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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
398/404

あぐりの桃 其之陸

というわけで、再び近藤の居室。


縁側えんがわからカランと下駄げたぐ音がして、沖田総司が断りもなく上がり込んできた。

彼は無言のまま、土方歳三の前に立ちくすと、なにかを訴えるような目で、鬼灯笛ほおずきぶえを吹き始めた

「ヴッヴ、ヴヴヴヴッヴーヴヴヴヴヴヴ。ヴヴヴヴヴッヴヴヴ?……はい、今なんて言ったでしょうか?!」

土方は、イライラしながら手にあった団扇うちわを投げつけた。

「うるっせえ!口で言え!」

沖田は勝ちほこるように胸の前でうでを組んだ。

「残念。正解は、『さっき、お琴さんが探してたよ、土方さんのこと』、でした」

「はあ?お琴?んじゃ、ここへ呼んで…」

言いかけて、土方は言葉を切った。

沖田のすぐ後ろ、目の前の庭先にわさきから、何か黒いカタマリが突っ込んでくる。

カタマリは、沖田を避けるようにかじを切ったが、いきおあまってそのまま簀戸すどにぶち当たり、縁側えんがわを背にして座っていた近藤の頭に簀戸すどごとし掛かった。

「う、うわーっ!」

黒いカタマリの正体は、八木家の四男、勇之助(7)だった。

「お。近藤先生、ゴメンなさい。なあ、聴いて聴いて!ヴーヴヴヴヴッヴー!な?な?」

鬼灯笛ほおずきぶえ習得マスターした喜びに、いまだ感極かんきわまっているようだ。

「わかった!わかったから、そこをどいてくれ!」

簀戸すどを押しのけ、ようやくい出した近藤が顔を上げると、そこにはもう一人の闖入者ちんにゅうしゃがしゃがんでいた。

先生せんせ、雪も!スヒー!スヒー!ス、スヒー!プ。プスー…」

なんとかいかめしい顔をつくろおうとした近藤も、これには思わず吹き出してしまった。

「…プッ、なんだそりゃ!やめてくれ!アハハハハ!」

雪もその大きな口に釣られて、近藤と目を見合わせて大笑いした。

子供たちのおかげで、ようやく近藤の気分も晴れたらしい。


周囲の出来事に気を取られていた沖田もわれに返って、土方の顔をのぞき込んだ。

「え?ごめん。さっき、なんか言ってなかった?」

土方は、しかめ面を横に振って、重いこしを上げた。

「もういい。俺が行く。やれやれ、いそがしいこった」



土方歳三は、不承不承ふしょうぶしょう八木家のはなれまでやってきた。

「まったく、総司の連れてきたガキどもがブイブイうるさくてかなわん」

愚痴グチりながら六畳間ろくじょうまに顔を出すと、そこには永倉、原田、斎藤といった試衛館しえいかん出身の幹部たち数人と、中沢琴が顔をそろえていた。


土方は縁側えんがわで桃の皮をいている琴の隣に腰を下ろした。

「俺に用事なんだろ?なにか進展でも?」

琴は桃から視線を外さない。

「ただの定時連絡ていじれんらく。残念ながら、間者かんじゃの件はなにも」

「そうか」

あまり期待していなかったものとみえ、土方にはさほど落胆らくたんした様子はなかった。


「お、土方さん。いいとこに来たな。これ、あぐりちゃんのお土産みやげ

永倉新八が差し出した最後の一個に、土方は形ばかり感謝する風を見せた。

「ああ。若いのに気がくもんだ」

琴は、そのやり取りを後目しりめに、手にした小刀こがたなで器用に皮をぎながら、報告を続けた。

一応いちおう伝えておくと、久留米の真木和泉まきいずみが、京に戻ったそうよ。それと呼応こおうするように、攘夷激派じょういげきはの動きがあわただしくなってる。会津がつかんだ情報によれば、近く、彼らは謀議ぼうぎはかるために集まる」

それは土方の頭の中で、琴が長州藩の宴席えんせきで桂小五郎から得た情報と、即座そくざに結びついた。

「それって…」

「ええ」

「桂は場所のことを何か言ってなかったか?」

琴は、記憶を手繰たぐるように目を閉じ、人差し指をくちびるに添えた。

「たしか、東山の…」

東山ひがしやま?あんなとこ、寺しかないだろ」

土方は、皮ごと桃にかじりついた。


…そう、確か桂小五郎は「翠紅館すいこうかん」と言っていたはずだ。

そこは西本願寺のわば別邸べっていで、攘夷派贔屓じょういはびいき門主もんしゅ密談みつだんの場として度々(たびたび)彼らに提供していた。

「そうね。その寺院の何処どこか」

琴は肝心かんじんの部分については用心深くぼかした。

「ふん、朝廷とズブズブの生臭坊主なまぐさボウズを洗い出せば、数はしぼれるはず…ん?甘いな…」 

土方は、手にした桃を改めてしげしげとながめた。

永倉が、その腕に取りつく。

「だろ?だろ?コレって、やっぱ、何かの見返りを期待されてるよな?おれは、このあま~いおくり物に込められたおもいにどうこたえるべきなのか。悩んじゃってるわけよ」

「お梅に鼻の下伸ばしてたと思ったら、次はあの町娘か。気の多いヤツだな」

「あんたが言うな。てか、土方さんなら、可愛かあい八百屋やおやさんに言い寄られたら、どうする?」

相変わらずの色ボケぶりに、琴は冷ややかな視線を注いだ。

「は?なんでそうなんの?」

あぐりの話になると、すぐ琴の存在を忘れてしまう永倉に苛立いらだっているらしい。

土方は、その様子を面白がるように、

「たしかに、あのむすめは最近、急に女っぽくなった。細身ほそみだが立ち姿すがたもいい。それに誰かと違って気立きだても悪くないしな」

と、あぐりの美点びてんをあげつらって琴をあおった。

「そうよねえ?最近なんかちょっと、オシャレになったよねえ?」

同調する永倉に、琴の眼が吊り上がる。

「バッカじゃない?!だいたい、そういう外面そとづらのいい女が、永倉さんみたいのを相手にするって、本気でそう思ってんの?」

突き付けられた小刀こがたなを、永倉はってけた。

「わ、わー!わるかった!落ち着いて!アッ、アブねえってば!」

「いい?若い女が外見そとみを気にする理由なんて、ひとつしかないから。男よオトコ!決まってるでしょ!」

「いや、だから、おれもオト・・・」

「そうじゃない!気を引きたいカモはね、見栄みばえがよくて、金回かねまわりもよくて、若い男なの!そうに決まってるの」

琴はかなりかたよった独特の恋愛観を振りかざして、永倉の希望を打ちくだいた。

「そ、そうなの?」

流れダマに当たった永倉は、息もえにたすねた。

「そうよ!それだってどうせ、用済ようずみになれば、すぐ捨てられるんだから。すこしは頭を冷やしなさい!」

「そうだったのか…ちょっと外で風に当たってくる…」

とどめをされ、打ちひしがれて退場する気の毒な背中を見送り、

土方はささやかな悪意を満たしたところで、話を戻した。

「で、会津は会合かいごうの日時までつかんでるのか?」


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