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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
黒猫之章
386/404

好奇心は猫を殺す 其之肆

「…」

信十郎は、その心のすきに付け込むすべちょうじている。

「おやめなさい。私から息子を買った中には、この隊の者もいる。それだけじゃない。会津藩士、二条城の旗本はたもと禁裏きんり青侍あおざむらいだってそうだ。みな切腹せっぷくとまではいかなくとも、何人が後ろ指をされることになるか考えてごらんなさい。なにもこのんで禁忌きんきに触れることもありますまい」

こんな若輩者じゃくはいものを言いくるめることなど造作ぞうさもないと、たかくくっている。

「そんなに…」

琴は、この下劣げれつな男に、心底しんそこき気を覚えた。


せがれは、体力も胆力たんりょくもからきしですが、つまり美童びどうというのは、それくらい値打ちのあるものなんですよ。貴方あなたも、まだお若いうちに自分の価値に気づくべきだ。あの、馬越三郎殿のようにね」


琴は、信十郎の襟首えりくびを直接()めあげた。

「本来、私にはかかわりのないことだ。だが、お前がこれからも不浄ふじょうな商売に手をめるつもりなら、息子や子守女こもりおんなのことなど、どうなろうと構わん。すぐにでも、その首を切り落とす」

「そ、そうですか、分かりました。そういうことなら、今日からは、せいぜいおつとめにはげみましょう」

信十郎の言葉には、誠実せいじつさも、切迫感せっぱくかんも感じられない。

琴のおどしをハッタリだと思ってるのか、にもかいしていないようだ。

琴は信十郎を突き飛ばすと、手近てぢかにあった薪割まきわりのオノつかみ、

だいの字になった男のまたの間に思い切り打ちおろした。

「ひ、ひいぃぃいい!」

信十郎は、まるで道化役者どうけやくしゃのように、情けない悲鳴ひめいを上げた。

「…どうやら、分かっていないようだな。この貧相ひんそうな脚の一本も切り落とせば、私が本気だと信じてもらえるのか?」

琴の剣幕けんまくに、クロははじかれたように飛び上がり、板塀いたべいの下をすり抜けて壬生寺の方に逃げていった。

「わ、わかった。言う通りにする」

信十郎はガタガタとふるえながら約束した。


「ふん」


琴は、きびすを返すと、信十郎をそのまま置き去りに、早足はやあしで台所へ戻り、バシャバシャと手を洗った。

まるで汚物おぶつにでもれた気分だった。



さて、クロは壬生寺の境内けいだいを横切って、本堂ほんどうわきまで来ると、ようやく息をついた。


ほんと、気の短いご主人だ。

しかし、今日は、なんて日だろう!

朝からろくに寝かせてもらえない。

まったく、ツイてないこと、この上ない。


しかし、クロは参道脇さんどうわき低木ていぼくの陰で、面白い玩具おもちゃを見つけた。


小さな木彫きぼりの馬だ。

しかも、つのまで生えている!


クロは、しばらくその玩具おもちゃに夢中になった。


手ではじいて追いかけたり、

んでみたりと、

一頻ひとしきひとり遊びをして、そろそろお腹が空いてくる時間帯になると、お気に入りの玩具おもちゃくわえて家に帰ることにした。


短気なご主人も、さすがに落ち着いた頃だろう。


クロは「ユニコーンの根付ねつけ」を縁の下にある自分だけの秘密基地ひみつきちに隠してから、台所へ向かった。



さて、その台所では。


「ほな、主人にもおゆうちゃんのこと、頼んできますわ」


八木雅やぎマサが、くすのき(琴)に煮物のナベを任せて、青蓮院しょうれんいんから帰って来た夫を玄関まで出迎でむかえに行った。


琴が、菜箸さいばしでかぼちゃを転がしていると、また武田がやってきて、上り框(あがりがまち)にストンと腰を下ろした。

「ちょっと、あなた。この子になにか食べさせてあげてくれない?」

振り返ると、武田の腕にはクロが抱かれている。

「そこに出汁ダシがらの煮干にぼしがあるでしょ」

琴は菜箸さいばしで流しの脇にあるざるを指した。


「その様子だと、あの爺さんの毒気どくけに当てられたみたいね」

武田は、煮干にぼしをつまみながら、琴の不機嫌ふきげんな顔を見て笑った。

「チッ」

琴は思わず舌打したうちした。

「おやめなさい。女の子が半端はしたない」

武田は羽毛扇うもうせんで琴のかたをピシリと打って、その振る舞いをたしなめた。


「…馬詰信十郎、あいつはクズよ」

琴は、武田の顔を見ようともせずにき捨てた。

「…知ってるわ。若い隊士に身体からだを売らせてる」

貴方あなたは、何とも思わないの?」

めるような眼で武田をにらむと、

「あら、他人のこと言えた義理ぎり?あなただって山南と寝て、隊内の政治に口を出すつもりじゃないのかしら?」

武田はひざの上で無心に煮干にぼしをかじるクロをでながら、意地いじの悪い笑みを浮かべた。


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