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メッシング姉弟は双子で、どちらも赤い髪をしており、属性も分かりやすく2人も火だ。
とはいえ純粋に魔法を展開しているのはチャコットの方だけで、ハロルドの方は抜いた剣に炎を纏わせるように発動させている。
抜刀……剣の場合、抜剣とでも言った方が良いのかどうか不明だが、そうした事でハロルドの持っていた剣が模造剣だというのがわかる。最も模造剣と分かろうが何をしようが、学生は帯剣不可のはずだし、それを抜いている時点で終わりな事に変わりはない。
チャコットが何やら詠唱を開始した。
手の中に出した火球がぶわりと倍ほどに膨れ上がる。
その様子にエリューシアはと言うと、微かに双眸を細めてから、がくりとこれ見よがしな溜息を吐いた。
(決められた場所以外での魔法使用は禁止されてるって忘れてるのかしらね……ただでさえ規則違反な上に、よりにもよってこんな屋内の廊下で炎を出すとか、正気なの?……ここが、そこまで安全対策が取られてる場所じゃないと、わからないなんて事ないわよね? ぇ、もしかしてそこまで残念なオツムなの? 片方はそれだし、もう片方は抜刀してるし……やりたい放題過ぎない?)
2人が戦闘態勢を取った事で、頭に上っていた血が静まり、反対に冷静になってしまったエリューシアは、チャコットの手の中で膨れ上がった火球を一瞥する。
途端に火球は消え失せる。
「ッな!!」
「貴様……一体何をしたああ!!??」
何をって、火なんて危ないから消しただけですよと、心の内で冷静に返しながら、炎を纏った剣を振り被って飛び掛かってくるハロルドを、軽く身を捩る事でいなした。
「くそっ!」
勢いをつけて振り下ろした剣が、大きな音を立てて床を抉る。
「逃げんな!!」
木製の床に若干めり込んでいた剣を引き抜き、再び構えた途端、今度は横一閃に剣を薙ぐ。エリューシアの眼前を空振る剣先が、その遠心力でハロルドの身体を揺らがした。
(ん~反撃が発動しないように魔法を消したり躱してるけど、いい加減面倒になってきた……それにしても剣に振り回されてるじゃない、情けないわね)
再びハロルドが剣を構えるが、既に纏わせていた炎は消え失せ、肩で息をしている為体だ。
このまま適当に躍らせて、自滅を待ってもそう時間はかからないだろうが、自分達のやらかしを自覚して貰う方が良いかもしれないと考えたエリューシアは、誘うように一切の動きを止めた。
「……カリアンティといい、アンタといい……なんで…あぁもう、本気で気に入らないッ!!」
魔法を消され暫く茫然としていたチャコットの方が叫ぶ。
「ハル!!」
「ぉ、おう!」
何やら連携でもしようと言うのか、2人が頷きあい再び構え直した。
チャコットが何やら詠唱しながら火球を次々に浮かべる。
「いっけえええぇぇぇぇええ!!!」
手を勢いよく払った途端、浮かんでいた火球が一斉にエリューシアに襲い掛かる。それに合わせるようにハロルドの方も床を蹴って突き込んできた。
フッとエリューシアが微かに口角を上げると同時に、声が飛んできた。
「そこまでです!!!」
声と同時にチャコットとハロルドが拘束されて床に転がる。
特にチャコットの方は火球が残り、髪や顔に火傷を負ったかもしれない。
特有の嫌な臭いが鼻を突く。
普通は自分の魔力で作り出した現象に、影響を受ける事は一部を除いてそうそうない事なのだが……器用な事だ。
折角のお仕置きタイムだったのにと、些か問題ありな考えをしつつ声のした方に顔を向ければ、副学院長ビリオー・ベーンゼーンが息を荒げながら、杖を構えて立っていた。
後ろの方には、エリューシアの記憶に引っかからない女性…恐らく教師だろう人物も急いで駆けて来たのか、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。
その後バタバタと駆け付けた警備の者に、メッシング姉弟は拘束されたまま引き渡され、王子バルクリスとマミカも連行されて行った。
それを見送ったエリューシアだが、現在教室ではなく副学院長室の応接セットに腰を下ろしていた。テーブルの上にはお茶、そのテーブル越しにはさっきも見た女性教師らしき人物とビリオー先生が座っている。
「全く今日はなんて日でしょうな……まだ入学式典からさほど経っていないと言うのに……」
「は……はは…」
ビリオー先生が疲れたように零せば、隣に座っていた女性教師が困ったように笑う。
