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「まぁ、こうなる…かな。そろそろ戻ってきてくれないか? 呆けられたままでは話もできない」
「………ぁ、あぁ……あぁ、す、済まない…とんでもない爆弾に思わず…な」
「こんな事情でね」
「理解した。今まで以上に学院周辺には気を配るとしよう」
「助かる」
「それにしても……あのカツラと分厚い眼鏡の下の素顔がこれとは……」
未だ呆けたようにしみじみ零すハンフリーに、アーネストとエリューシアは顔を見合わせて首を傾げ合った。
「いや、上の娘さんもセシリア夫人そっくりのとんでもない別嬪さんだったが……下の娘さんは最早人間とは思えないな」
「ハンフリー、流石に失礼過ぎないかい? 確かに人間離れして見えるかもしれないが、エルルは私にとって可愛い娘なんだ、それを人間じゃないと言われるのは些か…」
憮然と言うアーネストに、ハンフリーが慌てて首を横に大きく振りながら、更に両手をクロスさせて否定を全身で示した。
「ち、違うって! 人間じゃないって言ったわけじゃない! その…語彙が貧困なんだ、許せよ…」
一般的な人間の髪は発光しないし、瞳も普通ではない事を自覚しているエリューシアは、『改めて突きつけないでくれ』と思わず胸を押さえて項垂れた。
「フ…わかってるさ。あぁ、あえて念を押すまでもないと思うけれど、言いふらしたりはしないでくれるよね?」
「無論。だがこれほどの爆弾だ。魔法契約書を渡しておこう。その方が安心だろう?」
「そこまでは……君を信頼しているし」
「いや、しておこう。俺がその方が安心できる。
エリューシア嬢の事を思いがけず漏らしてしまう可能性は、可能な限り排除すべきだよ」
ハンフリーは机の抽斗から、何かの魔紋が大きく書かれた羊皮紙を一枚取り出してさらっと署名してそれを差し出す。
アーネストが難しい顔をして、それを受け取った。
「そんな顔をするな。さっきも言ったがこれは自分の為でもあるんだ。
これがあれば、コレのせいで話せないんだって言い訳も成り立つしな。
まぁこうして学院に行くようになってる以上、隠し通せるものでもないだろうが、だからと言って積極的に触れ回って良い事柄じゃない」
アーネストとハンフリーのやり取りに、エリューシアはそっと視線を落として俯いた。
顔繫ぎは無事終わった事だし、騎士達には仕事もあるので、エリューシアがカツラと瓶底眼鏡を再装着を待ってから辞去する。
お土産の追加購入に向かったアイシアとセシリアを店まで迎えに行けば、今日の予定は終了なのだが、先程までお邪魔していた警備隊の隊舎というか詰所から、件の店まで然程離れておらず、徒歩で向かおうかと言う話になった。
それというのも顔繫ぎが思った以上にスムーズに終わってしまい、買い物の方はまだ終わっていないだろうと予測できてしまったからだ。
さっさと合流して買い物を一緒にしても良いのだが、反対に焦らせてしまう可能性もある。セシリアはポヤポヤと気にもしないだろうが、アイシアは間違いなく焦らせてしまうだろうと思えるので、時間つぶし且つちょっぴり王都散策と徒歩に決めたのだ。
セヴァンは馬を連れて居るので、先に馬車と共に店の方に向かってもらう。
オルガは馬車で先に合流しておいてと言ったのだが、断固として拒否されたため、3人で通りを歩きだした。
警備隊の詰所も店も大通りに面しているため歩くのは大通りなのだが、休日という事もあってか、なかなか人通りが多い。ぶつかる程ではないが、下手にかすって精霊防御とカウンターが暴発しては目も当てられない。
「思った以上に人通りが多いね、少し横道にそれようか…あぁ、あそこの店はまだ残ってるのか」
ふとアーネストが立ち止まって、横道の方を覗き込んだ。
大通りに繋がる横道なので、そこまで狭い訳ではないが、とたんに人通りが減って、少々寂しく、そして暗く感じる。
「あそこの店って……どこですか?」
懐かしそうなアーネストに、エリューシアは手を繋がれたまま見上げて問いかけた。
