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「エリューシア嬢、助かりました。ありがとうございます」
「いえ、ここに置いておけばいいですか?」
「はい、お願いします」
エリューシアは両手で抱え持っていた本を、近くにあったローテーブルにそっと置く。
今日はメルリナが不在だったが、いつものように温室で昼食をとり、午後の授業が始まる時間が近づいて教室に戻ろうとしたのだが、その途中温室の窓を閉めたか心配になったのだ。
オルガが行くと言ってくれたのだが、メルリナが不在の為、アイシアの護衛が自分だけになってしまう。
確かに精霊防御もカウンターもあるとは言え、あくまでそれはエリューシアに対してだけ発動するものであり、アイシアが狙われた場合にうまく機能するとは断言できない。つまり純粋に護衛と言う意味でなら、エリューシアよりオルガの方に軍配が上がる。
それなら全員で、とも言ってくれたのだが、確認して閉まっていればそのまま戻るだけの事だったので、一人で向かう事にしたのだ。
ささっと一人温室に戻り、窓とついでに扉の施錠も確認して、来た道を戻る。
そのまま来た道を通れば良かったのだが、建物の中を抜けたほうが早いかもしれないと、途中で校舎内に入るルートを選んだことが裏目に出た。
前をよろよろと歩いているサキュール先生の背中に気付いてしまった。
どうやら両手が多くの荷物で塞がり、その重さもあって足元が覚束ないようだ。
そのままそっと反転して見なかった事にするのは些か罪悪感が刺激される。一人苦笑交じりに肩を落としてから、小さく深呼吸をして声をかけたのだ。
結果、現在上位棟の教職員室の一つに来ている訳だが、荷物を運びこんだのはその奥の資料室と言う場所だった。
普段見ることのない場所に、思わず見回してしまう。
学院には図書室も設けられているが、魔法分野に限ってならこちらの資料室の方が充実しているように見えた。
「珍しい書物もありますからね。何か興味を惹かれるものはありますか?」
サキュールが抱えていた荷物は重いだけでなく貴重な書物だったので、彼としてもエリューシアが手伝ってくれたことは、とても助かっていた。
お茶がお駄賃代わりになるとも思えないが、準備している合間の雑談として訊ねてみれば、エリューシアは棚にずらりと並ぶ書物を真剣に見つめながら返事をする。
「はい、あそこにある『魔具製作における錬金術の応用』と言うのは見た事がないので、とても興味を惹かれます」
「ほう…あれは魔具製作中級者以上が読むような本ですが……エリューシア嬢は魔具に興味があるのですね」
どうぞと暖かなお茶を勧められて、エリューシアは近くに椅子に腰を下ろした。
貴重な本のある場所で湿気はマズいのではないかと心配になるが、サキュールが用意したものを無下に断るのも申し訳なく、早々に辞した方が良さそうだと判断し、失礼のない程度の速さでカップを傾ける。
「はい。選択授業を魔具製作にするか錬金術にするか悩んでいます」
「魔具か錬金ですか…それなら魔具製作を選んだ方が良いかもしれませんね」
まさかここで相談に乗ってもらえると思っていなかったので、思わずカップを傾けていた手が止まる。
「そうなんですか?」
「えぇ、魔具製作と錬金は切り離せない部分がありますからね。錬金術についての講義や実験も組み込まれていますよ」
「ありがとうございます。ずっとどちらにしようか悩んでて……相談に乗って頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。本は重かったでしょうに、手伝って下さって本当に助かりました」
「私がお手伝いしたのはたった2冊ほどですし、お手伝いと言える程ではありません」
「ふふ、その2冊でとても助かったんですよ」
「恐縮です。ぁ、そろそろ戻りますね」
エリューシアは壁にかかっている時計を見上げ、御馳走様でしたと言いながらカップを置いて立ち上がる。
資料室の扉の所で一礼して去ろうとしたところで、エリューシアはふいに足を止めて振り返った。
「どうしました?」
