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「あ……お嬢様、お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ございません」
オルガの声にハッと顔を上げ、すぐに姿勢を正してから頭を下げた。
「私の方こそごめんなさい。転移とか言われても困るわよね」
申し訳なく思いそう言えば、ナタリアが首を振った。
「お嬢様、どうかお気になさらないで下さい。ただ、そうですね……外では言わないほうが宜しいかと思います」
慣れ親しんだナタリアでさえ、これほど驚くのだから確かに言わない方が良いだろう。元々魔法の習熟に本を貸してくれたり手助けしてくれた辺境伯家と、自家にしか言うつもりはなかったが。
「えぇ、驚かせるのは申し訳ないもの、元より言いふらすつもりなんてなかったから安心して」
「お嬢様、驚かせるからではございません。そんな希少な魔法が使えるとなれば更にお嬢様を狙う輩が現れます! そうでなくとも王家などお嬢様を利用しようとする輩が……」
あぁ、そっちかと、微笑んで頷くと、ナタリアは安心したように肩の力を抜いた。
「こんな所にお嬢様を立たせておくわけにはいきませんね。お部屋の方へご案内いたします。オルガ、サネーラ、鞄はそのまま持ってきて頂戴」
ナタリアの言葉に、その場にいた全員が、未だ絶賛掃除中の邸に足を向けた。
雑巾をかけたり家具を運び入れたりしている使用人達は皆見覚えがあり、彼らもエリューシアの姿に気付けば笑顔で挨拶をしてくれる。中にはナタリアのように涙を堪え切れない者達も居た。
忘れられていなかったんだなと思い、誰にも言いはしないが胸が暖かくなった。
それにしても、エリューシアとしては前世の影響か、学校の敷地内に家があるというのがどうにも違和感があった。
寮ならわかるのだ、寮なら。しかし、ここは小さくともしっかりとした邸宅で、当然ながら使用人や警護の騎士を置くこともできる。厨房もあり料理人達も当然のように常駐させられる。
それを道すがら訊ねれば、歩きながらではあったがナタリアが説明してくれた。
寮は遠方の者や、金銭的にあまり余裕のない者達の為にあるので、基本的にこの国では高位貴族は寮ではなく、所有する王都の邸から通うのだそうだ。
勿論望めば寮に入れなくもないが、警備体制の面等からあまり良い顔はされない。
それに他国の王族が留学してきた事も過去にあり、そう言う場合人の出入りの激しい王城では、落ち着いて勉学に励めないし、何より無駄に社交に引っ張り出された結果、余裕がなくなるという弊害もあったらしい。
何よりそう言う方々は、自国の騎士団なんかもしっかり連れて来るので、それならば自国の流儀で警備をして貰った方が安心できるだろうとの配慮もあり、学院の敷地内に寮とは別で、在学期間中に貸し出せる邸宅を建ててあるという話なのだそうだ。
借り上げ期間中は魔具なども、邸宅敷地内に限ってではあるが、それぞれの借主の意向に沿って自由に使って良い。勿論、敷地外に影響のある物等は却下らしいが。
ラステリノーア公爵家の場合、父母もアイシアも、エリューシアが一緒に入学するというなら、ガチガチの警備を敷かないと安心できないという事で、在学期間中は敷地内邸宅を借り上げる事に決めた。
しっかりとした領経営をしているので金銭的な問題はないのだが、王都に邸宅を購入した場合、そこから馬車での通学となり、その移動中が危ないと言い出す始末であった。
その両親と大大大好きなアイシアの到着は、予定では明日になるらしい。
エリューシア用に整えられた部屋に着き、ナタリアが扉を開けてくれた。
何と言うか……2年前の記憶そのままの公爵邸の自室が再現されており、思わず途方に暮れるエリューシアだった。無駄金かけてるんじゃねぇ……と、もし、この場に父母が居たなら凄んでいた事だろう。
オルガとサネーラも早速お仕着せに着替えて、エリューシアにお茶を用意してくれている。ナタリアもまだ整い切っていない厨房からお菓子を持ってきてくれた。
「それにしても、アイシアお嬢様の御入学に合わせずとも良かったのではございませんか?」
お菓子の乗った皿をテーブルに置きながら、ナタリアが心なし心配そうに声を曇らせる。
そう言うのも理解はできる。何しろエリューシアとアイシアでは2年の差があるのだ。だが学院への入学は、その年齢前であっても学力他が合格ラインに達していれば認められる。
「お姉様と一緒が良かったのだもの。でも、まさかこんな邸宅まで借り上げるとは思ってなかったわ……てっきり寮か宿になると思ってのだけど、これならこれで、一緒に入学して一緒に卒業の方が、無駄なお金がかからずに済むってものでしょう?」
エリューシアとしては愛するアイシアの警護を、自分がする気満々だっただけなのだ。昔から『お姉様大好き』とアピールしてきただけの事はあり、『一緒に入学したいから入試受けます!』と言いだしても、誰も不審にも思わず、すんなりと受け入れてくれた。
過去の自分、グッジョブ!!
ナタリアもオルガ、サネーラも下がって、これから暫く自室となる部屋に一人残ったエリューシアは、少しの間ぼうっとしてから何もない空間に手を伸ばし、一冊の本を取り出した。
もう何代目になるかわからないエルルノートである。
その前に何もない空間にさらりと手を伸ばすなと言われそうだが、辺境領に居た2年間、ひたすら勉強し魔法も磨いてきた賜物だ。
辺境伯邸には公爵邸に負けず劣らずの図書室があったのだが、そのラインナップは大きく異なり、魔法や魔具、錬金や医薬等の本で埋め尽くされていて、公爵家でも及ばないほどの蔵書量があったのだ。そのおかげで転移魔法だけでなく、収納も当然の如く習得する事が出来た。
光魔法についても、辺境伯領は良い環境だった。
何しろ被検者がわんさかいるのだ。日々魔物や隣国の警戒をしつつ訓練にも余念がない辺境伯軍は、結構な頻度で新人たちが怪我をする。
その治療等をさせて貰えたので、習熟度を上げる事は難しい事ではなかった。勿論、瓶底眼鏡、そして特製カツラ着用の上でだけれど。
先にも言ったように辺境伯邸の図書室には膨大な、だけどとんでもなく偏った蔵書があり、その中に魔具や錬金、医薬に関する物も多く、魔法以外のそれらもエリューシアは只管読み込んでいった。
医薬に関しては前世のささやかな知識の記憶でも、あるだけでかなり違い、然程苦労せずに読み込めた。
苦労したのは魔具や錬金の知識を得る事の方だった。
何分前世の知識は全く役に立たない。魔法そのものは最早本能レベルかと思う程、すんなりと習得できたのだが、これは自分自身が持っている力だったからなのではないかと考えている。
ただ魔具や錬金となると、自分の中にある力などないし、知識もゼロ!
これでてこずらない方がおかしいだろう。
しかし、それも最初の山場を越えれば、そこそこ順調に習得できた。とはいえまだ変装用の特製カツラ等、簡単なものに限られているのだが、生暖かく見守って頂ければ幸いである。
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