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代償




 スザンナが盗んだ本には、さまざまな魔術が記されていた。


 何日も掛けて読めない字を解読したスザンナの母は、解読できたうちのいくつかの魔術を使う方法をスザンナに伝えた。


 しかしスザンナは、そんな母に本を投げ付けたのだった。


「ちょっとお母さま!お母さまが解読したの、使えない魔術ばっかりじゃない!もう少しマシなのはないの!?」


 怒りながらスザンナは、本を拾ってパラパラと捲る。


「これ!これは?何て書いてるの?」


 リリアが目を留めたのは、老婆の横に矢印があり、矢印の先に美女が描かれた挿絵だった。その下には子供が大人になるような絵が描かれている。


「待ってね、今読むから…えぇっと、これはRでしょ、これは…」


 文字一つ一つをなぞる母のまどろっこしさに、リリアはキレそうになりつつ。とてもとても辛抱強く母を待った。


「若返りの魔術…かしら?」


「若返り?」


「まあ!なんてこと!若返りですって!?」


 そのタイトルを理解したスザンナの母は、目の色を変えて再び熱心に本を解読した。


「必要なもの…陣…これは何?なんて書いてあるのかしら?」


 ブツブツ言いながら辞書を片手に本をあちこち傾ける母を置いて、スザンナは息抜きに外に出ることにした。あの様子では、母が魔術の内容を解読するまで丸一日かかるだろう。


「お母さま、しっかり読んでおいてよ?私はこれを持って遊んでくるから。」


 ほんの少しだけせっかちなスザンナがそんなに待てるはずもなく。母の財布を持って買い物にでも出ようと街へ向かった。


 スザンナは街でとても可愛らしいドレスを見つけたが、母の財布に入っていた金では到底買うことができなかった。


 地団駄を踏み鳴らしながら歩くスザンナを人々が遠巻きにする。


 適当に甘い物を買い食いしたスザンナは、新しく出来たらしい店のショーウィンドウに目を向けた。


 キラキラと輝いて見える綺麗な瓶に入っているのは、香水だろうか。貴婦人達が出入りしては楽しそうな笑い声が聞こえていた。


 何がそんなに楽しいのかと、スザンナは店の中を覗いてみる。香水をはじめとして、化粧品や美容グッズが並んだ店内。何気なく見た値札に、スザンナは目を剥いた。


「こんな瓶に入っただけの水が、ドレスと同じ値段なのっ!?」


 あれも、これも。値段の張るものばかり。ギャーギャー騒ぐスザンナを白い目で見る客層は、スザンナの母と同年代かそれより上の世代の貴婦人ばかりだった。


「帰れ!ここはお前のような貧乏人の小娘が来るような店じゃないっ!」


 高い、高い、と連呼するスザンナの首根っこを捕まえて店の外に放り投げた店主は、スザンナの目の前でガラスの戸をピシャリと閉めた。


「何すんのよ!私だってねぇ、こんなぼったくりの店に用は無いわ!」


 店に向かって怒鳴り付けると、スザンナは店のショーウィンドウ目掛けて食べ掛けのパイを投げ付けた。


 ベチャリと嫌な音がして、綺麗に磨かれていたショーウィンドウがクリームまみれになる。


「ふふん。いい気味だわ。」


 澄ました顔でその場を後にしたスザンナは、後ろの方で激怒している店主の声を聞きながら鼻唄を歌った。


「それにしても…あんな水みたいなのが、とても高く売れるのね。ブスはお金を掛けないと綺麗になれないから仕方ないのかしら。私は美人で良かったわ。

 あー、あのクソ店主のせいでパイが台無しよ。新しいのを買わなくちゃ!」


 そしてスザンナは、母の財布をひっくり返して残った金を最後まで使い切ったのだった。











「お母さま、本は読めたの?」


 帰宅早々、スザンナは母を問い詰めた。


 疲れ切った様子の母は、眼鏡を外してスザンナを出迎えた。


「おかえりなさい、スザンナ。なんとか魔術のやり方までは読めたわ。魔術の原理とか理論とか、難しいところは全然解らなかったけれど…」


「使えるならそんなの何でもいいわよ。それよりお母さま…また小皺が増えたんじゃない?いくらお父さまに捨てられたからって、女まで捨てる気なの?白髪も酷いわよ。こんなのが母親だなんて、恥ずかしいわ。」


