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半壊以上にボロボロの家屋の中は勿論、通りを歩く人影も一切ない。この辺りには空き家も多いのだろう、人の気配そのものが殆どないのだ。
だが、この子供一人でここに住んでいるという訳ではなさそうだ。
かなり擦り切れてボロくなってるとは言え、この子が使うには大きい上着が身体に掛けられていたり、欠けた部分があるとは言えコップは2つ置かれたりしている。
しかし今は気配はなく、同居人は出かけていると判断して良いだろう。
ならばと、一応注意しながらではあるが、収納から自作のポーションを取り出した。
どうやって飲ませようか困っていると、手伝おうと手を打伸ばしていたアーネストをも制して、オルガがポーションを搔っ攫った。
「飲ませれば宜しいのですね?」
「ぁ、うん……お願い」
オルガは躊躇う事無く垢で汚れた子供の口に、ポーション瓶を宛がいゆっくりと傾けて飲ませる。
周囲には水差しもなく、発熱の影響もあって喉が渇いていたのか、嫌がることなくポーションを飲み切った。
(まだ飲む力は残っていたようで良かった。だけど…どうしよう、ポーションで体調は良くなっていくと思うけど、体力がなければ…とは言えここに食べ物を置いて帰っても、通りかかった人に盗まれるのがオチよね…人が通るかどうかはわからないけれど)
良い考えが浮かばず、渋い顔のままアーネストの方を振り仰げば、フッと困ったように笑う父が居た。
「そうだね、親御さん……いや、関係性がわからないから同居人と言うべきかな、もいるようだし……あぁそうだ、さっき買ったペンと羊皮紙があるから書置きを残しておこうか。そうすればこの子をもう少し暖かい場所へ連れて行っても、戻ってきた同居人も安心してくれるのではないかな」
アーネストは満足そうに微笑んで頷いているし、オルガも納得の表情になって頷いているのだが、平民及び平民以下の識字率を、彼らは忘れているのではないだろうか…。
自慢しているようで恐縮だが、ラステリノーア公爵領では孤児院だけでなく貧民である大人達にも、文字や簡単な計算の勉強のための場を設けている。おかげで国内有数の識字率の高さを誇っているのだが、残念ながらここは王都だ。この子供の同居人が文字を読めるかどうかは激しく怪しい。
だからと言って他に方法がないのも事実だ。
ポーションを飲ませたとはいえ、効果が出るまでにはまだ時間がかかるし、この場に放り出していくのは何とも後味が悪い。食べ物を置いて行ったとしても通りすがりの誰かに持って行かれるのが目に見えている事も、後味の悪さに拍車をかけている。
ならば看病できるところに連れ出すほかないのだ。
だが、何処へ?
「書置きを残すのは兎も角、何処へ連れて行くのです? 学院内の邸には警備魔具などの問題もあって連れて入れません」
「あぁ、その問題もあったか……ふむ、あぁ、学院近くに宿屋があったはずだ。そこに部屋を暫く借りておこうか」
初耳だが式典の際に地方からやってくる学生の家族の為と考えれば、確かに採算は取れるだろうし、あっても不思議ではないかと納得する。
アイシアとセシリアにも伝えなければならないし、別の馬車の手配もしなければならない。
誰かがこの場に残る事も考えたが、もし同居人が戻ってきたら面倒な事になるかもしれないと考え、全員で一旦その場を離れる事にした。
戻ってきた人物が聞く耳を持ってくれれば良いが、大抵警戒心MAXで、下手をすると襲い掛かってきかねない。
足早に店へ向かえば、結構な荷物を馬車に積み込んでいるところだった。
アイシアとセシリアがにこにこと見つけた商品の事を話すのを聞いてから、倒れた子供の事を話す。
「まぁ、そんな事が……わかりました。先に邸に戻っておきますわ。エルルとオルガも戻りましょう、後は旦那様に任せた方が良いわ」
セシリアがそう言って手を差し伸べて来る。
彼女の言い分も分かる、と言うか、得体のしれない人物に我が子を関わらせたくないというのはごく普通の感情だ。しかしこのままアーネストに放り投げてしまうのは、どうにも落ち着かない。
関わると決めたのは自分である以上、エリューシアは子供がちゃんと回復するのを見届けたい。何ならちゃんと保護者…かどうかは不明だが、子供にとって害のある人物でないのなら、居たであろう同居人の元へ帰らせてあげたい。
我儘を言っていると分かっているが、そのままを伝える。途端にセシリアは苦笑を浮かべた。仕方ないわねと言いながら、馬車で先に帰って行った。アイシアは少し…いや、かなり不満そうだったのが気になるが、恐らく孤児院の慰問などを行っていた事もあり、病気の子供と言うのが心配で仕方なかったのだろう。帰邸してから顛末をきちんと話そうと思う。
その後子供のいた半壊家屋へもどり、書置きをポーションの空き瓶で飛ばないようにしてから連れ出した。
セヴァンが先んじてて手配しておいてくれたらしく、学院近くの宿の一室にすんなりと入ることが出来た。
子供の方はと言うと、やっとポーションが効いてきたのか、随分と呼吸も落ち着いてきたように思える。ただ、まだ熱は下がっていないのか顔は赤いままだったが、それでも最初に見た時よりはマシな顔色になっていた。
学院の借り上げ邸に残る事になっているメイドと騎士を一人ずつを残して、一旦エリューシア達は借り上げ邸の方へ戻る。
「それにしてもどうしたものだろう……もう少し帰領を延期しようか?」
邸に帰り着いた所でアーネストが呟いた。
「いえ、領の方も随分と留守が長くなってハスレー達も困っているでしょう? こちらは大丈夫です」
「しかし、あの子供の事もあるしね」
苦り顔のアーネストに、エリューシアは考えていた事を話す。
「お父様、それなのですが……元いた場所に戻す事を最優先しますが、もしあの子供に問題が無いと分かった上で、あの子が望むなら使用人として召し抱えても構いませんか? あぁ、もしかしたら同居人の方も」
エリューシアの言葉にアーネストが目を丸くする。
「エルル、本気かい?」
「はい。私の個人資産で抱えようと考えています。許可してもらえませんか?」
「エ、エルル? それは……何故」
アーネストが驚きや困惑等が入り混じった表情をして固まっている。
しかしずっと考えていたのだ。
エリューシアは次女だからいずれ政略にしろ何にしろ、何処かに嫁がされるのが普通だ。しかし『精霊の愛し子』という爆弾部分がそれを難しくするだろう。
おいそれと国外に出す事も出来ず、貴族間のバランス等いろいろ考えても国内の貴族に…というのも難しいはずだ。
だから普通は王家にとなるのだろうが、それはエリューシアの方が断固お断りである。
ならばいずれ公爵家を継ぐアイシアの悩みの種になってしまうだろう。悩みの種程度ならまだしも、恐らくは足枷になってしまう。それはエリューシアにとって絶対に嫌なのだ。
エリューシアにとって……いや、この場合は真珠深にとってと言うべきか。
アイシアと言う存在は特別だった。
たかがゲームと言われるだろう。
だが、そのたかがゲームの登場人物でしかなかったアイシアが、真珠深にとっては最推しであると当時に、あの時の心の支えでもあったのだ。もしかすると心の支えだったから、最推しとなったのかもしれないが。
だがまぁ……。
ゲームキャラが心の支えなんてと、笑いたければ笑うがいい。
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