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エリューシアが事件そのものに無関係である以上、ここで騒ぎを起こす必要もないはず。
行方不明だと言うなら『誘拐』の可能性もあり、放っておく気はないが、後から調べれば良いだけだ。何もわざわざハロルドと話さなければならない訳ではない。
という事で、ハロルドに帰宅を促すのは当然として、その前に釘を刺しておいた方が良いだろう。
「あの、ここに居合わせた全員にお願いがあります。あえて言うのは信用していないからではなく、そう言った事に不慣れな方も居るかもしれないと考えた為ですので、どうぞ御容赦ください。
今メッシング令息から聞いた話は他言無用でお願いします。
生徒である方々には御両親、御兄弟にも話さないで下さい。教師、事務、警備の方々には御家族は当然として、上司や副学院長にも今は話さないようお願いします」
エリューシアがそう言うと、大人達は難しい表情で顔を見合わせる。
「いや、しかし聞いた以上報告しない訳には……」
大人達が渋っているからか、シャニーヌが椅子を鳴らして立ち上がった。
「な…なんで話しちゃいけないの? 親に話した、ら…もっと大勢で探してくれるかもしれない、よね? それ、でも……ダメなの?」
案の定と言うか……所謂暗黙の了解と言うものをあえて話したのはこの為だ。
渋っているのは、大人も子供も下位貴族もしくは平民、平民に近い者達だろう。
「おっしゃりたい事は分かりますが、理由は色々あります。
まず一つ、貴族令嬢が犯罪に巻き込まれる等、この国では醜聞としか捉えられません。無事に救出されたとしても、一生犯罪の影に付き纏われる事になってしまいます。
次に、メッシング伯爵家がどう考え、どう動いているか、まだわからないからです。何か策を講じている可能性もあるのに、外部が騒いだ事で失敗に至ってしまったとしたら、その責任を取れますか?」
そう、無責任な事は控えた方が良いのだ。被害者の身の安全を考えるなら、下手な動きは出来ない。
それにこれは不謹慎だとは思うが試金石になる。
これで噂となって広まるなら、既にシモーヌかシモーヌの関係者が入り込んでいる可能性が高い。ゲーム内のシモーヌはとても素直で正直者だった。だがそれは裏を返せば考えの浅いお喋りと言い換える事も出来るという事だ。
実際ゲームの小イベントで、クラスメイトの令嬢が街に出かけていたのを見かけ、それをうっかり呟いてしまい、その令嬢の婚約話をぶち壊したというシーンがある。
ゲーム内では『一人で街に出入りするようなふしだらな令嬢との婚約が潰れて良かったね』等と、攻略対象どもが無責任にほざいていやがった…失礼……言っていたが、公式サイトの小話コーナーでネタバラシがされていた。
その令嬢は家族へのプレゼントを、内緒で買いに街へ出ただけだと言うのだ。
公式にもヒロインをヒドインと捉える人が居るのだと、当時アイシア推し界隈ではそのコーナーがとても人気があった。
「それに、何処で誰が聞き耳を立てているかわかりません。
メッシング伯爵家の考えや行動が明らかになってからなら兎も角、何もわかっていない間に騒ぐのは、被害者の身を更なる危険に晒す可能性があるという事は、どうぞ心に止めおいてください」
納得のいっていない顔をしているシャニーヌを見つめる。
未だ要観察対象者であるシャニーヌが、『やっぱり』という結果にならない事を願うだけだ。
そんな中にあって、クリストファを始めとした高位貴族の子弟達や教師には、然程動揺は見られない。
「そうですね。確かにエリューシア嬢の言う事にも一理あります。
メッシング伯爵家の動向が明らかになるまでは聞かなかった事にしましょう」
教師が警備の者へ顔を向ける。
「彼が学院へ入り込んだ事は、どこまで報告が上がっています?」
「え? あ、まだ俺……自分と自分の部下だけだと思います。後でちゃんと確認しときます」
「私達も……入口の窓口に座っていたのは私達2人だけで、他に連絡する暇もなく追いかけたので」
教師が訊ねれば、兵士の様な装いの警備の者達も、事務の者達もあっさりそう言った。
「わかりました。学院側へもし広まる様ならこちらで対処しますので、これより他言無用でお願いします。今回に限り報告書も必要ありません」
「「わかりました」」
そうして警備の者達と事務の人達が去って行き、残されたのは未だ拘束されて床に押さえつけられているハロルドと、上位棟の生徒及び教師だけだった。
教師が近づいて膝をつき、押さえつけているオルガからハロルドを受け取って、その拘束を外す。
