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奥まった場所にある教職員室の一つを目指す。その更に奥にある資料室へ向かえば、サキュールがお茶を片手に本の山に埋もれて在室していた。
資料室を貸してもらえずとも、サキュールなら人目につかない場所を知っているのではないかと思ったのだ。
そうして今サキュールを先頭に、上位棟の裏側にある、物置の脇の薄暗い小道をエリューシア達が奥へと進んでいる。
「……本当に同席なさるのですか?」
エリューシアが再度確認に訊ねれば、振り返ることなくサキュールが笑った。
「あぁ、謹慎中のメッシング君と君達だけを残して離席するのは流石にね」
「……御迷惑になりませんか?」
「エリューシア嬢は心配性だね。大丈夫、私は謹慎中のメッシング君の見張りをするだけだよ。その間に何か聞こえてしまったとしても、不可抗力だしね。それに聞こえてしまっただけで確証のない事を報告するのは…って事で良いんじゃないか?
何にせよ副学院長じゃなく、私の所に来てくれてよかったよ。あぁ見えて副学院長先生は生真面目な方だからね」
サキュールが立ち止まった。
つられて止まれば、そこには周囲に埋もれるようにして建つ小さな家屋があった。
「ここは上位棟が職員の施設棟として使われていた頃、使用人達の寝泊りに使われていた場所なんだよ。
今は使用人なんていないし、通常棟の方に仮眠室も出来たから、ここはもう誰も近づかない場所になってしまってね。まぁ、ここの事を覚えているのは私と他数名くらいのもので、まだ来たばかりの副学院長先生も知らないだろうね」
サキュールが鍵を開けて扉を開く。
忘れられた場所だと言うなら、黴臭い空気が流れてくるだろうと身構えていたのだが、全くそんな事はなく、ついぐるりと見まわしてしまった。
「どうしたんだい?」
「ぁ、ぃぇ……その手入れが行き届いてるなと…」
「あぁ、私が偶に使っているからね。丁度ここは資料室のある場所の裏手になるんだよ。そこに見える扉を潜れば教職員室の脇に出られる」
そういってサキュールは手に持った鍵束を掲げて微笑む。
「さぁ、入って。お茶でも用意しよう。皆は適当にその辺の椅子に座ってて」
「では私が」
サキュールの言葉にオルガが反応した。
湯を沸かしたりカップを用意する音を聞きながら、部屋の隅の方に寄せるように置かれていた椅子を、クリストファとメルリナが引っ張り出してくれる。それを見たハロルドも、些かバツが悪そうにしながら追随した。
どうぞとクリストファに微笑まれて、何とも言えない気恥ずかしさと居心地の悪さを感じていると、人数分のお茶を準備し終えたオルガとサキュールが戻ってきた。
全員が思い思いの椅子に腰を下ろす。
「それで……聞いて欲しい事とは何です?」
沈黙が続くのに耐えきれず、エリューシアがハロルドを促した。
「えっと……」
「上手く纏めようとか、そんな事は考えなくても構いません。話したいように話したい事をどうぞ」
カップを両手で持ったまま、ハロルドが微かに頷いた。
「俺らがおま……ぁ、えっと…ラステリノーア嬢に絡んで謹慎になったその日なんだけど…マミカがやってきたんだ…あれは……」
謹慎処分と言われ、チャコットと共に自邸に帰されたが、当然のように父母や兄にこっぴどく叱られた。
兄2人にはこれまでもよく叱られたり嫌味を言われてきたが、あんなに叱られたのは初めてだった。
跡継ぎとそのスペアである兄2人を生んだ母は、自身の身体の事を考えてそれで終わりにしても良かったのだが、どうしても女の子が欲しいと言い、結果双子を授かり、チャコットとハロルドが生まれた。
待望の女の子という事でチャコットは甘やかされ、そのおまけであるハロルドはあまり関心を寄せられる事はなく、偶にチャコットが何かやらかした時に、代わって小言を喰らうくらいのモノだったのだ。
これまではその程度だったのに、今回はチャコットと2人床に座らされて軽く1時間は叱られた。
やっと終わった時にはどちらも疲れ切っていて、のろのろと自室に戻ったのだが、チャコットは顔の火傷や髪の手入れに別室に連れて行かれた様だ。
火傷は気掛かりだが小さなものだったし、ちゃんと治療もされるだろうから、ハロルド自身はそんなに心配はしていない。
