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エリューシアが思い出したのはとあるワンシーン。
ゲーム本編だったかスピンオフ作品だったか…ワンシーンとして記憶しているので設定資料集ではなかった気がする。まぁはっきりと断言はできないが、そこは特に問題になる部分ではない。
その内容は左肘の近くにある顔のように見える赤い痣を、カーティスが弟に頼み込まれて渋々見せているシーンだ。何故そんな事になったのか…常日頃から兄であるカーティスに対し、父母が素っ気なかったり突き放した様子なのが、弟はずっと気になっており、つい口走ってしまった事が原因だったような気がする。当然カーティス自身が望んで話した訳ではなく、弟から訊ねられたから話したと言うだけの事だったはずだ。
生まれた時からあったとか言う痣なら、確定条件に見合うのではないだろうか。
しかも好都合な事に肘だの膝だのの関節部分は破れている箇所も多く、特に何かせずとも見ることが出来るだろう。まぁ可能なら傷口を見せるように言えば良いだけである。
「それにしても傷だらけですね。案内は勿論しますが、そのままでは弟君が心配してしまうのではありませんか?」
ハッとしたようにカーティスが、慌てて自分を見ている。
「あ、これ……段差から落ちちゃって…」
やっぱり弟は心配するだろうかと小さく呟き、情けない表情で視線を落とすカーティスに、渋々と言った体を醸すために溜息を一つ落としておく。
あくまで『仕方ない感』を装えば、それほど警戒されずに済むだろうと考えての事だ。痣の確認をしたいが為の行動だと気付かれたら、思い切り警戒される自信がある。
「仕方ありませんね。見える所だけでも傷を治しておきます。少しの間動かないで下さいね」
クリストファの隣から進み出て、カーティスに近づく。
服が擦り切れるのはやはり関節部分が多く、どうしても布地が痛みやすい箇所であるため、破れるのも大抵そこなのだが、そこそこ盛大に裂けていて、何もする必要がない程傷が露出していた。
右半身より左半身の方の損傷の方が大きく、左側面を下にして落ちたのだろう。
カーティスの左肘に、エリューシアが右手を近づける。
触れてしまっては彼が吹き飛ばされるかもしれないので、少々身じろいだくらいでは触れないくらいに距離を取った。
回復促進は水魔法なので、淡い水色の光が球体となってカーティスの肘に浸透していく。
そのついでに痣を探すが、探すまでもなく傷のすぐ下に赤いソレがあった。
(うん……あったね。
でもこれって気味が悪いとか言って、我が子を疎んじる原因になる程のモノ?
だって……ただのパレイドリアというかシミュラクラじゃん……赤くて丸っこい痣が3つ、三角形に並んでるだけ。
気味悪い? まぁ前世でも木の洞とかが顔みたいに見えるものを『これは心霊写真だ!』『祖霊の祟りだ!』なーんてのは掃いて捨てるほどあったっけ…。
何にせよ、これでこの子は攻略対象のカーティスと考えて良さそう。
この子に何があれば、あのカーティスの容貌になるのかわからないけれど、わからない事は考えても仕方ない。とっとと済ませて案内して……それから召し抱えの話を振ってみるかなぁ)
水色の魔力を流され傷がみるみる塞がって行く様子に、ポカンと口を半開きにして固まっていたカーティスだが、自身の痣の事を思い出したのか、慌てて左肘を自分の右手で押さえて表情を曇らせる。
「……その……ごめ、ん………気味悪いモノを見せて……」
今見た限りではただの痣で、皮膚病でもなんでもない。ついでに言うなら魔力等も感じないので、呪いとかそういう類でもない。
この世界や彼の父母が気味悪がったとしても、エリューシアにはそういう感覚がないので謝られても困るが、彼が悪い訳でもないのに、咄嗟に謝ってしまうのが癖になってしまっているだろう事が窺い知れる。
本当に痛ましくて、涙が出そうになる。
「気味の悪いって、何がかしら?
