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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
371/404

八百長試合 其之壱

入隊希望者にゅうたいきぼうしゃは、のある人物からの推挙すいきょでもない限り、まず屯所とんしょ姓名せいめいと簡単な身上しんじょう(履歴)を申告する。

そこでは当然、思想的な背景をチェックする意味で、志望動機しぼうどうきなども述べることになる。


沖田総司が、中沢琴と阿部慎蔵あべしんぞうあらた十郎じゅうろうを連れて、八木邸の母家おもやに戻ると、内玄関うちげんかんで受付を担当していた副長助勤ふくちょうじょきんの松原忠治と勘定方かんじょうがた河合耆三郎かわい きさぶろうが、入隊希望者らしき男と面接していた。

男は、坊主頭に儒服じゅふくのようなものをまとった風変ふうがわりな出立いでたちで、二人と熱心に話し込んでいるように見える。


阿部が、琴にその男を指差ゆびさした。

「あ、ほら、あの男。五つ櫓(いつつやぐら)で会った…」

それは、大坂で彼を助けた武田観柳斎だった。

「あの人がそうなの?」


武田の方は話に熱中して、阿部には気づいていないようで、

向かいに座る二人との間をへだてる床几しょうぎのうえに、人差し指の先をトンと突き立てた。


「…つまり、あんたは、こう言いたいわけ?今この国にいる外国人を皆殺みなごろしにして、横浜に停泊ていはくしている鉄の船を焼き払った後、いかり狂ったアメリカ、イギリス、フランス、オランダの艦隊かんたいが攻め込んでくる前に、この国のグッダグダな現状をなんとか立て直して、敵をむかつぞって、そういうこと?」

どうやら武田と松原は、志望動機である「尊王攘夷そんのうじょういこころざし」について、意見の相違そういを見ていた。

松原がムッとして問い返す。

「なんや、引っかかる言い方やけど、まあそや。文句もんくあるんけ?」

武田はその同じ人差し指を、鼻梁びりょう沿わせるようにひたいに当てた。

「ごめんなさい。ひょっとしたら寝言ねごとかもしれないと思って、一応確認しただけ。でもそれが、壬生浪士組(ここ)の方針って事で間違いないかしら?」

ちゃうわい!御公儀(ごこうぎ)攘夷(じょうい)の決行をおおやけに認めたんやから、それが日本ひのもとの方針ちゅうこっちゃ!」

「まあまあ、松原さん、落ち着いて。あの、なにか問題でも?」

河合はエキサイトする松原をなだめて、もう一度()い直した。

本来であれば、入隊どころか引っ(くく)って座敷牢(ざしきろう)にでもブチ込みたいぐさだが、本人が攘夷論じょういろん信奉(しんぼう)していると言っている以上、ぞんざいにあつかうわけにもいかない。

武田観柳斎は、人差し指の背で(あご)をなでた。

「そうね…私の政治的な信条とは随分ずいぶん開きがある。けど、まあいいわ。問題ない」


「では、裏の壬生寺で剣の技量ぎりょうを…」

河合が次のステージへ進もうとしたところ、

「もういいかしら?勇さんはこの奥?じゃ、ちょっと失礼するわね」

武田は案内もわず、勝手にズカズカと屯所とんしょに入っていった。

「あ!ちょ、チョットあなた!困りますよ!」

河合は敷居しきいにつまづきながら、その後を追いすがる。


釣られてついて行きそうになる沖田を、琴が引き戻した。

「どこ行く気?」

「いや、あっちの方が面白そうなんで」

「いいから!ここで、私たちが名前書くの待ってなさい!」


松原は沖田たちに気づいても、欠伸(あくび)をしながら床几しょうぎあしを投げ出したままである。

「よお、沖田はんやんけ。ホンマ、めんどくさい客ばっかりでイヤんなるわ」

「あはは、ダラケすぎ。もうわけないけど、あと二人、お願いします」

「ふあ〜あ!沖田はんの知り合いけ?」

松原は、うっすら涙を浮かべた目で、琴と阿部をチラリと見た。

「そうなんですよ。楠木小十郎くすのきこじゅうろうさんと阿部…え~…」

「十郎」阿部が付け加えた。

「そう、阿部十郎さん」

「あ、そ。ほな、そこにチャチャっと名前書いて、裏の寺に行ってみ」

松原は寝転ねころびながら、またの間にある名簿めいぼ指差ゆびさした。


「なんで十郎?」

琴が阿部の脇腹わきばらつついた。

「俺が十郎でおまえが小十郎、おぼえやすいだろ?」

「前もそんなこと言ってなかった?」

「ほんとはな、うちの親父おやじじいさんも代々(だいだい)十郎を名乗なのってんだ」

「…どこまで信じていいんだか」

無駄話むだばなしをしながら壬生寺の境内けいだいに入っていくと、「試験場」には、すでに数人の候補者が列を成していた。


境内けいだいの中央では、副長助勤ふくちょうじょきんの川島勝司が候補者こうほしゃと立ち合っている。


すぐ前に並んでいた人の良さそうな青年が、阿部に声を掛けてきた。

「みんな強そうに見えますねえ?」

「この怪しげな集団に入りたい野郎がこんなにいるとはな。世知辛せちがらい世の中だよ」

阿部は沖田の眼も気にせず、世をなげいた。

青年も話に乗ってきて、

「私は糸魚川いといがわ藩のですが、あっちはひどい不景気ふけいきでしてね。御用金ごようきんやら沖口おきのぐち出入役銀でいりやくぎんがどんどん吊り上がって、一揆いっき騒動そういどうえない有様ありさまです。おずかしい話、京にも扶持ぶちかせぎに来たような次第しだいでね」

と、照れながら打ち明けた。

人のいい阿部は、すっかり同調どうちょうして、

「いや、ここだけの話、俺だって最初こっちに出て来た理由は口減くちべらしみたいなもんだよ。てのもさ、大坂で世話んなってる道場の資金繰しきんぐりが、かなり逼迫ひっぱくしててね」

「京には、そんなに仕事があるんですか?」

「てわけでもなかろうがね。ちょっとしたもうけ話があってさ…ただその、運が悪かったんだな。その金で道場を建て直して恩返おんがえしするつもりが、完全に当てが外れちまってよう。このまま帰るのも格好かっこうつかないから…」

そこまで言って、琴に思い切りくちびるをつままれた。

「知らない人相手に、いったい何の相談してんの!」


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