あぐりの桃 其之弐
その日、
副長助勤の沖田総司は、庭石に腰を降ろして、子供たちに鬼燈笛の作り方を伝授していた。
生徒は八木家の三男、勇之助と、診療所の娘、石井雪である。
「この実の中の種を抜くんだ…ソ~ッとな」
沖田は、たどたどしく自分を真似る雪の手元を覗き込んだ。
「あ、バカ!ソ~ッとっだってば!」
「あ~!破けてもうた!」
その失敗の何が可笑しかったのか、雪はコロコロと笑った。
「沖田はん、教えんのヘタなんとちゃう?」
「はあ?他人のせいにすんな!」
その点、勇之助は出来のいい生徒で、カリキュラムも先行している。
「ヴ…ヴヴヴヴヴ…ヴヴヴ…あ、ほら、鳴った!ヴ…ヴヴ。な?な?沖田はん、いま聴いた?」
勇之助は、ピョンピョン飛び跳ねた。
ちょうど行商に訪れていた八百屋のあぐりが、その音に引き寄せられて、
「へえ、鬼灯笛?」
と、そこへ加わった。
「そうそう。あぐりちゃんもやる?」
沖田が鬼灯の実をひとつ差し出した。
あぐりは、光沢のある鬼灯の実を摘まみ上げ、愛おしそうに眺めると、
「う~ん…そうしたいんやけど、仕事中ですから」
と、残念そうに沖田の手のひらに戻した。
「えー?」
子供たちが不満げな声をあげると、
あぐりは商売用の背負い籠に手を突っ込んで、悪戯っぽく笑った
「ごめんね?お詫びの印ゆう訳やないけど、これ、みなさんで」
差し出した手には、淡い黄色に鮮やかなピンクが差した、小ぶりの桃が載っていた。
勇之助と雪は顔を見合わせて叫んだ。
「うわー!やったー!桃やぁ!」
沖田は少し戸惑った様子で、桃とあぐりの顔を見比べた。
「いいの?だってこれ…」
「売り物とは違いますから。お裾分けです」
「ふうん…」
沖田はあやふやな返事をしてから、あらためてシゲシゲとあぐりの顔を眺めた。
「…ん?あぐりちゃん、なんかまた綺麗になってない?」
あぐりは真っ赤になって沖田の眼を手で覆った。
「ま、またおべんちゃら言うて!あの、あとはお雅さんに渡しておきますから、屯所の皆さんで召し上がってください」
「ありがと。でもなんのお裾分けさ?」
「なんのて、お祐ちゃんのお見舞いに決まってるやないですか!」
「あ、ああ。そっか。もう会ってきた?」
すると、あぐりは悲しそうにうつむいた。
「ええ。けど、やっぱり私のこと判らへんみたいで…」
「そっか。ま、気長に待つしかないよな」
沖田は、励ますようにあぐりの肩に手を置いて、微笑んだ。
あぐりは、小さく頷いたものの、その眼はまだ何か言いた気に訴えている。
「ん?」
沖田が首を傾げて促すと、あぐりは意を決して告白した。
「けど、お祐ちゃん、なんや様子が変と違いますか?」
「というと?」
「実は…いつもみたいに勝手口をくぐったら、ちょうどお祐ちゃんが鉄瓶にお茶を淹れてたんですけど…」
あぐりはその時の様子を思い出して、小さく身震いした。
「お祐ちゃん!」
祐の姿を見たあぐりは思わず駆け寄って、その手を取った。
祐は握られた手に視線を落とし、それから顔を上げると、悲しそうに首を傾げた。
「ご、ごめんなさい。どちらさん?」
「…あ!その、わたしこそ、ごめんなさい。お友達やったあぐりです。これね、お見舞い」
祐はあぐりの差し出した桃を手に取り、パッと表情を輝かせた。
「ありがとう、うれしい!もしうちが思い出せんでも、また友達になってくれますか?」
「そんなん、当たり前やないの。それより、もう起きててええの?」
二人のやり取りを見ていた八木雅が、うんうんと頷いて
「そや。もう少しゆっくりしとってええんよ?」
と、気遣いをみせた。
祐は、どことなくはにかんだ様子で湯呑に茶を注いだ。
「そんな。身体は、もう何ともないんです。何かせな、ただ飯食らいみたいで気づつないさかい」
雅は軽く祐を睨んだ。
「アホなこと。病人は養生するのが仕事や」
あぐりは、雅の言葉を後押しして、
「奥様の言う通りやで?きっと良うなるから、ゆっくり思い出せばええやないの。そやから、あんまり気を落とさんと」
そう励ましたとき、
祐は何とも名状しがたい笑みを湛えてみせた。
「大丈夫、そんなに気落ちしてへん。おかげでうちは、神様から千里眼を授かったんやから」