痣の事を言ってるなら、単なる痣でしかないわ。それが気味悪いの? 夜中に動き出すとか?」
「そ、そんなことない!!……けど…」
「だったらやっぱりただの痣でしかないわ」
光魔法でなら恐らく痣も消せるのではないだろうか……しかし光魔法はエリューシアの秘密の一つでもあるので、おいそれと使う訳にもいかない。ましてこんな路上で、しかもクリストファも居るのだから、今は水魔法で傷を直すだけにする。
服の破れはどうしようもないが、カーティスの傷がある程度塞がった所でエリューシアは手を下ろし、クリストファの方へ向き直った。
「ずっとついててくれてありがとうございました。さっきまでの話で伝わってるかもしれないけれど、彼の弟君を縁あって保護しているのです。
これからそこへ彼を案内して、その後、帰ろうと思いますので、ここで失礼しますね」
そう言ってカーテシーをしてからカーティスを振り返ろうとしたところで、クリストファが口を開いた。
「案内って徒歩で? それとも馬車で?
徒歩でなら護衛は必要だろうし、馬車でと言うなら君をそこの少年と2人きりになんてさせられないから、どっちにしろついていくよ」
「……ぇ?」
正直クリストファについてこられても困る。
カーティスとは色々話をしたいし、聞きたい事、確認したい事もあるのだ。そこにクリストファが居ては、諸々がやり難くて仕方なくなってしまう。
「いえ、これ以上貴方様にご迷惑はおかけできませんから」
これで引き下がれよと心の内で怒鳴りつける。
今ばかりは特製瓶底眼鏡を装着していた事を本気で感謝しよう。これ以上ないほど吊り上がって目つきの悪くなったエリューシアの姿がバレずに済む。
「迷惑なんて思わないよ。反対にこのまま君を帰してしまった方が、僕は気になって仕方ないからね。とりあえず馬車を探そうか」
歩き出そうとするクリストファを慌てて止める。
「待って、待って……えっと…」
何か別の案を考え出さないと、本当にクリストファがくっついてきてしまう。エリューシアがやんわりと拒否っているのに、スルーするのだからちゃんとした案でなければ引き下がってくれないだろう。
(何なのこいつ……本気で面倒なんだけど……で、どうしよう……馬車だと2人きりになるからダメだと言うなら……)
「そ、そう! 馬車ではなく馬を借りようと考えています。
馬でなら密室ではありませんし、貴方が気にする必要もありませんでしょう?」
これでどうだとドヤ顔で言い放つエリューシアに、クリストファは頷いて歩き出した。
「馬ね、馬なら馬車より手軽だ。行くよ」
「ぇ? はい? 何故??」
困惑してる気配が変装していても伝わっているらしく、クリストファも足を止めてくれた。
「何故って?」
「だって……行くよって…同行する気、ですか?」
「当然でしょう? 色々と危ないし」
クリストファが何を危惧しているのかわからないが、その顔は思い切り真剣で、揶揄っている様子もない。
「それに馬には乗れるの? 君はわからないけど、少なくとも平民の彼は無理だよね?」
思わずエリューシアはカーティスを振り返って見つめるが、当のカーティスは怯えたように首をぶんぶんと横に振っている。
ここまで転移で来てしまった事を激しく後悔した。
病気の子供の同居人探しをしてみるかと、気軽に1人で来てしまったが、オルガに同行してもらうなりしていれば、移動は馬車になったはずで、こんな展開になる事はなかっただろう。
色々と……身体も心も疲れ切っていて、つい一人なら気楽だと深く考えず、安易に行動してしまったのだ。
後悔先に立たずである。
見ればクリストファは大通りの方へと歩き出していて、カーティスもエリューシアの方をちらちらと気にしてはいるが、クリストファを追っている。
エリューシアに主導権は既になく、最早事態は動き出してしまったようだ。
こうなっては諦めるほかなく、エリューシアもトボトボと歩き出し、クリストファとカーティスの後に続いた。
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