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ナタリアの話では、どうやら隣領のメメッタス伯爵家の方々が突然やってきたらしい。
先触れも何もなかったので、混乱とまでいかないが、少しだけドタバタしているようだ。
「そう、困ったわね」
セシリアは立ち上がり、アイシアとエリューシアに顔を向けた。
「シア、エルル、2人ともこの部屋から出ないように。ヘルガはここで二人についててもらって良いかしら。あぁ、それとナタリア、外に居るロベールを部屋へ」
「はい、奥様」
セシリアが指示を出すと直ぐにナタリアが、部屋の外で警護についていた騎士のうち一人を連れて戻ってきた。
まだ年若い容貌ながら、剣の腕はラステリノーア公爵家騎士団の中でも上から数えたほうが早いという、なかなかの逸材だったりする。そんな彼の名前はロベール・メフレリエ、メフレリエ侯爵家の次男だ。
「ロベール、大丈夫だとは思うけど、念の為、部屋の中で控えててもらって良いかしら?」
「御意」
ラステリノーア公爵家騎士団の制服に身を包んだロベールが、恭しく頭を下げる。
それを見てからセシリアはナタリアを連れて騒動の方へ向かった。
一方騒ぎの中心になっているこちらは、正面玄関。
大きく開け放たれた扉から外を見れば、泥汚れと傷が目立つ馬車がまず目に入る。馬も泥だらけで、かなり疲弊しているのかへたり込んでいるようで、公爵家の馬番のマービンが呼ばれてきており、甲斐甲斐しく馬の世話をしているようだ。
セシリアはナタリアを引き連れ、廊下を進み中央階段脇で足を止める。
目線を玄関内に移せば4人、公爵家の者ではない姿が確認できる。
一人は隣領のメメッタス伯爵家の嫡男だったはずで、確か名をスコットと紹介された記憶があった。
もう一人は中年の男で、こちらは面識がない。こちらもメメッタス伯爵家の者だろうか。
後二人は子供で、一人は女の子で彼女はお披露目があったので覚えている。スコットの年の離れた妹でヤスミンと言う名だったはずだ。
もう一人の男の子はヤスミンと同じくらいに見えるが、何とも落ち着きがなく、服装など一見貴族の子弟なのだが、そう言い切るのに躊躇してしまう。
「先触れもなく、急な来訪申し訳ございません」
スコットが疲労感を湛えた表情ながら、きちんと礼を取ってセシリアに頭を下げた。
本来セシリアが出るべきではないのだろうが、アーネストよりも先についてしまったので仕方ない。
玄関先で話すのも何だからと部屋へ案内しようとするが、スコットは固辞する。それに中年男が苦々しい顔を隠さない事には呆れたが、スコットの方が中年男より身分が高い様なので、引き下がった。
話を聞けば、どうやらラステリノーア公爵領に流れ込む川が危険な状態になってしまったらしい。
その川の上流がメメッタス伯爵領にあり、このままでは公爵領にも被害が出かねないと、急ぎ駆け付けたのだと言う。
しかし、その言い分にセシリアが首を傾げた。
報告ならば早馬で部下を走らせれば済む話である。実際今アーネストが忙しくしているのも、その話が先だって自領の代官から齎されたからだ。
魔具で代官と丁度やり取りしていた為、アーネストはすぐに顔を出すことが出来なかったようだ。
ちなみに伯爵家からの連絡手段に魔具が上がらなかったのは、通信魔具の使用が自領内に限定されている事、これは謀反などを危惧したために制定された物と思われる。他にも前もって登録しておかなければならないなど、煩雑な手続きが必要な為、伯爵領には設置されていないと言う理由があった。
かなり巨大な設備になり設置するだけでも大変だが、維持するのも大変な代物なので、所有していない家は思う以上に多い。
遅れて階段を下りてやってきたアーネストに礼を取ろうとするスコットを止め、すぐに別室へと促すが、中年男と子供らをどうするのかと問えば、スコットが少し苦い顔をして小声で囁いた。
「本当に申し訳ございません。彼はゴネール子爵と言います。丁度その川のある地域の代官をしているのですが……」
「ほう、その様子だと」
どうやら少々問題のある人物のようだ。
とはいえ、どう問題があるのかまでは聞かない方が良いだろう。下手に聞いてしまえば、要らぬ関わりが出来てしまいかねない。
メメッタス伯爵領内の事はそちらに任せるのが筋と言うものだ。
「はい、領に置いておくのもまずく……御迷惑をおかけするわけにはいかない事は重々承知しているのですが……」
「なるほど。では適当な一室に留め置けばよいですわね?」
アーネストとスコットのヒソヒソ話に、セシリアがにっこりと言い放った。
「はい、そうして頂けましたら……」
「わかりました。ナタリア」
ナタリアに指示を出し、ふと顔を上げれば、何やら違和感を感じる。
セシリアは何が違和感になっているのかすぐにわからず、じっと玄関ホールを見つめた。
メメッタス伯爵令息が気にする代官は、玄関ホールの脇の方で憮然とした表情で座り込んでいる。これはさっきと変わっていない。
泥で汚れた床は使用人達のおかげでかなり綺麗になっている。とはいえまだ綺麗に拭き取り切れておらず、忙しく動いている使用人の顔ぶれに変化はない。
そこまで見てやっと違和感に気付いた。
「子供たちは……?」
「「え?」」
セシリアの呟きに、アーネストもスコットも、そしてナタリアも顔を上げて固まった。
女の子に引っ張られるようにしてホールの隅っこにいた子供たちが、2人ともいつの間にか姿が見えなくなっていた。
邸の奥の方へ向かうにはセシリア達の近くを通らねばならず、それは階段上に上がるにも同じことが言え、気づかないはずがない。
念のため奥の方にも視線を向けるが、護衛の騎士が立っているのが遠く見えるだけで変わりはなかった。
そうなると後はもう、開け放たれたまま、未だ騒がしい玄関から外へ出たという事になるのだが、玄関へとセシリア達が顔を向けたその時、外から小さな影が駆け込んできた。
「お兄様!」
「ヤスミン? 一人か? あれはどうした?」
「ごめんなさい、止められなかったの」
セシリアから見て服装は貴族の子供だが、貴族とは見えなかった子供、どうやらゴネール子爵の嫡男でバベンと言う名らしいが、その子供が退屈だと言って外へでてしまったようだ。
親が問題なら子も問題らしい。
「外に出たという事か、どちらへ向かったか教えて貰えるかな?」
眉間に皺を寄せながらも、アイシアとさほど年の変わらない少女を威圧するわけにもいかず、アーネストは穏やかに……装っているだけだが、訊ねた。
「あの……」
「ヤスミン、答えなさい」
スコットも難しい表情でヤスミンを促す。
「玄関から出て右に……大きな木が見えて、鳥が居るって走って行ってしまったの」
セシリアの表情が途端に厳しくなる。
玄関から出て右…シアとエルルがお茶をしている部屋のある側だ。
苦り切った顔で、セシリアが丁度通りかかったネイサンを呼び止める。
「ネイサン、右手の中庭を見てきて頂戴。急いで」
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