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「何処から話したものか……シアにはどこまで話したんだったかな?」
アーネストがテーブル越しにアイシアの方を見て尋ねると、アイシアは少し思案してから返事をする。
「私がお聞きしたのは精霊の血筋と思われて、王家が手を伸ばしてくるかもしれないから気を付ける様にと。
でもそれ以前でしょう? 王子や王家の悪評は、私の様な子供でも耳にします」
「そうか……エルルは我が家が精霊の血を汲んでいるかもしれないという話は知っているのかな?」
「先程ヘンドルに聞いたのが初めてです。自分にこんな証が出ているので、一笑に伏す事は難しいかもしれませんが、正直輿入れだのの辺りは信憑性がないように思いました。
精霊は見えますが、ただの光の球としか見えませんし、手で触れることもできません。ならそれらに繋がる『姫』とか言う存在も、例え存在したとしても実体は持っていなかったんじゃないかと思っています」
あっさりと答える娘に、アーネストもセシリアも目を丸くした後、苦笑を浮かべた。
「我らが娘たちは大人顔負けだな」
「本当に。まぁ夢も希望もないとも言えますけど」
アーネストはそこで言葉を切り、一度立ち上がって机の方へ向かう。そこに置いてあったベルを鳴らせば、ネイサンがノックの音の後に扉を開き、その場で一礼する。
「お呼びでございますか?」
「あぁ、ネイサン、すまないが今日の夕食はこちらに運んでもらえるだろうか?」
「執務室に、で、ございますか?」
「あぁ、長い夜になりそうなのでね」
「承知いたしました」
静かに扉が閉められるのを見届けた後、アーネストは先程まで座っていた場所に戻った。
「あまり広くないテーブルだから、簡単な物だけになるだろうが、構わなかったかな?」
「えぇ、私は構いませんわ。シアとエルルが良いのなら」
セシリアの言葉にアイシアもエリューシアも頷く。
アーネストは再び小さく息を吐いてから、再び話し出した。
「そうだね…王太后モージェン様の事から話そうか。エルルは自分で調べたようだが、シアももう知っている事だったら済まない。
まぁ復習の様な物と思って聞いてくれ。
前王ヴィークリス様がまだ王太子だった頃、この国は疫病に襲われて、妃候補となっていた高位貴族の未婚の女性が何人も犠牲になられた。他国からの輿入れも望めず、生き残った未婚女性で、何とかヴィークリス様と年齢の見合う女性という事で、揉めに揉めた結果、ケレッソ伯爵家のモージェン様が王太子妃として上がる事になった。
モージェン様御自身は……そうだな、当時大人しすぎるということが取沙汰された様だが、他に候補が居る訳でもなかったからね。そのまま輿入れとなったんだが、高位貴族家達は面白くなかったんだろう…娘を亡くし、その上伯爵家の娘を王妃と仰ぐなんて事はね。
それ故ヴィークリス様の目が届かない所では、かなりお辛い目に合われた様だ。
そんな事もあり、ヴィークリス様が気遣われて、モージェン様はあまり表に立たれる事のないように差配なさったんだが、それはそれでモージェン様が侮られる結果になってしまった。
恐らくそれが原因の一つに違いないとは思うが、ご本人が何もおっしゃっていないので断言する事は避けるとしよう。モージェン様は酷く身分に拘られるようになってしまったんだ。
それはヴィークリス様が若くしてお亡くなりになった事で露呈した。
当時すでに王太子として立っていた現王ホックス……もう敬称はいらないな。王太后にも敬称なんて不要としよう。この部屋の中だけなら何ら問題はない。
ホックスの婚約者だったのは公爵令嬢だった。
王太后の生家である伯爵家では、後ろ盾としてあまりに貧弱だったので、ベルモール公爵家のシャーロット嬢が婚約者に決められたんだが、ヴィークリス様亡き後、箍が外れたのか、王太后が率先してシャーロット嬢を冷遇し始めたんだ」
そこで息を吐いたアーネストの言葉に、セシリアが続ける。
「あんな輩に嫁がなくて済んで良かったのですわ。本当に……忌々しい…」
セシリアの周囲だけ気温が下がったような気がして、アイシアもエリューシアも思わず姿勢を正してしまった。
「まぁそうだね。シャーロット嬢は後に王弟殿下に嫁がれて、今は王弟殿下と共に外交他に携わっているね。
と、話は飛んだが、王太后に冷遇されながらも政略だからと耐えていたんだが、学院に入ってから、ホックスが盛大なやらかしをしてくれたんだよ。
この国では王家に嫁げるのは公爵家及び侯爵家。モージェンが輿入れできたのは、情勢による異例の事で、伯爵家以下は本来王族に嫁げないと決められている。
しかしホックスは学院で子爵令嬢と懇意になってしまった」
「えぇ、当時男子生徒達に色目を使いまくってた阿婆擦れですわ」
母セシリアの言葉が淑女らしからぬと、注意できる者はこの部屋には居ない。その形相と相まって、アーネストですら力なく苦笑を浮かべることしかできないでいる。
「現在王妃と言う名に胡坐をかいているミナリーとかいう糞女だが、セシリアも話したように、酷く素行の悪い輩だった「今も! ですわ!!」ぁ、うん。
しかし王太后はそれを認めたんだよ。
身分が低いから自分は馬鹿にされずに済むとでも思ったのか……結果、シャーロット嬢は婚約破棄となった。まぁ彼女が色々と貶められる前に王弟殿下がさっさと婚約を宣言して、シャーロット嬢の名誉も何も守った訳なんだが……」
般若宜しく目の座ったセシリアお母様は恐ろしいし、紳士の仮面を投げ捨てたアーネストお父様にも苦笑するしかないが、エリューシアはそこまで聞いて考える。
(詰まる所ゲームでの王子のやらかしは、前代からの引き続きだったって事よね。親子2代にわたって、政略と言う名の契約を蔑ろにし、知性も品性もない女を娶って、夫婦そろって好き勝手していると……はぁ、この国、もう先がないんじゃないの?
王太后は気の毒ではあるけれど、だからと言って契約を蔑ろにして良い訳じゃないし、未来の嫁を虐めるとか最低でしょ。その辺、公式設定資料集にもなかったと思うんだけど…何でこんな重要な情報が書かれてなかったかなぁ…あぁ、ほんとにもう…)
エリューシアが脳内で一人問答をしている間も、アーネストの話は続く。
「当然ながらあの糞女に公務なんて出来る訳がない。公務どころか書類ひとつ満足に作れないだろう。ホックス…もうゴミで良いな…あのゴミにしたって同じだ。王太后にも政務公務は不可能……滞る仕事に、王弟殿下が流石に手を貸そうとしたんだが、ゴミ王にはそれさえも鬱陶しかったのか、自分達の代わりに公務が出来る者をと、とんでもない事を言いだした。
優秀な文官を増員するとかならまだしも、奴の言い分は優秀な側妃を娶るとか言う、馬鹿げた話だったんだ。当然猛烈な反対にあった。
まぁ反対にあったからと言って引き下がってくれるような、謙虚さも品性もないあいつらには何を言っても無駄だった……だから……………ロザ、リエが……」
アーネストが俯いて言葉を詰まらせた。
肩が小さく震えているその様子に、セシリアが静かに立ち上がり、アーネストの傍へと寄り添う。
嗚咽も嘆きもアーネストからは聞こえない。しかし透明な雫が一つ、零れ落ちるのが見えた。
その震える背に、セシリアは優しく手を添える。
「…この続きは私が話しますわ」
「……………」
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