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2階に上がりカーナの部屋の扉前まで、ミニーナに案内して貰う。
廊下に並ぶ他の扉と特に違いはない。
その扉をミニーナがノックしながら声を掛けた。
「姉様、今ちょっといい?」
「………」
返事はない。
物音もしないので不在なのだろうかと一瞬考えたが、ミニーナは気にする風でもなくさっさと扉を開けた。
問う暇もなく室内に入って行くミニーナを追って、エリューシア達も歩を進めれば、椅子にぼんやりと座っているカーナの姿があった。
やはりと言うか……ちらりと掠めた考え通り、アイシアの姿もヘルガの姿もない。
「最近はこうしてぼんやりしてる事が多くなって…。
心配はしてるんですけど、お医者様に診て貰っても健康だって言われるだけで」
そう言うと、ミニーナは真っすぐ照明魔具の方へ向かい、薄暗かった室内を明るくし、今度はカーナの方へ近づいていく。
カーナの正面で、膝を追って屈みこみ、顔を見上げて問いかける。
「姉様…何やったの?
公爵令嬢様にご迷惑かけるなんて、何考えてるのよ…」
ピクリとも反応しないカーナに、ミニーナも流石に怪訝な表情になった。
「あ、れ? ちょっと姉様?
目を開けて寝てるなんて言わないでよ?」
ミニーナが膝立ちになって、カーナの腕を掴んで揺さぶる。
その様子をエリューシアは無言で、だけど冷静に観察し…鑑定していた。
(やっぱりね…。
だけどここまで近づいて、鑑定しないと分からないなんて……これは完全に私のミスだわ…。
カーナの身体の中…特に頭部にあの邪気が薄っすらと見える。
彼女はこの邪気も既に使いこなしていると言う事なのかしら……不味いわね。
何度も重ねたようになっていて一見強固に見えるけど、1つ1つの層はとても脆弱そう……解除は可能…かな)
エリューシアは前に立っているメルリナに近づき、そっと耳打ちする。
それに頷いたメルリナが、カーナの前で悲壮な表情になっているミニーナに声をかけた。
「ミーニ、立って」
「でも! ぼんやりしては居たけど、こんなに無反応なんて、今までなかったのよ…こんな姉様…どうしたらいいの…」
「ミーニ、エリューシア様が見て下さるって」
「…え?」
メルリナが視線だけを一度エリューシアに流してから、再度ミニーナを見つめ、その肩にそっと手を添える。
「エリューシア様は凄いんだから。
ちょっと場所を代わって」
渋々と言った様子で立ち上がるミニーナと入れ替わる様に、エリューシアはカーナの前に立った。
左手の人差し指の先を、そうっとカーナの額に向ける。
触れたら吹っ飛ばしてしまうから、決して触れない距離に気を付けながら……。
固唾をのんで見守るミニーナに、少ししてからエリューシアが訊ねる。
「少しお聞きしたいのだけど、カーナ様は元々魔力があまりないの?」
「ぇ? ぁ…はい……」
ミニーナが少し言い澱んだのは、姉カーナを慮っての事だろう。
昔程、あからさまに言われる事はなくなったが、やはり貴族として魔力が多い者の方が重用されるし、女性の場合魔力量が多く魔法力も高い者の方が、結婚相手として望まれ易い傾向は未だに存在していた。
その為、恥とまでは言わないだろうが、心苦しくは思っているのかもしれない。
「我が家では姉が一番魔力量が少なくて……生活魔法の発動も難しい…です」
問いながら、エリューシアはカーナの頭部に見える邪気に、少しだけ強めの魔力を当てていた。
するとまるで強い魔力を避けるように、邪気が軟体動物のようにゆるりとうねって逃げるという動きを見せる。
そしてこうして間近で鑑定、観察した事でわかったが、邪気は頭部に見えるが侵食はしていない。
つまり表面的に覆っているだけだ。
これなら引きはがす事は難しくない。ほんの少しだけで良いから、邪気より強い光魔法を当ててやれば良い。しかし、光魔法が使える事は大っぴらにしたくないと言う気持ちに変わりはないので、エリューシアは伸ばしていた指を下ろし、ミニーナの方へ向き直った。
「カーナ様に取り憑いているモノを剥がしてみます」
――怨霊とかじゃないけど、見当違いの言い方でもないわよね?
「取り憑……そんな、姉様に何か悪いモノが!?」
「はい。
ですが払う事は可能かもしれません」
――いやぁ、なんというか胡散臭い霊能者な気分だわ…。
「ぁ、ぁあ……お、お願いしますッ!
御礼…こういう時ってお金…? でも、お金なんて…お父様に言ってこなきゃ」
「ぃぇ、お金なんて要りません。
メルリナのお友達でいらっしゃるミニーナ様の姉君ですし、ね。
ですが……」
――あれ、何故私はこんな悪役ムーヴしてるのかしら…?
「な、何でも! わたしに出来る事なら何でも!!
こんな……頼りない姉ですけど、わたしには優しい、大事な姉なんです!」
「ふふ
その言葉、とても嬉しいですわ。
いくつかお願い事がありますの……宜しいかしら?」
エリューシアはこれ幸いと、お願い事を幾つかしてみた。
まず……
他言無用――これは徹底して貰わねばならない。最悪魔法契約も視野に入れる事も伝える。
一時退室――これも重要だ。エリューシアは光魔法を使える事は知られたくない。
結界使用――これは念の為だ。これだけ脅しているのだから、万が一にも途中で扉を開いたりはしないだろうが、魔力が洩れて他の誰かに察知される可能性はある。そんな不慮の事故を避ける為にも結界魔具の使用は必須だ。
他にも細々とした事をお願いしてみたが、ミニーナは躊躇う事なく頷いた。
「言いません。
って言うか、魔法契約お願いします! その方が信頼してもらえると思うし…。
わたしは部屋から出て自室で待ってます。
魔具もお好きなだけ使ってください!
必要があれば証言だって何だってしますッ! それも魔法契約させてください!
この先わたしの一生、全てエリューシア様の御望みのままに!!」
必死な形相でとんでもない事まで口走るミニーナに、エリューシアの方が申し訳なくなったくらいだ。
自室で待つだけになるミニーナにはメルリナについて貰い、その場にはカーナとエリューシア、そして護衛として同行したアッシュとセヴァンの4人が残る事になった。
一番に結界魔具を設置、稼働させる。これで完全にこの室内だけ遮断出来ているはずだ。
念の為、光魔法使用後に記録魔具も稼働できるように準備する。
セヴァンは兎も角、アッシュは光魔法なんて初めて見る事になる。
もう随分と過去に感じるが、何時だったかエリューシアはアッシュに訊ねた事がある。
――左肘の痣を消したいか? ……と…。
その時にエリューシアの持つ魔法でなら、消せる可能性があると話した。恐らくそれで察しただろうと思われる。
ちなみに痣はアッシュは消さずに残す事を選んでいる。
エリューシアと出会った時を思い出せるから、今は大事な痣になったと……。
そんな歯の浮くようなセリフを、恥じらう乙女のような顔をして言われた日には、もうポカンと呆れるしかなかった。
これだから攻略対象なんだろうと、エリューシアは苦々しく思った事を思い出す。
そんな過去の話は置いておくとして、さっきのようにカーナの前に立つ。
今回は指一本動かす事無く、微かに光の粒子が空中に乱舞する…それも一瞬だけだった。
たったそれだけで、カーナはぐったりと座った椅子の背凭れに身体を預けている。
記録魔具を稼働させてから、エリューシアはカーナに声をかけた。
「カーナ様、御気分はどうです?」
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