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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
74/404

群れの序列 其之弐

そのころ、会議が行われているはなれの中でも、今さら同じことに思い当たった人間がいた。

「ん?あれ?でも殿内さんたちは、なんも肩書きナシでいいんスか?」

藤堂平助が斜め上をにらみながら、誰にともなく尋ねた。

のんびり屋の沖田総司も、膝を打ってそれに同意した。

「あ、そうだよ」

土方歳三は、刺すような眼で「余計なことを言うな」と二人の口をふうじた。

「いいんだよ。どうせ奴らは会津藩邸に連れていかねえんだし」

芹沢一派の新見錦が、めずらしく土方の意見にうなずいて、薄く笑った。

「全員を幹部にしてしまって、一人も平隊士がいないなんて変だろう?まずは明日、会津藩にこの編成表を出して、やつらには結果だけしらせてやればいいのさ」

要は、殿内たちに浪士組を牛耳ぎゅうじられる前に、とにもかくにも既成事実きせいじじつを作ってしまえということだ。

「組織の幹部を芹沢、近藤の両派でめる」それだけは、彼らの一致した見解だった。

知恵者ちえしゃの二人が手を組めば、この程度の工作など容易たやすい。



実は、浪士組の本隊が江戸へ向けて旅立ったその日、三番組を見送りに中村小藤太の屋敷へ連れ立って出かけたのには、もう一つ理由があった。

そこは、八木家よりもさらに広大な屋敷で、一番組の小頭こがしら根岸友山をはじめ、殿内義雄、家里次郎ら、もう一つの京都残留組の分宿ぶんしゅく先でもあったからだ。

いわば敵情視察てきじょうしさつである。

家人から聴き出したところ、彼らはこの京で同志を集める準備にとりかかっているらしい。

これを受けて、土方、新見は早速先手さっそくせんてを打ったのである。



季節はまもなく立夏りっかを向かえようとしている。

彼らが京に着いたばかりの頃より、ずいぶん日も長くなったが、

その太陽もそろそろ沈もうかという頃、土方歳三は長い会議を終え、辛そうに肩を叩きながら庭を通りかかった。

ちょっとした喜劇きげきのような井上とゆう稽古けいこ風景を眺めがら、土方はため息をついた。

「こんなとこでなに下らねえことやってんだよ」

ゆうが挑みかかるようにツカツカと歩み寄る。

「下らんてなんや?」

土方は面倒めんどうくさそうに目をらした。

「ちっ」

平和主義者の井上が、二人を引き離すように割って入った。

「まあまあ、いいじゃないか。近頃じゃ女だって剣を習う者はいる」

「せや!うち、源さんから一本とったんやで!」

ゆうは、井上の援護にいきおいを得て、うそぶいた。

土方は鼻も引っ掛けない。

うそつけ」

「ほんまやもん。なあ?源さん」

「えっ?!ええっ?」

同意を求められた井上は、困惑こんわくした表情で狼狽うろたえた。

この場合、どうこたえても自分の得にならない。

もっとも、土方はまるで本気にしていなかった。

「そんなわけあるか。信じないかも知れねえが、この人は…」

土方は何か言いかけたが、下らないことにムキになっている自分がバカバカしくなったのか、小さく肩をすくめ、

「まあいいや。おっと、そうだ。原田と斎藤も姿が見えねんだが」

と、辺りを見回した。

井上はゆうと顔を見合わせた。

「いいやあ?昼からずっとここにいたが見てないぞ」

「あのアホども、どこ行きやがった」

色々なことで気が立っている土方の矛先ほこさきが、今度は原田と斎藤に向けられた。


「で?話しはまとまったのかい」

ここにいない二人に同情した井上は、土方の気を反らそうと話題を変えた。

「そうそう、見るか?」

土方はゲンナリした顔で手にした紙を拡げて見せた。


そこには、山南敬介のものとおぼしき整った文字で、役職と一同の名前がズラリと列記れっきされている。


局長 芹沢鴨、近藤勇、新見錦

副長 土方歳三、山南敬介

副長助勤ふくちょうじょきん 井上源三郎、永倉新八、原田左之助、沖田総司、藤堂平助、

斎藤一。

平間重助、平山五郎、野口健司、佐伯又三郎。


井上は書面しょめんから顔を上げると、複雑な表情で土方をみた。

「これ…?」

「ま、見ての通りだよ」

土方は苦笑にがわらいした。

なにしろ、局長が三人、それに次ぐ副長が二人という、超変則の編成である。

それは誰がどう見ても妥協だきょうの産物で、要するに最後まで調整はつかなかったのである。

しくも芹沢が口にしたとおり、この組織のおさが誰であるかは、これを見る会津藩士たちの判断にゆだねられることになったのだ。


ゆうが背伸びをして、その編成表をのぞき込みながら鼻をならした。

「なんやこれ?沖田はんとか藤堂はんとか、あ、野口はんも役付きやんか。みんなまだ子供やで。なんか納得いかんなあ」

「ばか、お前は見るな!」

土方は手にした紙を高く差し上げて、ゆう怒鳴どなりつけた。

「へん!副長とかになったからゆうて、エラそうにしてもあかんで?うち、どうせ隊士やないんやさかい、そんなん関係あらへんし!」

ゆうは、ここぞとばかりに、入隊をこばんだ土方に嫌味イヤミをぶつけた。

「ちっ、口のらねえガキだ」

見兼みかねた井上が、ゆうの手から優しく竹刀を取り上げて、うながした。

「さあさあ、暗くなる前に帰った帰った」

ゆうはなぜか井上の言葉にだけは大人おとなしく従い、

「うん。源さん、おおきに」

と、そそくさ帰り支度をはじめる。


手を振って去るゆうを見ながら、土方は井上を横目でにらみ皮肉った。

「いったい、どっちが手懐てなづけられてんだか」


そこへ、折悪おりあしく斎藤一がフラリと帰って来た。

土方が険しい表情でたずねた。

「今までどこほっつき歩いてたんだよ」

斎藤はまるで言葉の意味が理解できないとでもいうように、不思議そうな顔をして、

「前の仕事にケリをつけて来た」

ボソリと言うと、そのままはなれのほうに歩いていった。

土方はその後ろ姿を見送りながら忌々(いまいま)しげに舌打ちした。

「なら、そう言ってから出てけっつーんだよ!で、あいつ、ここに来る前は何やってたんだっけ?」

突然話を振られた井上は、しばらく考えてから首をひねった

「さあ?」


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