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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
367/404

虎切 其之肆

診療所の土間どまには、湯をかす鉄瓶てつびんの音だけが、チン…チン…とさびしげに響いている。


「あの女の人、前にも見たことある」

琴がポツリと言った。

沖田はしばらく考えて、石井秩いしいいちのことを言っているのだと気づいた。

「ああ、例の人斬り以蔵が屯所とんしょで暴れたとき?」

「そのまえにも。綺麗きれいなひとね」

「そうかな…」

沖田がはぐらかすと、琴は悪戯いたずらっぽい眼で顔をのぞき込んだ。

「…あの人のこと、好きなんでしょ?」

琴は、沖田の恋心を見抜いていた。

「やめてくださいよ。お雪ちゃんがいるんだから」

なぜ今、そんな話をするのか、沖田には分からなかったが、

少しでも気を紛らせようという、琴なりの気遣きづかいだった。

「でも、此処ここで働いてるってことは、後家(ごけ)さん(未亡人)なんじゃないの?」

「さあ、どうでしょう。聞いたことないから」

沖田はあくまでしらばっくれた。


琴はうつむいて、ふと笑うと、沖田に向き直った。

「あのね、私、思うんだけど…」

言いかけたとき、そのいちが部屋から出てきた。


「お祐ちゃん、目を覚ましましたよ」

沖田はさっと立ち上がって、たずねた。

「それで?」

「心配ないそうです。刀傷かたなきずはごく浅くて、少し傷跡きずあとは残るけど、命に関わるようなことはないと。ただ、頭をかなり強く打ってるみたいで…まだ意識がはっきりしないみたいです」

「会えますか?」

「いま、先生が傷口の消毒をしてますから、さらしを巻き終わるまで、もう少し待ってください。けど、まだ話すことは出来ないかも」

「かまいません」

沖田が心底しんそこほっとした表情を見せたので、いちは、少し複雑な微笑びしょうを浮かべた。

「あの…何があったんでしょう?」

隊士たちの怪我の原因には立ち入らないいちも、今回は聞かずにいられなかった。

何しろ、傷を負ったのは若い娘である。


くわしくは話せませんが、やったのは長州のサムライです」

たしか、いち亡夫ぼうふも長州人のはずだ。

幼稚ようち嫉妬心しっとしんが、沖田に意地悪な返事をさせた。


いちは小さく眼を見開き、沖田のことをしばらく見つめた後、

「…バカみたい」

小さな声でつぶやいた。


「え?」

沖田はおどろいて聞き返した。

「日本人同士で、勝手にそうやって敵味方を作って、しかも殺しあうなんて。どうかしてる」


「…ご主人が亡くなった原因も、それですか?」

沖田は思い切って聞いた。

「…」

いちは目に一杯の涙をめながら、くちびるを引き結んだ。

沖田は急に罪悪感ざいあくかんに捕らわれて、言い訳した。

「すみません。だって、なんだか、侍ぜんぶをにくんでるみたいだから。ひょっとして、ご主人の事と何か関係があるんじゃないかと」

「だとしても、沖田さんには関係ありません」

いちはまた心を閉ざし、沖田を拒絶きょぜつした。



その日、真夜九まよここのつ(11:00pm)を過ぎても、ゆうの意識は戻らなかった。

「気がつくまで、こちらでおあずかりしますから、今日のところはお引き取り下さい」

浜崎新三郎が二人に告げた。

意気消沈いきしょうちんした沖田が頭を下げると、浜崎はその肩をポンと叩き、

「なに、大丈夫。数日もすれば元気になりますよ」

なぐさめた。


二人が辞去じきょ挨拶あいさつを述べて門を出ると、雪が沖田に駆け寄ってきて腕をつかんだ。

「こら、まだ起きてたのか?」

沖田が軽くしかると、雪はその手に何かを握らせた。

「沖田はん、ええもんあげるな?」

沖田はてのひらの中のものを見つめた。

「これは?」

「お守り。診療室に落ちててん」

それは、つのの生えた馬の根付ねつけだった。


「ふうん、ありがと。早く寝ないとダメだぞ」

「うん。沖田はん、あのな」

「うん?」

堪忍かんにんえ?お母はんと、ケンカせんといてな?」

雪はそれが言いたくて、遅くまで起きていたのだった。

沖田はしゃがんで、雪を抱きしめた。

「わかった。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

雪は、玄関げんかんまで駆け戻り、それからもう一度振り向いて手を振った。


「なに?」

琴は沖田の手をのぞき込んだ。

根付ねつけ。先生のかもしれないから、明日おゆうちゃんの様子を見がてら、返しに来ますよ」

可愛かわいいことするね、あの子」

もし見えていたら、自分が仏生寺弥助に渡したユニコーンの根付ねつけだと気づいていたはずだが、辺りは暗闇くらやみで形までは判別できなかった。

「あんな小さな子に、余計な気を使わせちゃった」

「ほんと、バカね。無神経むしんけいなこと聞いて」

沖田はムッとして、言い返した。

「あの人は武士って階級そのものに嫌悪感けんおかんを持ってるんです。話していても、ずっとそこに見えない壁があって、なんだかスッキリしないんですよ」

沖田は、今日起きた色々なことで落ち込んでいたから、思わず胸の内を吐き出してしまった。

これではもう、二人の関係を白状はくじょうしているようなものだ。

「ふうん」

琴はニヤニヤしながらうなずいた。

口をすべらせたことに気づいて、沖田は照れ隠しに話題を変えた。

「わたしのことより、お琴さんはどうなんですか?」

「私がなに?」

「そろそろ江戸へ帰って、向こうで山南さんが帰ってくるのを待てばどうです?」

「私が、山南さんを?」

「山南さんは、甲斐性かいしょうがないから、妻はもらえないなんて言ってたけど、こっちでそれなりの手柄てがらをあげれば、会津藩に残れるかもしれない。それなら問題はないでしょう?江戸()めになるのか、会津に行くのかは分からないけど、ついてけばいい」

「どうかしらね。近藤さんにも似たようなこと言われたけど、そもそもあなたたちは、肝心かんじんの山南さんの気持ちをないがしろにしてる」

とはいえ、思い返してみれば、琴自身、結婚それについて、今まで真剣に考えたことはなかった。

「てことは、お琴さんにはその気があるんでしょう?」

そう聞かれて、琴は言いよどんだ。

「わたしは…」

「山南さんの気持ちなんか聞くまでもない。見てれば分かりますよ…イヤなんですか?」

「私みたいに背の高い女は、男に嫌がられるの」

すっかり沖田に差し込まれた琴は、冗談にまぎらせて自分の問題から逃げた。

「どうかな?今度、山南さんに聞いといてあげますよ」

余計よけいなことしないで。黙っててくれたら、あなたのこと、生かしといてあげるから」


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