 普段は自分以外どうでもいいスザンナは、久しぶりに正面から母を見た事で、母が一気に老けたように見えた。


 思ったままを話すスザンナに、母は衝撃で絶句する。


「そ、そんなに…老けたかしら?」


「ええ。それはもう酷いわ。老婆もいいところよ。肌艶も悪いし、目なんて窪んでるわ!顔中シワシワよ、ちょっとは手入れしたらどうなの?」


 娘のあまりの物言いに、母は胸を抑えて取り乱した。


「違うのよ…だって、あの人が出て行ってから何一つ良いことがなくて…お金もだんだん無くなってきたから、化粧水すら最近買えてないのよ。

 そう、お金が無いのが問題なの。そうに決まってるわ。」


「まあ、お母さまの顔なんかどうでもいいわ。それより、魔術よ!少しは役に立ちそうだった?」


 娘の問いに我に返った母は、ハッとして本を掴んだ。


「そう、そうよ!この本よ!この魔術があれば…私は元の美貌を取り戻せるわ!」


 そうして母は、スザンナに魔術について説明した。


「この魔方陣と、幼い子供を用意すればいいの。後はこの呪文を唱えれば…若返る事ができると書いてあったわ!これを使えば私も若返れるはず!やってみましょうよ!」


「まあ、試してみるのはいいかもしれないわね。幼い子供…ちょうどいいのがいるじゃない。アンドリュー!出てきなさいっ!!」


「ねーね…?」


 幼い弟を呼び付けたスザンナは、健気に姉を呼びながら歩いてきた痩せた弟を掴むと、母が模写したという少し歪な魔方陣の上に立たせた。


「あとは呪文ね…。お母さま、これなんて書いてあるの?」


「これはね、えーと…」


 母が言った通りに真似をしてスザンナが呪文を唱えると、魔方陣が光り始めて母と弟を包み込んだ。


 光に目が眩んだスザンナは、目を開けた瞬間、信じられない物を見る。


「お母さま!本当に若返っているわ!」


「えっ!?」


 急いで母が鏡を見ると、確かに白髪混じりだった頭は元の髪色を取り戻し、目元や口元の小皺が消えて肌の艶も良くなっていた。


「本当だわ!これは凄い魔術よ!こんなに素敵な魔術、初めて見たわ!」


 興奮の収まらない母を見て、スザンナは狡賢い頭を働かせる。


「そうよ!これで商売をすればいいわ!」


 スザンナは自分が天才だと思った。先程街中で見て来た、美容に関する商品の値段の高さ。客層の多さ。これは貧乏脱却に使えるに違いないと、親子は手を取り合った。


「こうしちゃいられない…商売のことはよくわからないけど、お父さまが言ってたわ。こういうのは宣伝が肝心なのよ。お母さま、流行り文句を考えて!噂を流して、高い金を出してくれそうな貴婦人を引き込むのよ!」


「そうね、…やっぱりスザンナと言えば、聖女じゃないかしら。聖女の若返り術なんてどう?」


「私は聖女だけれど、今や聖女と言えば憎たらしいリリアの事だと勘違いされてしまうわ。もっと素晴らしい…聖女の上を行く女性ってないの?」


「それじゃあ…女神様とか、かしら。」


「女神!それよ!それだわ!私は今日から女神よ。美の化身!私に相応しいわ!早速宣伝しましょう!」


 意気揚々と準備を進めるスザンナは、その時自分の弟にどんな変化が起きていたのか、気付いてさえいなかった。


 スザンナが服を着替えようと自室に戻ったところで。母は漸く息子に目を向け、飛び上がった。




「あ、アンドリュー!?あなた…いつの間に、そんなに大きくなったの?」



「?」



 まだ言葉も上手く話せないアンドリューは、不思議そうに母を見上げたのだった。











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