これと言った感慨もなく座っているエリューシアの様子に、ビリオーは何かに思い至ったのか口を開いた。
「あぁ、もしかして初顔合わせですかな。ふむ、エリューシア嬢、彼女は通常棟担当の教師の一人でウティ・パラジック先生です」
「ウティ・パラジックです。通常棟で魔法史…歴史を担当しています。宜しくお願いします」
「宜しくお願い致します」
エリューシアも座ったままではあるが姿勢よく会釈する。
「通常棟の彼らは別室で話を聞いています。それで貴方の方も一応話を聞かせて貰いたいのです」
「はい」
ビリオーの言葉に了承する。面倒なのは間違いないが、双方の話を聞くのは当然の事だ。
「ウティ先生から、粗方話は聞いているのですが、貴方の目線での話を教えてください。彼らとはあそこで何を?」
ふぅと大仰に眉尻を下げて首を振る。
「私の方が聞きたいくらいです。急に見つけたとか何とか言って、行く手を塞いできたのです」
「ふむ、そうですか。それで貴方は何故あそこに?」
「理由ですか? 丁度荷物を運んでいたサキュール先生をお見掛けしたのですが、足元がふらついていらっしゃるように見えたので、お手伝いをさせて頂いた、その戻り道だっただけです」
「あぁ、資料室からなら確かにあの廊下は通りますね。状況は分かりました。
では次に何故彼らが戦闘態勢だったのか…ですが…」
「面白くも何ともない茶番を見せられたので通り抜けようとしたのですが、再び遮られた挙句、王子殿下の馬鹿げた発言に少々物申したのが気に入らなかったようです」
「馬鹿げた…ですか」
何なのだろうとビリオーとウティが首を傾げる。
「私を花嫁候補にとか、我が姉も欲しいとか……とても不愉快です」
流石に彼らの…バルクリスの発言内容を聞いて、2人共眉間の皺を深くした。
「だから口を噤ませる方法を考えて、舌を抜くのが良いかしら?と」
フッとエリューシアが笑うが、その瞳は笑っていない。
「王族だからと言って、許されない発言だとは思いませんか?」
「あ、ぇ、えぇ、そうですね。この国は基本的に一夫多妻は認めていませんからな」
「この国の姿勢他に言及したところで詮無い事だとは重々承知していますが、そうであってもこの国なりの物事の手順と言うものがあります。
婚約を希望という事であれば、まず家に打診して頂くのが筋かと思いますが、どうでしょう?」
ビリオーはもごもごと口籠るが、ウティの方はポカンとしている。
まぁ若干7歳の幼女の発言ではないと言われれば、返す言葉もない。
「いや、エリューシア嬢の言う通りですな……」
「しかも『欲しい』とか……私達は物ではございません。この国の女性の扱いというのも知ってはおります、納得はしておりませんが……私達女性…例え子供であっても意志もあれば感情もあるのです。それを無視するような発言をなさる方とは、”私は”お近づきになりたくありません」
思わずと言った感じで、ウティが頷きながら口を開いた。
「婚約結婚は家長が決める事で、そこに個人的感情を挟む余地はないとしても、確かに王子の発言は、聞いて気持ちの良いものではありませんね」
「えぇ…残念ながらこの国は女性をモノのように扱います。それ自体を否定するのは社会状況や諸々の面等から難しいのかもしれませんが、拒否を示すくらいは構いませんでしょう? そういう事を受け入れられる方と御婚約なされば宜しいだけの事です。それに今回の場合、家長…我が父から話は来ておりません」
「結局……」
最後の…小さく呟いたウティの言葉に、苦笑交じりに頷いたのはビリオーだ。
「王子殿下方のやらかしという事で報告…ですな」
「そうですね」
ビリオーとウティが眉をハの字にしながら笑う。
「しかし、エリューシア嬢、最後のアレは」
「………」
「っほほ、まぁ良いでしょう。結果として怪我人は出てしまいましたが、自業自得と言って差し支えありませんし、見なかった事にしましょう」
エリューシアは肩を竦めるしかなかった。
(ビリオー先生にはしっかりバレてたか……だけど返す返すも残念…盛大にお仕置きしてやるつもりだったのに。炎を弾き返したらそれはそれは綺麗に『上〇に焼けました~♪』が出来ただろうに……あぁ、周囲への延焼阻止はしっかりとした上で、だけど)
口には出さないが、心の内でエリューシアはかなり物騒な事を考えていた。
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