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　二ッとカリアンティが笑う。

　その瞬間彼女に襲い掛かった火球がポフンと弾け消えた。

「な！？」

「あらあら、何て脆い事……まさかそれが全力だなんておっしゃらないわよね？」

「くっ……カリアンティ、アンタねぇ……ほんと、とことん気に入らないわ！！

　見てなさい！」

　安い挑発にあっさりと乗せられ、チャコットが再び魔力を高める。

「火なるサウラ・マンディラに冀わん

　我が身に祖なる力の一片を与え賜え

　我が手中に火の輝きを宿す栄誉を与え賜え

　我と我が名を以って命じる、放て、ファイアアロー！」

　詠唱が完了した時には、チャコットの手の内に生じた火球はかなりの数になっていて、それがカリアンティめがけて勢いよく放たれた。

「風なるシウル・アンディスに冀わん

　我にその力の欠片を授けよ

　我と我が名を以って命じる、弾き飛ばせ！　ハリケーン！」

　チャコットの詠唱より早く完了したカリアンティの詠唱は、彼女の前に風の渦を呼び起こした。

　その風の壁に火球が悉く弾かれ、あえなく霧散していく。

「そんな！」

「全くなってないわね。風に巻き込まれもせず弾かれるだけだなんて……詠唱してそれなの？」

「もう…絶対許さないんだから！！」

「あら、楽しみね。どう許さないのか教えて貰えるかしら？」

　二人共軽く跳び下がり、再び詠唱を始める。

　互いの前に出現させた魔法はさっきまでのものより大きく、術者である彼女たち以外の者達にも炎と風の余波が届く。

　それをみて、流石に見過ごせないとサキュール先生が杖を一振りする。

「氷なるアクル・ランディアよ、我に其なる力を示せ

　アイスケージ」

　カリアンティとチャコットの発動していた魔法は、どちらも氷の籠の中に閉じ込められ、徐々にその勢いを失くしていく。

　先生の介入もあった事だし、ここらが潮時かとカリアンティは高めた魔力を手放し、やれやれと言わんばかりに肩を竦めて元いた位置に戻りかけるが、チャコットの方は留まったまま、更に魔力を高めた。

「メッシング嬢！　それ以上はいけません！！　貴方も大怪我をッ…くぁ」

　高まった炎に氷の籠が溶かされ、白い蒸気という悲鳴を発する。ヒビが走り、サキュール先生に苦悶の表情が浮かぶが、とうとう押されて氷の籠が砕け散り、サキュール先生はがくりと地面に片膝をついた。

「ちょ！？」

「うああぁぁぁあああ」

　砕け散った氷の破片が、炎を纏ってその場にいた全員に襲い掛かる。

　あまりの事に咄嗟に前に出たメルリナだったが、アイシアとエリューシアを背に庇う動きをするのが精一杯で、その後はただただ飛び掛かって来る氷の破片を見つめる事しかできなかった。

　そんな中エリューシアは冷静に周りを観察する。

（ぅん、自分で言うのも何だけど、思ったより動揺はないわね。良かった。

　この程度で狼狽えてたらシモーヌと対峙した時困るもの。

　お姉様は私が守るし、メルリナも近くに来てくれたから問題なし。他はと……あれま、全員呆然自失？　情けないわね、バルクリス王子なんて尻もちついて固まってるじゃない、みっともない……と、グラストン様は…余裕、そう…ね。