「雑貨屋なんだけどね、できるだけ節約したくて文具なんかの消耗品はここまで買いに来てたんだよ。行ってみるかい?」
「はい!」
横道にそれた穴場的なお店なんて、行きたいに決まっている。
前世でもそうだったが、大通りに面した賑やかなお店ばかりが、自分にとって良い商品を扱っている訳ではない。うらぶれた『潰れてるんじゃないの?』と思ってしまうようなお店にこそ、掘り出し物があったりするのだ。
そう、例えば…忘れられた年代物の、もう絶対に手に入らないだろうなと諦めていたプラモデルを、積み上げられた商品の下の方に見つけた時の興奮と言うか……しかも販売価格が当時のままだったりした時には狂喜乱舞モノだ。
そう言うモノは商品管理が徹底している大きな店舗だと、なかなか味わう機会に恵まれないのだ。
そんな前世の思い出にワクワクしているうちに、アーネストが学生時代に良く通っていたという雑貨屋の前に着いた。
看板は軒に掲げられたインク壷とペンの描かれた小さな板だけで、それ以外は単なる石と木の壁でしかなく、看板に気付かなければあっさりと素通りしてしまいそうだ。
ただの家のようにも見える木戸を開けば、ツンとしたインク特有の匂いが微かに漂ってくる。
店舗はそこまで広い訳ではないが、ペンや羊皮紙等がかなりの数、置かれている。他にもペーパーウェイト等の文具類だけでなく、よくわからない何かも所狭しと並んでいた。
その奥の方から老人が一人のそりと姿を現した。
「おや……もしかしてアーン様かい?」
纏う空気感がそうさせるのか、実はアーネストの事を愛称で呼ぶ者は殆どいない。妻セシリアでさえアーネストと名で呼ぶか旦那様呼びだ。しかし店主と思しき老人は愛称で呼んだ。随分と顔馴染みだった事が伺える。
「スヴァンダットさん、まさか覚えていて下さっているとは…お久しぶりです」
本当に懐かしく嬉しいのだろう、アーネストが心からの笑顔を浮かべている。
「まぁ学院生がこんな店に来るというだけで珍しかったからねぇ、その上その容姿だ。忘れる方が難しいってもんだよ」
「恐縮です……」
「で、今日は何が入用だい?」
「はは、何か買いに来たという訳ではなく、懐かしさで……あぁ、そうだ。スヴァンダットさん、娘のエリューシアです」
唐突に紹介されて、慌ててエリューシアがカーテシーをすると、スヴァンダット老人は笑って首を横に振った。
「御令嬢がこんな老人にそんな挨拶せんでいい。代わりと言っちゃなんだが、この物言いを許してくれればありがたいのぉ」
「許すだなんて…こちらこそ、どうぞお見知りおきいただければ嬉しいです」
うんうんと頷くスヴァンダット老人も同じく懐かしいのか、好々爺な微笑みを浮かべている。
「学院に入学しましてね……もしかしたらお世話になる事もあるかもしれません」
「ほほう、学院に…なるほどなるほど。しかし御令嬢がここまで買い物に来るというのは少々…いや、かなり難しいのではないかのぉ」
「まぁ私としても大人しくしててほしいのは山々なのですが、どうでしょうね」
ククッと吹き出すようにアーネストが笑う。
「お父様、酷いですわ…私今まで良い子にしてきたつもりです!」
ぷぅっと頬を膨らませるエリューシアに、ますます笑みを深くしてアーネストが頷いた。
「あぁ、知ってるよ、済まなかった。だからご機嫌を治してくれないか? 私のお姫様」
「知りません! お買い物はここにしようって、ほんの少ししか思いませんでしたのに!」
「やれやれ、ほんの少しは思ったって事だね? スヴァンダットさん、どうやらお世話になる気しかないようです。御迷惑おかけするかもしれませんが、宜しくお願いします」
笑っていたアーネストが改めて姿勢を正し、頭を下げた。
「止めとくれ、ワシはただの雑貨屋の店主でしかない。公爵閣下様に頭を下げられなんてしたら身の置き所がないってもんだよ。あぁ、そうだお近づきの印に、お嬢様にはこれを差し上げようかの」
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