鴨を撃つ 其之壱
入隊試験が急遽中止となって、
皆が帰り支度を始める中、阿部は、原田左之助に追いすがった。
「いやいやいや、俺はもう御終い?もう一番ダメ?」
厚かましく粘るも、原田はツレなかった。
「しつけえなあ、急に忙しくなってきたから、また今度な。てか、あんたダレ?」
気の付く河合耆三郎が原田に名簿を差し出した。
「ハッ、これを」
原田は顎を擦りながら、河合が指し示す身上に目を通した。
「ほうほう。ナヌッ!?あんた、谷さんとこの道場から来たのかよ。なんだよう、俺も万太郎さんに槍を教わったんだぜ?俺の弟々子って知ってりゃ、融通してやったのにさあ。そういうことは早く言ってくんなきゃあ」
沖田が上手く調子を合わせて、助け舟を出した。
「じゃあ、もう一番だけ、チャチャッと済ませちゃいますか。相手は誰がいいかな?」
と、さりげなく?阿部に相手を選ばせる。
「あの、大人しそうな感じの奴は?」
この機を逃すまいと、阿部は、即座に井上源三郎を指名した。
「源さん!?いやあ、その…源さんはどうかなあ?」
沖田はあまり気乗りしない様子で、答えをはぐらかしたが、阿部はそれをどう解釈したのか、
「どうして?あいつにしてくれ」
と言い張った。
「一応念のために確認しますけど、なんで、源さん?」
「だって、あんまり強くなさそうじゃないか!」
沖田は、たしかに冴えているとは言い難い風采の井上を、感慨深げに眺めながら、うんうんと頷いた。
「…ですよねえ。ただ、人の良さそうな顔してますけど、あの人、ついこないだ、中之島の蔵屋敷を襲った二人組の賊を一人で倒したんですよ?」
それを聞いた阿部は真っ青になった。
彼自身、まさにその「賊」の一味なのだ。
「そそ、そ、そ、そうなの?」
「いやま、阿部さんが、そんなに青くならなくてもいいですけど、あんまりお勧めは出来ないですね」
「てめえら、なにコソコソ話してやがる。大坂に行くんだから、急いで支度しろって言ったろ!」
土方副長が戻ってきて、グズグズしている沖田たちの尻を叩いた。
「いや、今ね、いかに源さんが素晴らしい剣士かって話を、ね?」
「え?あ、うん」
沖田は適当に誤魔化すと、土方の肩に手を置いて、その「素晴らしさ」について語った。
「つまりさあ、少々の才能に奢って、すぐ投げ出す人よりも、才能はなくともコツコツ続けられる人が、最後は勝つってことなんですよ。いい勉強になったでしょ?」
土方は当てつけられてることに気づいて、沖田の胸ぐらを掴んだ。
「この野郎…すぐに投げ出すとかなぁ、てめえに言われたかねえんだよ…。あーあ、良かったよなあ?源さんは、強くなって」
なぜか土方に恨みのこもった目で睨みつけられた井上源三郎は、迷惑そうに不平を漏らした。
「いや…あたしゃ、全然褒められてる気がしないんだが…」
土方は沖田の襟をさらに締め上げて、阿部を指差した。
「とにかく!お前は、こいつに何か含みがあるようだが、八百長は許さねえぞ。俺はそういうのが、いっちばん嫌いなんだ!」
「…どの口が言ってるんですか」
沖田は呆れ返って、言い返す気力も失せた。
代わりに原田左之助が、猫なで声で土方にすり寄った。
「固いこと言うなよお。阿部ちゃんはさあ、俺の同門なんだってよ?」
「考試の結果が全てだ。例外は許さん」
土方は断固として意見を曲げない。
沖田は、河合耆三郎の算術や、安藤早太郎の日置流弓術、武田観柳斎の甲州流軍学といった、特殊な能力を持った隊士たちの先例を思い出して、
「阿部さん、じゃあ、ほら、なんか特技とかないんですか?」
と、せっついた。
「と、特技?ああ、えーと、そうだ!アレ、洋式砲術なら、ちょっと齧ってるかな」
意外にも、阿部はすんなりと、使えそうなネタを捻り出した。
ここでいう砲術とは、大砲や銃など火器全般をひっくるめた射撃術のことだと思ってもらいたい。
彼は、水戸にいた頃、高島流砲術というものを一通り納めていた。
進んだ蘭学の知識をもつ田原藩から、水戸藩士が持ち帰った最新の技術である。
土方は、疑わしそうに腕を組んだ。
「砲術ねえ…本当に使えるんなら、まあ考えてもいいが」
好奇心の強い沖田は面白そうに身を乗り出し、
「本隊が置いて行った火縄銃がありますよ。取ってきましょう」
と走って行った。
阿部は小筒と呼ばれる旧式の小銃を渡され、
「ははあ、こいつは骨董品だな」
手にした銃を矯めつ眇めつ、感心している。




