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新しいローブに袖を通す。
入学から早3年…エリューシアは10歳、アイシアは12歳になっていた。
子供の3年間ともなれば、その変化は著しい。
入学したばかりの頃のローブはもう小さくなってしまい、元々少しゆったりとしたデザインにはなっているとはいえ、今の身長では丈が短くなってしまって見られたものではなくなってしまった。
元々子供らしい丸みに乏しいエリューシアだったが、更に子供らしさが削ぎ落とされ『もうすぐ成人?』と問われそうな程だ。
それはアイシアも同じくで、その愛らしさと美しさが危うい均衡で内在する様は、まるで大輪の青薔薇の蕾が綻んだかのようだ。
そして今日は、学年が上がって新4年生としての、新学期初日である。
学院として初の試みだった成績によるクラス編成は、現在も引き続き行われている。
上位棟も通常棟も、多少入れ替えがありながらも、さほど大きな変化のない面子のまま、入学当初の騒動が嘘のように、穏やかに日々は流れていた。
エリューシアは相変わらず自分の準備は一人で済ませてしまう為、普段から使用人の出入りも少なく、まだ早朝の薄暗い時間と言うのも相まって室内はとても静かだ。
前世だったらスマホでお気に入りの音楽でも流しながら、朝の準備に忙しく動き回っていたのだろうが、この世界ではそんな事が出来るはずもない。だが、ひっそりと静まり返った空気感は嫌いではない。
小さな机に近づいて抽斗の鍵を開錠し、中からもう何代目になるかわからないエルルノートを取り出す。
こちらも変わらず日本語で綴り続けている。
こうして記憶を掘り返し、何かにつけて使い続けているおかげか、最近書き綴る漢字や平仮名も、忘れるどころか反対に上達しているような有様で、いつの間にか前世と変わらぬ筆致になっている事にフッと笑みが浮かんだ。
ページを捲るうちに笑みの形に微かに上がっていた口角が、その柔らかさを少しずつ手放していく。
捲る手が止まり、エリューシアは綴られた文章を睨み付けるように見つめた。
『アイシア、学院4年の春、シモーヌ入学』
そう、とうとうゲーム本編開始時期となってしまったのだ。
知らず表情が冷たく凍り、自分で綴った文字を指でなぞりながら、この3年間を振り返る。
入学当初から波乱続きでどうなる事かと思ったが、その後は比較的穏やかだったと言えるだろう。
勿論何もなかった訳ではない。
エリューシアは計画通り、王都のとある裏路地に小さな店舗を構え商売を始めていて、日々忙しくアッシュ達に手伝って貰いながら、経営はそこそこ順調で軌道に乗り始めている…と、思う………多分。
他にはアイシアへ婚約の打診が、現在進行形でかなり入っている。
今でこそ大騒ぎになっていないが、最初の打診が入った時はアーネストとセシリアの機嫌がとても悪くなり、公爵家では事件と言って良い出来事だったと言える。
それと言うのも最初の打診が王家からで、アーネストもセシリアも怒り心頭だったのだ。
元々拒否を伝えていたにも拘らずの打診に、当たり前だがアイシア本人も即答で拒否だったし、家として、両親としても早々に断ったと聞いていたのだが、突然借り上げ邸に両親揃ってやってきたかと思えば、どこかに鬼の形相で出かけ、訊ねる間もなく領地へと帰って行った。
ただ出先から借り上げ邸に戻ってきた時、アーネストもセシリアも揃って苦虫を噛み潰したような表情で、エリューシアを見つめて溜息を吐いた事は不可解だったが、問う暇もなく帰って行ったので未だに謎のままである。
だが特に何も言われていないので問題はないのだろう。
と、まぁ、順風満帆、平穏無事とは言えないかもしれないが、今の所、大きな問題に発展するような事態にはなっていないので、やはり穏やかに過ごせたと思う…思いたい。
ただ、ずっと……入学して少ししてから、ずうっと引っかかり続けている事はある。
消息不明となっている者達の事だ。
フラネアはあれから一度も学院に戻る事がないまま、いつの間にか退学していた。
バルクリスとハロルドは学院に籍は残ったままだが、あれからやはり姿を見ていない。
マミカについては行方不明のままで、現在も捜索が続けられているのかどうかさえ分からない。
チャコットは………
………彼女については残念な結果になっていたようだ。
それと言うのも、アーネストとセシリアが突然やってきた時にその話を聞かされたのだが、何故一足飛びに両親なのか不思議に思い訊ねてみれば、ハロルドと謝罪に伺わせてほしいと言う手紙が、伯爵家当主から届いたのだそうだ。しかしチャコットについては同行が出来ず、その理由として死亡の文字が綴られていたと言うのだ。
あくまでそう言う単語が綴られていたと言うだけで、どうにも判然としない話だが、オルガやアッシュ達の手を借りつつ調べてみた。
その結果、顔に小さな火傷の跡のある少女の刺殺体が、警備隊によって発見されていたという事実はあったらしい。
『らしい』と言うのは、どうやらその少女の遺体は直ぐに引き取られ、報告書の廃棄や口外禁止の命令が警備隊に出されたようで、直接警備隊から情報を得る事は出来ず、周辺住民他から得た情報だったからだ。
オルガがダメ元で警備隊隊長であるヨラダスタンにも探りを入れたらしいが、やはりというか……はっきりとした返答は貰えなかったと言っていた。
全てが『らしい』という話ばかりで、真偽のほどは不明だが、憶測が許されるのならそう言う事だろう。
――チャコットは殺されていた。
エリューシアは思わず苦いモノが込み上げそうになり、グッと喉を詰める。
ただ、被害者がそうして出ているのに、朗報と言って良いのかどうか甚だ疑問が残る気もするが、それ以降、少女の誘拐事件は減少したと言う話だ。
しかしそれも事件が増える以前に戻ったと言うだけで、決してなくなった訳ではない。
今も現在進行形で犯罪に巻き込まれるだけでなく、貧困から子供を売るという事例も依然として存在しており、色々な意味で犠牲者は出続けている。
エリューシアの店舗でも、アッシュ達に面接はして貰うが、些少なりとも貧民層の人々に働く事が出来る場を、金銭を得る事が出来る場をと、仕事分担の変更諸々を可能な範囲ではあるが頑張っている。
店舗一つが頑張った所で焼け石に水なのは重々承知だ。
だが『たかが一歩、されど一歩』で、踏み出さなければ何も始まらない。
(いけない……思考が色々と飛びまくってしまったわ)
窓の方に顔を向ければ、随分と明るくなってきている。
まだアイシアが起きる時間にはならないだろうが、オルガ達はもう動き始めているだろう。
エルルノートを抽斗に戻し、きちんと鍵をかけてから鞄を手に自室を後にした。
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