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睨め付ける:『にらみつける』の間違いではなく『ねめつける』と読みます。
古い言い回しのようで、対物ではほぼ使われる事はなく、主に対人で使用。
普段、通常棟の担当教師をしているウティは、明日の授業の為の資料の準備に走っていた。
担当教科は魔法歴史。
魔法が大好きで、どうにか魔法に関わりたくて、やっとの事で学院の教師と言う職を得た女性だ。
それほど魔法が好きなら、魔法士を目指せば良いと言われるだろうが、そこまで強い魔法が操れるわけでもなく、何なら上位棟の新入生である甥のバナンにも余裕で負けてしまう程度の腕前でしかない。
そんな彼女はサキュールが管理している上位棟の資料室によく厄介になっている。しかし、学院の図書室より充実した蔵書は、ほぼサキュールの個人所有の書物なので、読ませてもらうには資料室へ赴くしかないのだ。
「あぁもうこんな時間……サキュール先生が在室してなかったら詰んじゃう…」
明日の授業内容部分に、学者間で意見が割れている箇所があり、全てとは言えずとも幾つかの説については話しておきたいと考えて、サキュールに該当書物の閲覧希望を出しておいたのだ。
あくまで彼個人の蔵書である為、貸し出しなどはしていないのだが、希望すれば閲覧くらいならさせてくれる。
その為、午後の授業が始まる前に時間を貰っていたのに、思ったより別件に時間を取られ、休憩する暇もないままサキュールの資料室を目指していたのだが、途中何かが目の端に引っかかった。
サキュールは決して暇を持て余してる教師ではない為急ぎたいのだが、どうにも気になって速度を緩め顔を向けた結果、緩めた速度は止まる事になった。
彼女にもお馴染みの通常棟の生徒4人が、上位棟の生徒一人と対峙している。
囲んでいるわけではないが、明らかに上位棟の生徒の行く手を阻んでいるのは通常棟の生徒の方だ。
だが、その問題児達は行動もそうだが、存在そのものが問題児で、ウティが間に入った所で聞く耳を持ってくれない事は、これまでの間に嫌と言う程思い知らされている。
程度の差こそあれ、誰もが嫌悪や侮蔑、偶に困惑程度の者もいるが……それらを含ませて宣う『王子御一行』がそこにいた。
しかも問題児達が行く手を阻んでいるのは、精霊の愛し子である公爵令嬢だ。
王子本人以外の者については身分的にも問題があるが、それ以前の問題だ。今朝方の一件は、あまり喋らないようにと釘を刺されたにもかかわらず、気づけば学院内に広まってしまっていた。
だから彼女に手を出すとどうなるのか知らない訳ではないはずなのに、問題児達の暴走っぷりには頭を抱えざるを得ない。
サキュールには申し訳ないが、これはサキュールでも手に余るかもしれないと、ウティは副学院長室を目的地に変更した。
「お前が精霊の愛し子とか言う奴だな?」
伯爵令息でしかないハロルドが、居丈高にエリューシアに聞いてきた。
流石にそんな輩に返事をしてやるほどエリューシアもお人好しではない。無視してさっさと通り抜けようとするのだが、やはりハロルドが邪魔をして来る。
「おい! 返事くらいしろ!!」
面倒だなと言う空気を隠す事もなく、エリューシアが冷ややかにハロルドを睨め付けていると、空気を読まない場違いな声が聞こえてきた。
「ハル、そんなに怒鳴っては怯えさせるだろ? 俺の未来の花嫁候補にそんな態度はやめてくれ」
聞こえてきた言葉に、反射的にエリューシアは吐き気を堪えるかのように口元を手でおさえた。
(今なんと言ったかしら? 嫌だわ…まだ7歳だというのにもう耳が遠くなってきたのかしら…って、現実逃避してる場合じゃない。何なの、この馬鹿は…はっきりいって気持ち悪いんですけど)
等と考えられているとは想像もつかないのか、更に気持ちの悪い発言と寸劇を披露してくれる。
「しかし、バルクリス様に許されざる態度…」
「ハルの忠義はとても嬉しいけれど、俺の為に今はおさえてくれ」
「ハッ」
「ええぇぇぇ!! い~まぁ~、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけどぉ~!???? なんでそんな女がバル様の花嫁候補なのよぉ!!
