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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
暗雲之章
394/404

あぐりの桃 其之弐

その日、

副長助勤ふくちょうじょきんの沖田総司は、庭石にわいしに腰を降ろして、子供たちに鬼燈笛ほおずきぶえの作り方を伝授でんじゅしていた。

生徒は八木家の三男、勇之助と、診療所の娘、石井雪である。

「この実の中のたねを抜くんだ…ソ~ッとな」

沖田は、たどたどしく自分を真似マネる雪の手元てもとのぞき込んだ。

「あ、バカ!ソ~ッとっだってば!」

「あ~!やぶけてもうた!」

その失敗の何が可笑おかしかったのか、雪はコロコロと笑った。

「沖田はん、教えんのヘタなんとちゃう?」

「はあ?他人ひとのせいにすんな!」

その点、勇之助は出来できのいい生徒で、カリキュラムも先行している。


「ヴ…ヴヴヴヴヴ…ヴヴヴ…あ、ほら、鳴った!ヴ…ヴヴ。な?な?沖田はん、いま聴いた?」

勇之助は、ピョンピョン飛びねた。


ちょうど行商ぎょうしょうおとずれていた八百屋のあぐりが、その音に引き寄せられて、

「へえ、鬼灯笛ほおずきぶえ?」

と、そこへ加わった。

「そうそう。あぐりちゃんもやる?」

沖田が鬼灯ほおずきの実をひとつ差し出した。

あぐりは、光沢こうたくのある鬼灯ほおずきの実をまみ上げ、いとおしそうにながめると、

「う~ん…そうしたいんやけど、仕事中ですから」

と、残念そうに沖田の手のひらに戻した。

「えー?」

子供たちが不満ふまんげな声をあげると、

あぐりは商売用の背負しょかごに手を突っ込んで、悪戯いたずらっぽく笑った

「ごめんね?おびのしるしゆうわけやないけど、これ、みなさんで」

差し出した手には、あわい黄色にあざやかなピンクが差した、小ぶりの桃がっていた。

勇之助と雪は顔を見合わせて叫んだ。

「うわー!やったー!桃やぁ!」

沖田は少し戸惑とまどった様子で、桃とあぐりの顔を見比べた。

「いいの?だってこれ…」

「売り物とは違いますから。お裾分すそわけです」

「ふうん…」

沖田はあやふやな返事をしてから、あらためてシゲシゲとあぐりの顔をながめた。

「…ん?あぐりちゃん、なんかまた綺麗きれいになってない?」

あぐりは真っ赤になって沖田の眼を手でおおった。

「ま、またおべんちゃらうて!あの、あとはおマサさんに渡しておきますから、屯所とんしょみなさんでし上がってください」

「ありがと。でもなんのお裾分すそわけさ?」

「なんのて、おゆうちゃんのお見舞みまいに決まってるやないですか!」

「あ、ああ。そっか。もう会ってきた?」

すると、あぐりは悲しそうにうつむいた。

「ええ。けど、やっぱり私のことわからへんみたいで…」

「そっか。ま、気長きながに待つしかないよな」

沖田は、はげますようにあぐりのかたに手を置いて、微笑ほほえんだ。


あぐりは、小さくうなずいたものの、その眼はまだ何か言いたうったえている。

「ん?」

沖田が首をかしげてうながすと、あぐりはけっして告白した。

「けど、おゆうちゃん、なんや様子がへんちがいますか?」

「というと?」

「実は…いつもみたいに勝手口かってぐちをくぐったら、ちょうどおゆうちゃんが鉄瓶てつびんにお茶をれてたんですけど…」

あぐりはその時の様子を思い出して、小さく身震みぶるいした。



「おゆうちゃん!」

ゆうの姿を見たあぐりは思わずけ寄って、その手を取った。

ゆうは握られた手に視線を落とし、それから顔を上げると、悲しそうに首をかしげた。

「ご、ごめんなさい。どちらさん?」

「…あ!その、わたしこそ、ごめんなさい。お友達やったあぐりです。これね、お見舞みまい」

ゆうはあぐりの差し出した桃を手に取り、パッと表情をかがやかせた。

「ありがとう、うれしい!もしうちが思い出せんでも、また友達になってくれますか?」

「そんなん、当たり前やないの。それより、もう起きててええの?」

二人のやり取りを見ていた八木雅やぎマサが、うんうんとうなずいて

「そや。もう少しゆっくりしとってええんよ?」

と、気遣きづかいをみせた。

ゆうは、どことなくはにかんだ様子で湯呑ゆのみに茶をそそいだ。

「そんな。身体からだは、もう何ともないんです。なんかせな、ただ飯食めしぐらいみたいでづつないさかい」

マサは軽くゆうにらんだ。

「アホなこと。病人は養生ようじょうするのが仕事や」

あぐりは、マサの言葉を後押あとおしして、

奥様おくさまの言う通りやで?きっとうなるから、ゆっくり思い出せばええやないの。そやから、あんまり気を落とさんと」

そうはげましたとき、

ゆうは何とも名状めいじょうしがたいみをたたえてみせた。

「大丈夫、そんなに気落きおちしてへん。おかげでうちは、神様かみさまから千里眼せんりがんさずかったんやから」


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