とは言え、本人は痛い痛いと喚き、顔の火傷という事で絶望したような表情をしていた。だからこそ治療はちゃんと大人しく受けるだろう。
おかげでチャコットの声に悩まされる事もなく、ハロルドは自室で仰向けに転がり、ぼんやりと考えていた。
正直あんなに叱られたのも初めてだったが、母親の泣き顔を見たのも初めてで、理由はわからなかったが胸がツキリと痛んだ。
バルクリスの遊び相手としてチャコット共に王城に通うようになり、誰もがバルクリスだけでなく、何時も傍に居るハロルド達の顔色を窺ってくるようになって、つい自分が偉くて凄いんだと思うようになっていたが、母親を泣かせたいなんて思った事はない。
おまけでしかなく、あまり関心を寄せてくれないとはいえ、家に居ない父親や、嫌みや小言ばかりの兄達より、母親の方がハロルドは好きだった。
そんな事を思い返し、もしかしたら叱られたのは仕方ない事だったのかも、もしかしたら自分が悪かったのかもと、ようやく反省に至れそうになったその時、言い争うような声が窓の外から飛び込んできた。
むすっと不機嫌な表情のまま様子を見ようと窓を開けて覗く。
「お帰り下さい。貴方の御訪問は本日の予定にはございません」
「なんでそんな意地悪言うのよぉ~~! マミだって来たくて来たんじゃないモン!! バル様に言われて嫌だったけど来ただけ!! チャコット様とハル様に会いに来ただけなのぉぉ~~~!!」
何故だろう…普段マミカの声にイラついたりしないのに、今は妙にイライラしてしまう。
自分一人で会う気にはならず、窓を閉じてから隣のチャコットの部屋をノックした。手当に別室に行ったのは見ていたが、いい加減時間も経ってるし戻ってるだろうと思ったのだ。
返事がない扉をノックし続けていると、ドンと音がした。
何かを扉に向かって投げたのだろう。
「チャコ、マミカが来てるみたいだ。チャコの部屋に連れて来るよ?」
「(はぁ!? なんでマミカが来てるの!? あの子も謹慎って言われてるんじゃないの!?)」
扉越しのせいか、チャコットの声がくぐもって聞こえる。
「知らないよ。窓から聞こえたのはバルクリス様が言ったから来たって言葉くらいだから」
「(バル様!? 本当にバル様!?)」
「だから知らないよ。で、どうする? 連れてきていい?」
「(………どうしよ……バル様が言ってたなら会うのは良いんだけど……こんな怪我見られたら絶対にマミカ笑うか馬鹿にするわよね……それは嫌…)」
「わかった。笑ったり馬鹿にしたりするなって言っとくから、連れて来るよ?」
「(……うん)」
未だ外で騒ぐマミカの声が、階下に降りれば良く聞こえる。
マミカの相手をしていた使用人を下がらせ、マミカを連れて階段を上がり、チャコットの部屋へ案内した。
「もう~~バル様ったらおーぼーよね!」
「マミカ……アンタ横暴なんて言葉使えたんだ…」
部屋に入るなり、チャコットが横になっているベッドの端に腰を下ろしながら、マミカはむすっとした表情で愚痴る。それにチャコットが呆れたように呟いた。
「で? 何しに来たんだ? バルクリス様が言ってたってどういう事?」
会話をチャコットとマミカに委ねていると、先に進まないのは何時もの事なので、すかさずハロルドが口を挟む。
「ハル様お菓子ないのぉ~~? う? ああ、そう!! バル様が心配だから見てこいってマミに言うんだよぉぉ!!?? マミ歩くの嫌いなのにぃ~~」
「心配って?」
「なんかぁ~チャコット様の怪我がどうのこうのってぇ~」
マミカの言葉に不機嫌な表情をしていたチャコットが、嬉しそうな笑顔を浮かべて顔を上げた。
「バル様が!? あぁ、心配してくれるなんて……」
ポッと頬を上気させたチャコットが、照れたように自分の頬を両手で挟み込む。
とりあえず根気よく話を聞けば、マミカは珍しいお菓子を報酬にするという約束で、心配しているバルクリスに言われ渋々様子を見に来たという事らしい。
マミカ自身は心配なんてしていなかったと言い放ち、チャコットが憤ったりしていたが、絶望した表情のチャコットよりずっと良いと、ハロルドは少女2人を残して自室に戻った。
それが……ハロルドが見た最後のマミカの姿となってしまった。
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