表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
378/404

鴨を撃つ 其之弐

「使えんのか?」

土方がくと、阿部は池の方まで数歩すうほ行って、泳いでいる一羽の(かも)指差ゆびさし、振り返った。

「まあな。んじゃ、今日の晩飯ばんめし進呈しんていするぜ」


手慣れた手つきで、早合はやごうと呼ばれる筒状の容器から火薬と弾丸を取り出し、それらを銃口から流し込むと、朔杖カルカという棒状の装置でさらに奥へ押し込む。

次に口薬くちぐすりという着火薬を入れた火皿ひざらと、火鋏ひばさみという金具で、火縄ひなわを挟んだ。

ここまでは、流れるような動作である。


「おーい!危ないから離れてろ!」

阿部は、周囲の隊士たちを手で追い払った。


当然、その声に驚いたかもが飛び立つ。

一拍いっぱくおいて、ちょうどそのかもがクヌギの天辺てっぺんくらいの高さまで達したとき、阿部はねらいを定めて引き金を引いた。


パーン!

(かわ)いた銃声が(とどろ)いて、(かも)はひらひらと池に落ちた。


試射ししゃは成功、局長代理の谷右京が手を打って喜んだ。

「お見事!砲術ほうじゅつの重要性については、かねがね私からも隊士たちに話してるんだよ!」

琴が目を丸くして、阿部の脇腹を肘でつつく。

「意外な特技ね。やるじゃない」

「へ、火縄銃こんなもんは一発勝負で、今どきの戦場いくさばじゃクソの役にも立たねえんだよ。一口ひとくちに砲術と言っても色々あってな。銃もさることながら、勝敗を分けるのは、やはり大砲の性能だ。アームストロングなんてえ新式の後込あとごめ砲を輸入した藩があるとも聞くが、実際んとこ、今の日本では、ほとんど見かけねえのが現状だ。つまり、砲術なんてな、無用の長物(ちょうぶつ)ってこった」

阿部自身は、砲術に、さほどの重きを置いていない口ぶりだ。


しかし、上昇志向のかたまりのような土方としては、そう言われると当然、その技術も見てみたくなる。

「…どうする?」

沖田が両方のてのひらを天に向けた。

「どうするたって、大砲なんてアームストロングどころか、旧式の大筒おおづつすら見たことないですよ」

そのとき、近藤がふとあることを思い出した。

「そういえば、秋月様が黒谷本陣のポンペン砲とかいうのなら貸し出してやってもいいとか言ってたな」

「そうなの?」


売りにしていなかった知識が意外にも好評で、みゃくありとんだ阿部は、ウンチクでたたみかけた。

「沖田くん、カビの生えた和流砲術わりゅうほうじゅつと洋式を取り入れた高島流の一番の違いはなんだと思うね?」

「さ、さあ?」

「角度という概念がいねんだよ。この角度は測量法そくりょうほうと切っても切り離せない関係にあってだな、つまり、砲術は実践じっせんと同じくらい座学ざがくが重要なんだ。つまりさ、大砲を使うためには、隊士たちに、その基礎を仕込んどく必要があるってことなんだなあ」


剣術バカの近藤は、ふところに手を入れてボリボリ胸板をきながら、この退屈たいくつな話を切り上げた。

「ま、合格ってことでいいんじゃねえか。そのうち大砲を使う時が来るかもしれん」

沖田が土方の耳元みみもとに口を寄せた。

「近藤さんてさあ、ああいうとこが大物おおものですよね」

「…ありゃ、テキトーってんだ。ま、かもを撃ち落とすとは縁起えんぎもいいし、ご祝儀しゅうぎってことにしとこうぜ」

土方がキワどい毒舌どくぜつを吐いて、阿部はなしくずしに入隊を許された。

永倉と佐伯がイヤな顔をするのを見て、近藤が話題を変えた。

「残念だが、鴨鍋かもなべは八木さんのもんだ。俺たちは今夜のうちに二条城へめて、明日の朝、大坂に発つ。とにかく、全ては大坂から帰った後だ」



その後、近藤勇は、八木家のはなれで緊急会議を開いた。

集められたのは、試衛館道場しえいかんどうじょうから近藤と共に上京した八人に加え、

近藤とは試衛館以来の知己ちこである斎藤一、武田観柳斎と中沢琴。

永倉の旧友、島田魁。それから間者の一件を知る、阿部十郎である。

つまり容疑者リストから名前を除外できる最低限のメンバーというわけだ。


「クソ、こんな時にそろって下坂とは、ツイてねえな」

土方歳三は着座するなり、愚痴グチをこぼした。

近藤は上座かみざ胡坐あぐらをかいて、腕組うでぐみをした。

「とはいえ、屯所とんしょカラにする訳にもいくまい。芹沢さんと話して、京には谷先生と、一隊いったいを置いていくつもりだ」

「あの爺さんに此処ここを任せる?冗談だろ?」

山南敬介がうなずく。

「確かに、残していく隊士の中に間者かんじゃが混じっている事も考えられるだけに、有事ゆうじの対応には不安が残りますがね」


間者かんじゃの件は、かなめ…いや武田さんに任せようと思う」

近藤がだんを下すと、土方も渋々(しぶしぶ)同意した。

「ちっ、仕方ねえ。じゃあ留守るすは任せていいか」

顔を見られた武田は、小さく手を振った。

「ちょっと、勝手に話を進めないでくれる?ダメよ。あたしは、あんた達が大坂へ行ってる間に、推挙すいきょ口入くちいれを、あちこち周旋しゅうせんして回らなきゃなんないんだから」

近藤、山南、土方はそろってしぶい顔をした。

結局、本当に信用できる人間は、たったこれだけしかいないのだ。

「まあまあ、そう心配しないで。そうね。じゃ、この子たちを借りるわ」

武田は立ち上がって、並んで下座しもざに座っていた琴と阿部の頭に手を置いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