マミはぁ?? マミがバル様のお嫁さんでしょぉ!!??」
「マミカ、アンタいい加減に現実見なさいよ! たかが男爵家の娘が王家に嫁げるわけないってまだわかんないの!? バル様の花嫁は私なの! そこの女はただの数合わせの候補なのよ」
何処から突っ込めばいいのか、エリューシアは途方に暮れてしまった。
花嫁候補になる気もないし、なる予定も一切ない。どこをどう思考が捻じれて曲がれば、そんな考えに行きつくのか……理解したくもないので放置するしかない。
「チャコもマミも可愛いな。
だが俺は王子だから花嫁は一人にできないんだよ」
(どこが可愛いのか……どっちも阿呆丸出しで、まぁ、メッシング嬢は魔法だけなら候補になってもおかしくはないのかもしれないけれど……いやまぁ、好きに選んでくれれば良いのよ…私とシアお姉様、身内を巻き込まないでくれれば。
ついでに一応我が国は側妃も愛妾も認めてないのを忘れてるのかしら。
王妃に子が出来ない場合にのみ例外的に許される場合もあると言うだけで……こいつ本当に王子教育されてるのかしら? まぁ、そっちも身内を巻き込まないでくれるならそれで良い。
でもそうよ…もうこの国見捨てて出て行った方が良くない? お父様お母様に提言してみようかしら……こんなのが上って…無理、耐えられそうにないわ)
「それに彼女だけじゃない。彼女の姉も美しかったしね。
俺はどちらも欲しいんだ」
その言葉でエリューシアの纏う空気が凍った。
「あの美しさは俺の隣に立つのに相応しいと思わないか?」
「バル様、私だって負けてません! ハルも何とか言って!! 私の方が美しいわ!!」
「ええぇぇぇ~~~チャコット様は美しくなんかないじゃないですかぁ~! それよりマミ!! マミの方が可愛いモン!! そうでしょ? バル様ぁ~!!」
目の前で繰り広げられるこの上なく気持ちの悪い茶番劇に、バルクリスの方はどこか御満悦な表情で、ハロルドの方は幼子を見るような暖かな表情で……心底気持ちが悪い。
いや、気持ちが悪い程度の話ではない。
(馬鹿リスは何と言った? シアお姉様も欲しいとか寝ぼけた事をほざいていなかったか?
もうキレても良いよね?
………っざけんなよ!!)
「黙れ」
底冷えがするほど低く、だけど絶対零度の声音と物言いは、とてもではないが少女の発するような物ではない。
しかし、その一声で場を支配できるほどの威力を持っていた。
言い合っていたチャコットとマミカは勿論、バルクリスとハロルドも、エリューシアが放つ威圧感に思わずたじろぎ、無意識に一歩下がって顔色を悪くしている。
「さっきから聞いていれば好き放題……そのよく回る口をどうやって塞いでしまいましょうか? あぁ、それとも舌を抜いてしまうのが良いかしら」
正直口調も心のままに放ってしまいたかったが、それは流石に不味いかと踏みとどまった事は褒めて欲しい。
しかし口調は兎も角、その纏う気配に問題児4人がヒッと息を呑む。
エリューシアが剣呑な空気を纏ったまま一歩踏み出せば、問題児達は一歩下がる。
暫くして、一番最初に限界が訪れたのはマミカだった。
「こ、こないでよおおぉぉ!! あ、あ、なたなんかああぁ!!」
そう叫んでポケットに入っていたらしい何かをエリューシアめがけて投げつけた。
当然届くわけがない。届いた所で精霊達に弾き飛ばされるのが関の山だ。だが、その行動でバルクリスを除く2人…チャコットとハロルドが何故か身構え、チャコットはその手に魔力を貯め、ハロルドは剣を引き抜いた。
当然ながら学院内の所定の場所以外で魔法や武力を行使することは禁じられている。
この瞬間、メッシング姉弟はその禁を犯した。
エリューシアが口調を改めていなかった場合きっと……
「さっきからどいつもこいつも好き放題言いやがって、気色悪いんだよ……その口縫い付けたらちったぁ静かになるのか? あぁ、それとも舌抜いた方が早いか? あぁン?」
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