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「魔力枯渇状態ですな」
「……魔力枯渇…」
「体温も脈も安定してきてはいますが……」
意識を失い、体温を失い始めたエリューシアの状態に侍医のミソック子爵がすぐさま呼び出され、現在はエリューシアの自室である。
セシリアは顔色悪くベッドの傍に置いた椅子に腰を下ろしているが、ミソック先生が言葉を濁した先を想像してか、今にも倒れ伏しそうだ。
エリューシアが恐らく無意識に発動した魔法で傷の癒えたドリスとサネーラも、青い顔で傍に控えている。
特にサネーラの方は震えて泣いていた。
「お嬢様が……私なんかのせいで…」
使用人の為に主筋たる第2令嬢が犠牲になるなどあってはならず、サネーラもドリスも、今にも自害しそうなほど思い詰めた表情だ。
そこへ駆けつける足音が近づいてくる。
公爵家で普段聞くことのない足音の主は、王都から戻ってきたアーネストとアイシアだった。
「セシィ!!」
「お母様、エルルは!?」
部屋へ足を踏み入れるや、真っ青に血の気が失せて萎れたセシリアと、まるで人形のようにベッドに横たわったままピクリとも動かないエリューシアの姿を認めて、二人とも息を呑む。
「「!!!」」
訳も分からず、だが、誰かに説明を求めようにも誰もが沈痛な面持ちで、問いかけるのも憚られたが、それを察したのかミソック先生が口を開いた。
「私も全てをお聞きできたわけではないでしょうが、どうやらお嬢様は使用人を救おうと、使った事のない魔法を無理やり発動させてしまったようです」
「使った事の、ない?」
アーネストが呆然と復唱すれば、サネーラが突然土下座した。
「旦那様、私のせいです! 私が悪いんです!
私の命でお嬢様が助かるのなら、どうか如何様にもご処分ください!
お願いします! お願いします!! ぅぅううぅ……」
「一体何がどうなったと言うんだ…」
「旦那様、アイシアお嬢様、私も…サネーラ共々どうか…」
土下座したサネーラの隣で同じように床に膝をつき頭を下げるドリスに、アーネストが言葉を詰まらせて困惑していると、ぼんやりとしているように見えたセシリアが口を開いた。
「ダメよ……そんな事したら、エルルが悲しむわ…」
「ですが!! 使用人如きの為にお嬢様に何かあるなど……そんな事…」
叫ぶようなサネーラの声に、セシリアは顔を向けず、まだ虚ろな様子のまま、言葉を繋いだ。
「……あぁ、お帰りなさい…どこから話せば良いかしら…ただ、そうね…エルルは見た事もない魔法を…魔法を発動させたの…」
「な!?」
想像もしなかったセシリアの言葉に、アーネストが目を見開いて固まった。
ぼつぼつと途切れがちに買い物に出かけてからの事をセシリアが話す。
話し終る頃には、セシリアの顔にも表情が戻り、淑女として咎められるかもしれないが、その頬を涙で濡らしていた。
「ふふ……ダメね、私がこんな顔してちゃ」
気丈にそう言って笑みを形作ろうとするが、成功する事はなく、かえって痛々しさを増している。
詳しい話をするにもエリューシアが休む部屋でする話ではないだろうと、場所を談話室に移した。
部屋へ入り、ソファに倒れ込むようにして座ると、セシリアは帰邸した二人をまず労った。
「さっきはごめんなさい。二人ともお帰りなさい…無事帰ってくれてホッとしたわ」
「お母様……私達の事は気になさらないで」
「アイシアは良い子ね、ありがとう。そちらはどうでしたの?」
セシリアに話を振られて、慌ててアーネストが答える。
「王城の方は……まぁ、今すぐどうと言う話にはならずに済んだ。
まずあの愚王どもと顔を合わせねばならないのかと、辟易していたんだが、実際に顔を合わせたのはリムジールとシャーロット夫人だけで済んだ」
「そう、王弟殿下とシャーロットが…」
「アイシアも無事戻れたし、あちらの話は後で良い。
こちらの話を聞かせてくれないか?」
アーネストがそっと隣に座りセシリアを気遣う。愛する妻の痛ましい様子に、痛みを堪えるような表情になるが、詳しく聞かねばならないだろう。
「さっき話した通りよ」
「あぁ、領都へ買い物に行って、その帰りに襲撃を受けたと。その後邸に戻り、サネーラを救おうとしてエルルが何かの魔法を発動させ昏倒したという話だったが……そもそもサネーラを救うという話にどうしてなったんだ?」
「お母様、私も不思議に思っていました。お辛いかもしれませんが、詳しく話してくださいませ」
なるほど、本当に端折ってしか話していなかったようだ。それではアーネストもアイシアもよくわからなかっただろう。
「あぁ、私ったら……ごめんなさい、随分と話を飛ばしてしまっていましたのね……」
まだ何処かぼんやりとしているセシリアに、アーネストもアイシアもかける言葉が見つからない。
「襲撃があって、私ったら何もできませんでしたのよ…辺境伯の末娘として剣技も魔法もそれなりに鍛錬を積んできたつもりでしたけど、ダメですわね……実際襲撃から無事逃れられたのは、エルルの加護のおかげでした。
あの子の加護で賊達は吹き飛ばされて、何とか事なきを得ましたの。
だけど、その後処理を待つ間、あの子が…エルルが不審者を見つけたと言いだして……『裏』としてのドリスとサネーラを貸してほしいと」
「「!」」
思わぬ単語が出たようで、アーネストが目を瞠るが、何とか言葉は飲み込んで、セシリアの話の続きを待つようだ。
アイシアはと言うと、こちらはよくわからないらしく、きょとんとしていた。
「ほんと、あの子は何処まで理解しているんでしょうね……
結局ドリスとサネーラには、あの子の願いに応じて貰ったのですけど…その場での合流は叶わず、先にエルルと私は御邸に戻りました。
エルルは疲れ切っていたようで、自室で眠ってしまったようですけど、その間に傷だらけの2人が戻ってきましたの。
ですが2人とも本当に傷だらけで、サネーラに至ってはその命も危うい状態でした。なんとか出来ないかと回復促進魔法も使ってみたのですけど、傷が全く塞がらず、出血を止める事も出来ず……そこへ目が覚めたエルルが来てしまって。
もう手の施しようのないサネーラを、苦しませるのはと覚悟をしたのですけど、それをエルルが……」
白く細い右手指で額をそっと押さえるセシリアは、憔悴の色が濃い。しかしアーネストは、申し訳ないと思うが今は話を続けさせてくれと、痛ましそうに呟きながらその肩を抱き寄せた。
「水魔法ではどうにもなりませんでした。
ですのであの傷は普通の傷ではなかったのだろうと思います。
あの時、エルルが叫んで金色の光が溢れて、その後は夢のように美しい光の雨が降っていました。その光の雨粒に触れると、傷はたちどころに癒えて、傷跡さえ残りませんでしたわ。
旦那様……あぁ、アーネスト、あれは、あれは多分ですが光の魔法ですわ。
遥か遠い昔にしか存在しなかったという、御伽噺の魔法……そんな物を…あの子は…エルルはどれほどの重荷をあの小さな身体に背負っているのでしょう…私はどうしてやったら…」
「セシィ……」
「…お母様」
アイシアも初めて見る憔悴しきった母の姿に、苦しげな表情を隠せずにいた。
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