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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
403/404

翠紅館会議 其之肆

一方、真木の演説は、山場やまばを迎えていた。

みかどにおかれては、春日大社かすがたいしゃ伊勢神宮いせじんぐうへと行幸ぎょうこういただき、攘夷じょうい祈願きがんされたのち、そのまま大坂へと軍を進めていただく。軍は、この大阪を拠点きょてんとし、

摂海せっかい(大阪湾)の軍備を整え、周辺の軍事拠点ぐんじきょてんには関門かんもんもうけて、同時に、大砲・軍艦ぐんかんなどの兵器製造をし進めるべし」



「ケッ。あんな寝言ねごと、誰が本気にするんじゃ。天地がひっくり返ってもあり得んがな」

政治は門外漢もんがいかんである小鉄ですら、の計画を荒唐無稽こうとうむけいと感じている。

琴は、それでも一抹いちまつの不安をぬぐい切れなかった。

「彼らは、それをひっくり返そうとしてる」

とは言え、利口な桂小五郎が、こんな大言壮語たいげんそうごをそのまま鵜飲うのみにしているのだろうか。

真木和泉が恍惚こうこつと述べた夢想むそうのすべては、希望的観測きぼうてきかんそくもとづづいており、例えば清河の奸計かんけいなどに比べればスケールこそ大きいが、およそ実効性じっこうせいに欠けているように思えた。


「どう思う、桂くん?」

真木に意見を求められた桂は、熟考じゅっこうしたのち、ごく短い感想を述べた。

「ええ。攘夷じょういに至る道程どうてい大筋おおすじに異論はありません」

攘夷親征じょういしんせいに前のめりの寺島は、桂の言葉では込み上げる感情を伝えきれていないと、思いのたけまくし立てた。

「やりましょう!先生!我々長州も、三条卿さんじょうきょうに掛け合い、先生を学習院がくしゅういん御用掛ごようがかりします!ぜひ、この妙策みょうさく禁裏きんりでも説いてください。」


しかし、議論好きと言われる肥後ひご人の轟武兵衛とどろきぶへえ疑義ぎぎとなえた。

「聴けば素晴らしい展望だが、実現するには大変な金がるんじゃないのか?」


五事策ごじさく」の弱点を突くこの一言をきっかけに、議論は喧々諤々(けんけんがくがく)紛糾ふんきゅうし始めた。



「おいおい、どないすんねん。あいつら、め出しよったで?」

愉快ゆかいそうに琴のかた小突こづいたとき、小鉄は視界のすみに近づく人影をとらえた。


「やはり、ネズミだったんだね」

背後の人影はささやくような声で言った。


小鉄は、琴の頭上ずじょうに振り下ろされた脇差わきざしながドスで受け止めながら、が目をうたがった。

「お前!?仕留しとめたはず…」

それは、坂道ですれ違った、あの少年だった。

「仕留めたってこれのこと?」

少年があなの空いた柳行李やなぎごおりを投げつけた。

琴はそれをひじで払い退け、鯉口こいくちを切った。

「あのとき、とっさに柳行李コレで受けたっていうの?」

驚くべき反射神経だ。


それでも小鉄は強がってみせた。

「いかんなあ。どうやらまとが小さ過ぎて、ねらいをはずしてしもたらしい」

少年は笑って、脇差わきざしをフェンシングのように構えた。

挑発ちょうはつには乗らないよ」

せま廻り縁(まわりえん)は、り合いに不向ふむきな足場だ。

しかも、手摺てすりの外は、ゴツゴツした丘の急斜面である。

少年はその条件を上手く利用して、素早い突きをり出した。

小鉄は敵の動きに翻弄ほんろうされ、

「この、小鬼こおにめ!」

と、反撃に出ようとしたところへ、

カウンターのような突きを見舞われた。

「うわっと!」

かろうじてけたものの、手摺側てすりがわにバランスをくずして、そのまま木立こだちの中へ落ちていく。

丘の斜面に建つ送陽亭そうようていは、地面までかなりの高低差があった。

バキバキと木枝こえだの折れる音がして、驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。

「これで、さっきのとおあいこだね」

少年は手摺てすりに体重をあずけて、はるか眼下がんかに声を掛けた。


「次はきみだよ」

少年が琴に向き直ったとき、


「誰かそこにいるのか!」

この騒ぎに気付いた寺島三郎が、茶室の障子しょうじを開け放った。

一瞬気をとられた琴の足元に、少年の脇差わきざし一閃いっせんする。

紙一重かみひとえで交わすも、着物のすそは切りかれ、

白いあしあらわになると、少年はクスリと笑った。

「ほらやっぱり。女だった」

「だから勝山かつやまなんて呼んだの?別の誰かは、わたしのこと滝夜叉姫たきやしゃひめって」

「アハハ、それいいね。お姉さん、強いもの」


吉村寅太郎が、抜き身を構えて廻り縁(まわりえん)に飛び出してきた。

「おんしゃ、そこでなんをやっちゅう!」


「ちっ」

引き時だ。

琴は舌打したうちして手摺てすりを乗り越えると、

遠く嵐山の稜線りょうせんめがけて飛び降りた。

軽々と着地した琴は、送陽亭そうようてい廻り縁(まわりえん)を仰ぎ見た。

「逃がさないよ」

少年は躊躇ちゅうちょなく琴に続き、刀を構えたまま宙にんでいた。


琴はそれを迎え撃つように、木のみきを利用して跳躍ちょうやくし、

頭上ずじょうから降りかかる兇刃きょうじんを空中でたたき折った。


ちてきた少年は、丘の斜面を一間いっけん(約1.8M)ほど転がってから、涼しい顔で立ち上がった。

「すごい…信じられないことをやるね」

折れた脇差わきざしを捨てると、長刀に手を掛けて薄く笑う。


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