サキュールが不思議そうに訊ねてくるが、逡巡しているのか、エリューシアの視線が泳いでいる。
「……ぁの…ズモンタ様は……」
暫く待って出た言葉がそれだった。
「あぁ、彼女は既に迎えを呼んで帰邸して頂きました」
「………」
「エリューシア嬢は気に病む必要はありません。
貴方の事情は学院には既に提出されていましたし、彼女にも丁度その話をしていたと聞いています。
にも拘らず、ですからね。
処遇については現在検討中ですし、あちらにも経緯含め他も色々とお話してありますので、心配は無用ですよ。ただそうですね…もし何か言ってくるようであれば、御家の方だけでなく学院の方にも報告してください」
「…はい」
サキュールに見送られ、教職員室からも辞したところで、ふぅと思った以上に大きな溜息が零れた。
これまでの態度も態度だったし、彼女の自業自得な部分が大いにあるというのも本当なのだが、骨折他骨の回復をしきれなかった事が気にかかっていた。
きちんと適切な処置を受けることが出来て居れば良いのだが、適当な処置では後遺症が残りかねない。
ここでエリューシアが気に病んだ所で何も変わらないのだが、つい気になってしまい『ン~』と唸りながら思わず頬に手を当ててしまう。
(ぁ、いけない、午後の授業がはじまってしまうわ。急がないと……それにすぐ戻ると言ったのに戻ってないからシアお姉様たちに心配かけてるかも……それはマズいわ!)
足早に廊下を抜けようとしたところで、あまり聞きたくなかった声が耳に届いた。
「いました! 見つけました!」
関わりたくないと歩調を更に速めるが、それを阻止するようにエリューシアの前に立ちふさがる影があった。
仕方なく足を止め、顔を上げれば想像通りの人物が並んでいて、エリューシアの表情が酷く曇る。
(ゲッ……何故王子一行がこんな所に居るのかしら)
温室から戻ったという事は、上位棟より通常棟の方が遠いという事で、午後の授業がもうすぐ始まると言う時間に、ここに通常棟の生徒がいると言うのは本来あり得ない事だ。
「やぁん、ホントにキラッキラ! お人形みたーーい! ムギュギュウゥ…でもでも! ぜーーーーーっ対にマミの方が可愛いモン!!」
身体をくねらせているのか、揺らしているのか……何にせよ、生理的嫌悪感を催させる気持ちの悪い動きと言葉遣いをしている少女と、それを腕にくっつかせている少年。
その少年とマミとか言ってる少女の前方にも少年が一人。そいつがエリューシアの進路を阻んでいる。
その3人の後ろで、マミとか言う少女を睨みつけているのは、過日の魔法実技でカリアンティと派手にやらかしたチャコット・メッシングだ。
一度整理しよう……。
とりあえず、気持ち悪い少女を腕にぶら下げている少年…これはバルクリス王子だ。くすんだ色合いの金髪にピンクの瞳で、黙って立ってるだけならクリストファと並んでも見劣りしない美少年だ。『黙って立っているだけなら』という条件は絶対に外してはならない。
そしてぶら下がってる少女。
自身を指してマミとか言っていた少女だが、やっと記憶の端に入学式典当日に『マミカ』と言う名を聞いた記憶が蘇った。栗色の髪に朽葉色の大きな垂れ目で、少々ふっくらした輪郭がとても可愛らしい少女だ。しかしオツムの方は見た限りではかなり残念そうである。
その二人の後ろに膨れっ面で続いているのがチャコット。彼女については割愛で良いだろう。ただマミとか言う少女の事は目の敵にしているようだ。
そしてエリューシアの前に立ちはだかる少年…消去法でいけば、彼がハロルド・メッシングだろう。
攻略対象に相応しく、その面立ちはなかなかなものだ。
脳筋攻略対象の名に恥じぬ、同年齢の他の子供達より少々大柄な体格に赤い髪と茶色の瞳と言う、ゲーム画面で見たそのままの姿だ。
何故か制服となっているローブ型の上着は着ておらず、騎士服もどきに帯剣している。
(いやいや、なんで帯剣が許されてるのよ…。
護衛騎士でも学院内は不帯剣が基本で、何か理由や不測の事態でも無ければ許されないのに、模擬剣か木剣なんでしょうけど学生が帯剣してるって、ありえないんですけど)
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