「もう暴れないで下さいね。
とりあえず…教師である私から見ても、ラステリノーア小令嬢が拉致とか…犯罪紛いの事をする必要等ないと思えます。
そんな事をして自身の評価が上がるならわかりませんが、下げるような真似をする愚か者ではないでしょう。
ですので、まだ謹慎を解かれていない以上、大人しく帰りなさい」
教師の言葉にエリューシアが、うんうんと頷いてから口を開いた。
「どうしても信じられないと言うのであれば、心行くまで調べて下さって構いません。疚しい所等欠片もありませんので、如何様にもお調べください」
先日1人でこっそり街へ向かったりしてしまったが、クリストファという目撃者もいる。アリバイに問題はない。
借り上げ邸から一瞬で裏路地へ移動した事がバレてしまうのは、出来れば避けたいし大問題ではあるが、犯罪者と疑われるよりはずっとマシである。
大人しく拘束を解かれるまま立ち尽くしていたハロルドが、エリューシアの言葉に目を丸くした。
それから暫く凝視していたが、ゆっくりと首を横に振る。
「ううん……おま……ごめ…君にそんな事しなきゃならない理由がないのはわかったし、する意味もないよな……怒鳴り込んでごめん……」
「メッシング令息が謝罪なんて気味が悪いね」
いつの間にかエリューシアの隣に並んでいたクリストファが、肩を竦めながら言うが、それにハロルドは激高する事なくただ項垂れた。
「納得できたなら良かった。さぁ、メッシング君このまま帰りなさい」
教師に背中を押され、ハロルドは渋々歩き出し、それを見送ってから全員教室内に戻って席についた。
その後授業に戻るが、教室内の空気はどこか歪な重さを内包し、教師も早々に切り上げる判断をした。
何とも言いようのない空気の中、皆帰る準備をするが、いつも一番に帰り支度を始めるシャニーヌが、席に座ったまま机を見つめている。
「帰ろう? 寮まで送るよ」
帰り支度を済ませたポクルが、席に座ったままのシャニーヌの声をかける。
「………」
何か聞こえたのか、ポクルが首を傾げた。
「え? 何?」
「……どうして? なんでポクル君も何も言わないの?」
「何もって……何の事?」
「わかんないよ…クラスメイトが拉致とか、心配になんないの?
なんでそんなに冷たいの!?」
「お、落ち着いて」
席に着いたまま大きな声を張り上げるシャニーヌに、ポクルが狼狽えている。
「だって……だって!!」
同じく帰り支度を済ませ、既に教室から出ようとしていたバナンが足を止めて振り返り、盛大な溜息をこれ見よがしに吐いた。
「はぁ……さっきのラステリノーア令嬢の話、聞いてなかったとか言う?」
「き、聞いてた、けど……フラネアさんの事と言い、なんでそんなに皆平然としてるのかわかんないよ……もしかして迷惑な存在だったから、居なくなって良かったとか思ってんの?」
バナンはお手上げと肩を竦めるが、傍に立っていたポクルはバンッ!とシャニーヌの机を平手で叩いた。
「シャニーヌさん、言って良い事と悪い事があるってわからない?」
「え、だって……」
「だってじゃないよ……自分もそうだけど、皆、不意の事で動けなかったじゃないか。だけど小令嬢だけは促進魔法かけたりとかしてたのに、見てないの?
ズモンタ嬢が勝手に飛び掛かって、勝手に怪我したのを、彼女はわざわざ回復促進してたんだよ……心配してない訳がないだろ!?」
「あ……ごめん、うん…」
「それにシャニーヌさんにはあんまりわからないかもしれないけど、貴族の御令嬢が犯罪に巻き込まれるってとんでもない事なんだよ。
犯罪とかじゃなくても、傷を負うだけでもお嫁にいけなくなっちゃうし、顔なら修道院とかまで言われちゃうんだよ……。
自分だってそんなの馬鹿らしいと思うし、認めたりなんかしないけど……高位になればなるほど、そういうのってどうしようもないんだ。
それを避けようとラステリノーア小令嬢は、誰にも今は話さないでって言ったんだよ。
そういうのって習ってないの?」
「……それは……」
「この国にはそんな考えみたいなのがあって、メッシング令嬢の家族も大っぴらに探してないだけで、必死に探してるかもしれない。もしかしたら犯人を突き止めてるかもしれない。ううん、救出しようと動いてるかもしれないんだ。
それなのに良く事情も知らない他人が話して広めて、その結果引っ掻き回してメッシング令嬢の身に何かあったら、シャニーヌさんには責任が取れるの?」
普段穏やかなポクルに諫められて堪えたのか、シャニーヌは下唇を噛みしめていた。
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