんだな」
「よかった。だいぶ出血してたからなぁ」
「心配したぜ~」
それぞれが口々に話をして、ベッドの男を見に行ったり、少年の頭をなでたりしているので、どういうことなのかさっぱりわからない。
けれどその中にジェシーが知っている人がいた。
「ヤンさん?」
「ああ、学校のカト……いや、ジェシーだったっけか?」
ヤンさん、今、カトンボと言いそうになりましたね。
ジェシーが睨みつけると、ヤンさんはしまったという顔をして、「わりぃ」と言いながら軽く頭を下げてきた。
「もう、いいですよ、覚えやすかったんでしょ。それでC級冒険者のヤンさんたちが、どうしてこの人たちのことを知ってるんですか?」
たぶん後の二人はヤンさんのパーティメンバーなんだろう。冒険者ギルドかどこかで見かけたような気がする。
「あっ、ああ……それなんだけどな。おい坊主、事情は説明したのか?」
坊主と呼ばれた王子様は、ヤンさんに首を振った。
「これから説明しようと思っていたところです。それで、頼んだ馬車の件は?」
「ああ、こっちの首尾は上々だ。ちゃんと大きな町へ持って行って、目くらましをしといたぜ」
「ありがとうございました。助かりました」
「いや、どうってことない。礼金もはずんでもらったしな」
何の話をしているのかと思ったら、それは国の根幹を揺るがすような事件の、ほんの序章にすぎなかった。
ヤンさんたち三人のパーティが森から街道に出ようとしていた時に、野盗に襲われているこの二人に出くわしたそうだ。護衛の人が強かったので、最初は手出しをするべきかどうか迷ったそうだが、相手が三人もいたことと、馬車から出てきた少年が怪我をしていて片手が不自由なことを見てとり、加勢することに決めたそうだ。
ここまでは、まぁ普通の出来事だったといえよう。
ところが野盗を退治した後でよく見ると、それは薄汚れたボロ切れを被ってそう見せていただけで、中の人間はどこかの家に仕官している騎士のように思えたという。
「俺も今は冒険者をやってるけど、騎士くずれだからわかるんだよ。戦ってる最中、剣を合わせている時にも違和感があったんだ。剣筋が訓練されたものだったし、全員、野盗とは思えないような精悍な身体つきをしていた。こいつらは刺客だな、って言ったら、坊主も護衛もハッとした顔をしてよう」
「そこからは私が話します。実は……今はちょっと微妙な時期でして、これから皇太子選定が始まるのです」
皇太子という言葉に、ヤンさんたちはビクッとしていた。
坊主呼ばわりをしていた人間が、まさかそこまでの身分だったとは思っていなかったのだろう。
「私がこの怪我をしたのも、偶然とは思えない状況があったので、叔父が心配して『しばらく王都を離れていた方がいい』と言ってくれました。当初の予定では、別荘の準備が整い、私のこの怪我がもう少しよくなってから、こちらに向かうつもりでした。けれど……」
「状況がそれを許さなかったんだな」
ヤンさんたちは王子の話を聞いて、怒っている。
キルルゴは難しい顔をして、ヤンや王子の話を聞いていたが、太い手で顎髭を撫でながらドラ声で話し出した。
「それでヤンたちは、殿下の馬車を遠くで処理してきたってことか。だがな、普通の人間なら騙されても、王宮の暗部が関わってくるってぇなら、そんな素人の工作にゃあ引っかからねぇぞ」
キルルゴの言うことはもっともだ。
ジェシーも、その辺りが心配だった。
「私もそう思います。そこで、こうするのはどうでしょうか……」
ジェシーの提案に、そこにいた全員が驚いた。




