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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
黒猫之章
387/404

好奇心は猫を殺す 其之伍

琴は、武田をキッと見返した。

心外しんがいね、軍師ぐんしさん。私のこと毒婦どくふだって言うなら、否定はしないけど、妲己(だっき)みたいなやり方は流儀りゅうぎじゃない。山南さんの力をあてにしなくても、言うべきことは自分で言える」


武田は、琴の答えに、満足げに微笑ほほえんだ。

「気に入ったわ、中沢琴。で?これからどうする気?」


「あいつの口約束くちやくそくなんか信じてないけど、こんな下世話げせわな話を、近藤さんの耳に入れるまでもないでしょ。今度女衒(ぜげん)真似事まねごとをしたら、約束通り私が始末しまつをつける」

「あんたがそう言うなら、任せるわ」

武田があまりにあっさりと認めたので、琴は少しおどろいた。

「意外な答えね」

「別に。あの男が相応そうおうばつを受けるべきだって意見には、あたしも賛成さんせい。それだけのことよ」

武田は軽い調子でこたえた。

琴は小さくかぶりを振る。

貴方あなたは分かってない。ヤツ身体からだ(ひさ)ぐよう強要きょうようしたのは、じつの息子なのよ」

武田は表情をゆがませて、口元を押さえた。

「おお、汚らわしい。けど、あの可愛かわいらしい坊やも、自分の選択せんたくに責任を負うべき歳頃としごろよ。あなたは、この一件を、業突爺ごうつくじじいとらわれの美少年て構図こうずとらえてるようだけど、案外、そう単純な話じゃないかもね」

琴はまゆひそめた。

「どういう意味?」

「あの子も、それなりに楽しんでたんじゃないかってことよ。ていうか、まず、間違いないわね」

武田は馬詰柳太郎に同族のにおいをぎとったようだ。

「でも沖田さんは、柳太郎のこと女垂おんなたらしで、村の娘を何人も…」

「じゃあ、両刀遣りょうとうづかいってことかしら。上前うわまえをハネる親父おやじと手を切って、これからは女を食い物にしていくことに決めたのかもね」

琴は、そう言われて初めて、この出来事を別の面から見返してみた。


「“好きでもない”男に身体を(まさぐ)られるのは我慢(がまん)できない」

柳太郎は、確かにそう言っていた。


沖田から聞いた、これまでの柳太郎の行状ぎょうじょうを考えあわせれば、武田の推論すいろんもあり得ない話ではない。


「…分かってなかったのは、私の方ってこと?」

カエルの子はカエルってことよ…あたしの見るところ、息子の方が一枚上手(うわて)だけどね。オエエ、ごめんなさい。自分で言ってて気持ち悪くなってきたわ」


琴は、この武田観柳斎という男に対する評価を改めつつあった。

確かに彼は、軍師に相応ふさわしい鋭い洞察力どうさつりょくを持っているのかもしれない。


そこへもう一人の「美少年」馬越まごし三郎が顔を出した。


「あら、三ちゃん。どうしたの?」

武田が愛想よくたすねると、馬越はめずらしくきびしい表情で、琴をにらんだ。

「武田先生こそ、台所こんなところでどうされたんです?幹部かんぶの方が、特定の隊士と親しくされるのは、あまり好ましくないんじゃないですか」

「あら、うれしいわ。ひょっとして、それってヤキモチ?でも心配しないで。ほら、この子にご飯を食べさせてるだけだから」

武田はニッコリ笑って、ひざの上のクロを指差ゆびさした。

「ふうん」

馬越は土間どまに下りて、琴のとなりに立った。

「なにか、手伝うことは?」

「もうないよ。ここはせまいから、奥さんが帰ってきたら、君がいちゃ邪魔じゃまになる」

琴の素っ気(そっけ)ない態度に、馬越はムッとして。

「まさか、二人きりになって武田先生を誘惑ゆうわくする気かい?」

と、琴を挑発ちょうはつした。

琴はただ、大きなため息でそれに応えた。

もうウンザリだ。


「武田先生、私からくすのきくんに乗り換える気なら、気を付けた方がいいですよ。彼は、山南サンナン先生にも色目いろめを使ってるんだから」

なおもしつこくからもうとする馬越に、武田はピシャリと言った。

「あら、そうなの?でも男の嫉妬しっとはみっともないわよ、三ちゃん。より美しいものに目移めうつりするのは、人間のさがなんだから、あきらめることね」


馬越は、みるみる顔を真っ赤にして、

「…きっと、後悔こうかいしますよ」

台詞ぜりふを吐き、足をみ鳴らして出て行った。

「ギニャ!」

頭に血がのぼった馬越はクロの尻尾しっぽみつけたことなど、気づきもしない。


まったく、今日は厄日やくびだ!


しゅじんとクロ(ネコ)は、そろってみずからの不運をのろった。

「あんたたち、おんなじ顔してるわよ」

武田は二人の顔を見比べながら、かぼちゃのっころがしをつまみ食いした。



さて、この後、馬詰親子は、さらなる厄介やっかいな事態を引き起こす。

彼らの悪行あくぎょうについて、口を閉ざした中沢琴の選択は、結局、あやまりだった。

そして、武田観柳斎も、自分が厄介やっかいな相手を敵に回したことに、まだ気づいていなかった。


―クロの冒険 完―


妲己だっき:古代中国で、いん紂王ちゅうおうに取り入って悪政を敷かせた美女。中国では悪女の代名詞とされる。

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