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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
377/404

鴨を撃つ 其之壱

入隊試験が急遽きゅうきょ中止となって、

皆が帰り支度じたくを始める中、阿部は、原田左之助に追いすがった。

「いやいやいや、俺はもう御終おしまい?もう一番いちばんダメ?」

あつかましくネバるも、原田はツレなかった。

「しつけえなあ、急にいそがしくなってきたから、また今度な。てか、あんたダレ?」

気の付く河合耆三郎かわいきさぶろうが原田に名簿めいぼを差し出した。

「ハッ、これを」

原田はアゴさすりながら、河合が指し示す身上しんじょうに目を通した。

「ほうほう。ナヌッ!?あんた、谷さんとこの道場から来たのかよ。なんだよう、俺も万太郎さんにやりを教わったんだぜ?俺の弟々子(おとうとでし)って知ってりゃ、融通(ゆうづう)してやったのにさあ。そういうことは早く言ってくんなきゃあ」


沖田が上手く調子を合わせて、たすぶねを出した。

「じゃあ、もう一番だけ、チャチャッと済ませちゃいますか。相手は誰がいいかな?」

と、さりげなく?阿部に相手を選ばせる。

「あの、大人おとなしそうな感じの奴は?」

こののがすまいと、阿部は、即座そくざに井上源三郎を指名した。

「源さん!?いやあ、その…源さんはどうかなあ?」

沖田はあまり気乗きのりしない様子で、答えをはぐらかしたが、阿部はそれをどう解釈かいしゃくしたのか、

「どうして?あいつにしてくれ」

と言い張った。

一応いちおうねんのために確認しますけど、なんで、源さん?」

「だって、あんまり強くなさそうじゃないか!」

沖田は、たしかにえているとは言いがた風采ふうさいの井上を、感慨深かんがいぶかげにながめながら、うんうんとうなずいた。

「…ですよねえ。ただ、人の良さそうな顔してますけど、あの人、ついこないだ、中之島の蔵屋敷くらやしきを襲った二人組のぞくを一人で倒したんですよ?」


それを聞いた阿部はさおになった。

彼自身、まさにその「賊」の一味いちみなのだ。


「そそ、そ、そ、そうなの?」

「いやま、阿部さんが、そんなに青くならなくてもいいですけど、あんまりおすすめは出来ないですね」


「てめえら、なにコソコソ話してやがる。大坂に行くんだから、急いで支度したくしろって言ったろ!」

土方副長が戻ってきて、グズグズしている沖田たちのしりたたいた。


「いや、今ね、いかに源さんが素晴らしい剣士かって話を、ね?」

「え?あ、うん」

沖田は適当に誤魔化ごまかすと、土方のかたに手を置いて、その「素晴らしさ」について語った。

「つまりさあ、少々の才能に(おご)って、すぐ投げ出す人よりも、才能はなくともコツコツ続けられる人が、最後は勝つってことなんですよ。いい勉強になったでしょ?」

土方は当てつけられてることに気づいて、沖田の胸ぐらをつかんだ。

「この野郎…すぐに投げ出すとかなぁ、てめえに言われたかねえんだよ…。あーあ、良かったよなあ?源さんは、強くなって」

なぜか土方にうらみのこもった目でにらみつけられた井上源三郎は、迷惑めいわくそうに不平ふへいらした。

「いや…あたしゃ、全然()められてる気がしないんだが…」


土方は沖田の(えり)をさらに締め上げて、阿部を指差(ゆびさ)した。

「とにかく!お前は、こいつに何かふくみがあるようだが、八百長(やおちょう)は許さねえぞ。俺はそういうのが、いっちばん嫌いなんだ!」

「…どの口が言ってるんですか」

沖田はあきれ返って、言い返す気力もせた。

代わりに原田左之助が、猫なで声で土方にすり寄った。

「固いこと言うなよお。阿部ちゃんはさあ、俺の同門どうもんなんだってよ?」

考試(こうし)の結果が全てだ。例外は許さん」

土方は断固だんことして意見を曲げない。


沖田は、河合耆三郎かわいきさぶろう算術さんじゅつや、安藤早太郎の日置へき弓術きゅうじゅつ、武田観柳斎の甲州流軍学こうしゅうりゅうぐんがくといった、特殊とくしゅな能力を持った隊士たちの先例せんれいを思い出して、

「阿部さん、じゃあ、ほら、なんか特技とかないんですか?」

と、せっついた。

「と、特技?ああ、えーと、そうだ!アレ、洋式砲術ようしきほうじゅつなら、ちょっとカジってるかな」

意外にも、阿部はすんなりと、使えそうなネタを(ひね)り出した。


ここでいう砲術ほうじゅつとは、大砲や銃など火器かき全般をひっくるめた射撃しゃげき術のことだと思ってもらいたい。

彼は、水戸にいた頃、高島流砲術というものを一通ひととおり納めていた。 

進んだ蘭学(らんがく)の知識をもつ田原藩から、水戸藩士が持ち帰った最新の技術である。


土方は、うたがわしそうに腕を組んだ。

「砲術ねえ…本当に使えるんなら、まあ考えてもいいが」

好奇心の強い沖田は面白そうに身を乗り出し、

「本隊が置いて行った火縄銃ひなわじゅうがありますよ。取ってきましょう」

と走って行った。


阿部は小筒こづつと呼ばれる旧式の小銃しょうじゅうを渡され、

「ははあ、こいつは骨董品こっとうひんだな」

手にした銃をめつすがめつ、感心している。


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