群れの序列 其之弐
そのころ、会議が行われている離れの中でも、今さら同じことに思い当たった人間がいた。
「ん?あれ?でも殿内さんたちは、なんも肩書きナシでいいんスか?」
藤堂平助が斜め上を睨みながら、誰にともなく尋ねた。
のんびり屋の沖田総司も、膝を打ってそれに同意した。
「あ、そうだよ」
土方歳三は、刺すような眼で「余計なことを言うな」と二人の口を封じた。
「いいんだよ。どうせ奴らは会津藩邸に連れていかねえんだし」
芹沢一派の新見錦が、めずらしく土方の意見にうなずいて、薄く笑った。
「全員を幹部にしてしまって、一人も平隊士がいないなんて変だろう?まずは明日、会津藩にこの編成表を出して、やつらには結果だけ報せてやればいいのさ」
要は、殿内たちに浪士組を牛耳られる前に、とにもかくにも既成事実を作ってしまえということだ。
「組織の幹部を芹沢、近藤の両派で占める」それだけは、彼らの一致した見解だった。
知恵者の二人が手を組めば、この程度の工作など容易い。
実は、浪士組の本隊が江戸へ向けて旅立ったその日、三番組を見送りに中村小藤太の屋敷へ連れ立って出かけたのには、もう一つ理由があった。
そこは、八木家よりもさらに広大な屋敷で、一番組の小頭根岸友山をはじめ、殿内義雄、家里次郎ら、もう一つの京都残留組の分宿先でもあったからだ。
いわば敵情視察である。
家人から聴き出したところ、彼らはこの京で同志を集める準備にとりかかっているらしい。
これを受けて、土方、新見は早速先手を打ったのである。
季節はまもなく立夏を向かえようとしている。
彼らが京に着いたばかりの頃より、ずいぶん日も長くなったが、
その太陽もそろそろ沈もうかという頃、土方歳三は長い会議を終え、辛そうに肩を叩きながら庭を通りかかった。
ちょっとした喜劇のような井上と祐の稽古風景を眺めがら、土方はため息をついた。
「こんなとこでなに下らねえことやってんだよ」
祐が挑みかかるようにツカツカと歩み寄る。
「下らんてなんや?」
土方は面倒くさそうに目を逸らした。
「ちっ」
平和主義者の井上が、二人を引き離すように割って入った。
「まあまあ、いいじゃないか。近頃じゃ女だって剣を習う者はいる」
「せや!うち、源さんから一本とったんやで!」
祐は、井上の援護に勢いを得て、うそぶいた。
土方は鼻も引っ掛けない。
「嘘つけ」
「ほんまやもん。なあ?源さん」
「えっ?!ええっ?」
同意を求められた井上は、困惑した表情で狼狽えた。
この場合、どう応えても自分の得にならない。
もっとも、土方はまるで本気にしていなかった。
「そんなわけあるか。信じないかも知れねえが、この人は…」
土方は何か言いかけたが、下らないことにムキになっている自分がバカバカしくなったのか、小さく肩をすくめ、
「まあいいや。おっと、そうだ。原田と斎藤も姿が見えねんだが」
と、辺りを見回した。
井上は祐と顔を見合わせた。
「いいやあ?昼からずっとここにいたが見てないぞ」
「あのアホども、どこ行きやがった」
色々なことで気が立っている土方の矛先が、今度は原田と斎藤に向けられた。
「で?話しはまとまったのかい」
ここにいない二人に同情した井上は、土方の気を反らそうと話題を変えた。
「そうそう、見るか?」
土方はゲンナリした顔で手にした紙を拡げて見せた。
そこには、山南敬介のものと思しき整った文字で、役職と一同の名前がズラリと列記されている。
局長 芹沢鴨、近藤勇、新見錦
副長 土方歳三、山南敬介
副長助勤 井上源三郎、永倉新八、原田左之助、沖田総司、藤堂平助、
斎藤一。
平間重助、平山五郎、野口健司、佐伯又三郎。
井上は書面から顔を上げると、複雑な表情で土方をみた。
「これ…?」
「ま、見ての通りだよ」
土方は苦笑いした。
なにしろ、局長が三人、それに次ぐ副長が二人という、超変則の編成である。
それは誰がどう見ても妥協の産物で、要するに最後まで調整はつかなかったのである。
奇しくも芹沢が口にしたとおり、この組織の長が誰であるかは、これを見る会津藩士たちの判断に委ねられることになったのだ。
祐が背伸びをして、その編成表を覗き込みながら鼻をならした。
「なんやこれ?沖田はんとか藤堂はんとか、あ、野口はんも役付きやんか。みんなまだ子供やで。なんか納得いかんなあ」
「ばか、お前は見るな!」
土方は手にした紙を高く差し上げて、祐を怒鳴りつけた。
「へん!副長とかになったからゆうて、偉そうにしてもあかんで?うち、どうせ隊士やないんやさかい、そんなん関係あらへんし!」
祐は、ここぞとばかりに、入隊を拒んだ土方に嫌味をぶつけた。
「ちっ、口の減らねえガキだ」
見兼ねた井上が、祐の手から優しく竹刀を取り上げて、促した。
「さあさあ、暗くなる前に帰った帰った」
祐はなぜか井上の言葉にだけは大人しく従い、
「うん。源さん、おおきに」
と、そそくさ帰り支度をはじめる。
手を振って去る祐を見ながら、土方は井上を横目で睨み皮肉った。
「いったい、どっちが手懐けられてんだか」
そこへ、折悪しく斎藤一がフラリと帰って来た。
土方が険しい表情で訊ねた。
「今までどこほっつき歩いてたんだよ」
斎藤はまるで言葉の意味が理解できないとでもいうように、不思議そうな顔をして、
「前の仕事にケリをつけて来た」
ボソリと言うと、そのまま離れのほうに歩いていった。
土方はその後ろ姿を見送りながら忌々しげに舌打ちした。
「なら、そう言ってから出てけっつーんだよ!で、あいつ、ここに来る前は何やってたんだっけ?」
突然話を振られた井上は、しばらく考えてから首をひねった
「さあ?」