　まぁ良いわ、纏めて面倒見たほうが手間がかからないもの）

　詠唱も動きも何もなく、次の瞬間、辺りは静寂に包まれる。

　勢い良く飛び散り、今にも襲い掛からんとしていた破片はどれも時間が止まったかのように、中空で微動だにせず、静かに佇んでいた。

「「「「「………」」」」」

　誰一人として声を発する事も出来ず、固唾を飲んで成り行きを見守っていると、止まっていた破片がゆっくりと動き出し、一つ残らずエリューシアの前に集められる。

　集められた欠片はまだ一部燃えていたりして、危険な状態に見えるが、彼女は眉一つ動かす事なくそれらを綺麗さっぱり消し去ってしまった。

「「「「「………」」」」」

「……ラ、ラステリノーア嬢……今、のは……」

　流石先生と言えば良いのか、知識欲に勝てず一番最初に我に返ったようだ。

「これで危険はないでしょう？　ですが、あちらの方は急いで救護室かどこかに運んだ方が良いと思います」

　エリューシアがすいっと視線を流した先には、完全に意識を失くしたチャコットが倒れていた。

「ぁ、あぁ…そ、うですね」

　ローブの下になっていて見えなかったが、腰に少し大きめのポーチをサキュール先生は装着していた。それの蓋を開き、中から魔具を取り出す。

　見た感じ、前世で言うところのトランシーバーのようにも見える。それ自体もかなり大きく感じるが、続いて取り出された箱は更に大きい。

（うひょぉ、先生の腰のポーチってもしかしなくてもマジックバッグって奴ではないですか！？　しかもあれって通信機器よね？　きゃぁぁ、何て事！！

　いいなぁ、いいなぁ……私も欲しい！！

　ぅぅん…やっぱり選択授業は魔具製作にしようかしら。

　それにしてもマジックバッグってあんなポーチくらいの大きさのもあるのね。公爵家所有のってかなり大きくて使い勝手が悪いのよ。容量に差があるのだろうけど……あのポーチくらいだとどの程度の容量なのかしら？

　通信機の方も……確か日本で最初の携帯端末ってショ〇ダーホンとかいう奴じゃなかったっけ……あれより大きいのでは？……マジックバッグとセットじゃないと携帯は無理って事ね。なるほど、小型化は急務だわ）

　生徒も教師も成り行きとは言え、危険な魔法に晒されて魂が半分抜けたような状態になっているというのに、エリューシアだけはポーチ型のマジックバッグと通信端末に、心の内ではしゃいでいた。

　その後エリューシアとクリストファを除く全員が、救護室で簡単な診察を受ける事になった。

　意識を失って倒れていたチャコットも暫くして意識を取り戻すが、副学院長先生ことビリオー先生から厳重注意を受ける事となる。一歩間違えば被害者が出ていた可能性も高く、当然家への連絡もされると思われるが、その辺は公表される事はないだろう。

　カリアンティも注意は勿論受けたが、サキュール先生が止めた時にすぐ従ったので、簡単な注意だけですんでいたようだ。

　サキュール先生についてはエリューシア達の証言もあり、今回はお咎めなしである。

　ドタバタの内に魔法実技の初めての授業は終了してしまい、クラスもいつもの面子に戻って、本日最終の授業が今終わった所だ。

　入学式の時と違い、ノートや筆記具は持参しているので、全員大なり小なり鞄を持ってきている。エリューシアもノートと筆記具を、アイシアとお揃い鞄に片づけた。

「エリューシア嬢、また明日ね」

「……ぇっと…ゴキゲンヨウ」

「アイシア嬢、オルガ嬢も気を付けて」

「「失礼します」」

　クリストファとはなし崩し的に挨拶を交わすようになっていて、毎回飛んでくるフラネアの視線には苦笑いしか出ないが、今の所突撃もしてこない。

　まぁ挨拶くらいは御目溢しという所だろうか。

　ただ不安がない訳ではない。昼食を温室と言う同じ場所でとっているのがバレたら、どうなるかはわからない。つい悩んでしまうのだが、バレたらバレた時の事である。何しろ庭園も食堂もサロンも、馬鹿リス御一行が結構うろついていて、他に静かで人が来ない場所と言うのが見つからない。教室で食べるという手もあるが、そうするとメルリナだけ入ってこれないという問題が発生してしまうのだ。

　今の所、適切以上に距離を保てているので問題はないはずである。

　そうして教室から出て、いつものように脇にある小さな花壇前でメルリナを待っていると、近づいてくる人影があった。