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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
366/404

虎切 其之参

ひざをついてゆうの具合をていた阿部が、沖田を振り返った。

「肩を斬られているが、浅手あさでだ。それより倒れた時に頭を強く打ったらしい」


ゆうのすぐ脇に、地面に埋まった大きな石の表面がきだしており、倒れたとき、運悪くそこに後頭部を打ち付けたようだ。


沖田はゆうの上半身を抱き起こし、そのほおでた。

「バカ。誰彼だれかれかまわず、突っかかって行くからだよ」

ゆう薄目うすめを開けて、何か言おうとしたが言葉にならず、そのまま気を失った。

「おい!しっかりしろ!」


遠くで様子をうかがっていた八木為三郎が、おずおずと近づいてきて沖田を見上げた。

浜崎先生はまさきせんせてもろたら?」


「お母はん、呼んできた方がええ?」

石井雪も、少し離れたところからたずねた。


「お母さん?」

琴と阿部が、小さな女の子を振り返る。


「浪士組がお世話になっている診療所が、この近くにあります。この子はそこで働いているご婦人の娘さんです」

沖田は説明しながら、ゆうの身体を背負せおった。

「いいよ、お雪ちゃん。私が連れて行こう」


「この死体は、どうすんだよ?」

阿部が、すでにむくろとなったくすのきを指差す。


「…バカなことをしたわね」

琴は責めるような眼で沖田を流し見た。

それはこの男から情報を引き出す機会をいっしたことを言ったのか、

それとも人をあやめたことそれ自体を言ったのか、沖田には分からなかった。

「悪かったですね。わたしは、お琴さんみたいに、いつも冷静じゃいられない」


自分も清河の件では、カッとなって斉藤弥九郎さいとうやくろうに斬りかかったことがある。

琴は、沖田の気持ちを察して、軽はずみに責めたことを少しやんだのか、ヒントらしきものを与えた。

「仏生寺弥助は、まぎれもない天才よ。一人でやるなんて無理」

沖田は、北門の方へ歩き出しながら、舌打ちした。

「クソ!つまり、他にも仲間がいるんだ。そいつらの名前を聴きのがした」

(なぐさ)めにならないかも知れないけど、たぶん、聞いても無駄(むだ)だったと思う。それに、仲間がいても、彼らが互いの顔を知っていたとは限らない」

琴は井筒屋いづつやで見た、桂小五郎の用心深さを思った。


琴がそう言うからには、何が根拠こんきょがあるはずだと、沖田は勝手に納得した。


「おい!だから、コイツはどうすんだって?」

阿部が二人を追いかけながら、もう一度(たず)ねると、

「しばらく、人目ひとめにつかない物陰(ものかげ)にでも、かくしておいて下さい。後で引き取りに来させます」

沖田は素っ気(そっけ)なく応えた。

「俺が?」

阿部が自分の顔を指すと、沖田は軽く周囲を見渡した。

「ほかに誰が?」




ゆうを背負い、浜崎新三郎の診療所へ向かう道すがら。


「それにしても、こいつ、あんなとこで何してたんだろ?」

沖田は、背中のゆうと、後ろをくっついてくる勇之助の顔を交互に見て言った。

ゆうは、まだ気を失ったままである。

「わかれへん」

勇之助は首を横に振った。

無論むろん、沖田もまだ幼い勇之助に答えを期待していたわけではない。


「…くすのきなじっていたように聞こえたけど、痴話喧嘩ちわげんかって感じでもなかった」

それは、肩を並べて歩く琴に、というより、考えがつい口をいて出た言葉だった。

「いま、そんなこと気にんでもしょうがないじゃない。とにかく、医者に連れて行きましょう」

琴がはげますように言うと、

沖田は憂鬱ゆううつ面持おももちで、ゆうの顔をのぞき込んだ。

「ええ。でも、初対面しょたいめんであんな喧嘩けんかはしない。くすのき素性すじょうを知ったいま、あの言い争いのわけを確かめないと…」

琴がふと微笑ほほえんだ。

「…優しいのね」

「なんでそうなるんですか?」

沖田はねたように、前を向いた。




琴が浜崎診療所の門を叩くと、すぐに石井秩いしいいちが玄関に姿を現した。

「沖田さん?」

彼女は、恋人の姿を見て一瞬(ほお)ゆるめたが、

すぐ、その背中にグッタリとおおいかぶさる少女に気づいて、表情をかたくした。


「こんにちは。先生、いますか?」

琴の手前、沖田の口調も余所行よそいきになる。

「あ、はい。ええ。いらっしゃいます」

いちは、心配そうにその少女をのぞき込み、目を見開いた。

「…お、おゆうちゃん?どうされたんですか?」

沖田はどう説明してよいか分からず、言葉に詰まっていると、

「すみません。とにかく中へ」

いちはその答えを待たず、診療室へ招き入れた。


沖田たちがゆうの身体を布団ふとんに横たえると、

ほぼ同時に、医師の浜崎が部屋に入ってきて、挨拶あいさつもそこそこに、ひたいの血と肩の刀傷かたなきずた。

「事情を聞く前に、まずは応急手当おうきゅうてあてをしないと。服を脱がせます」

浜崎はそう言って、沖田たちを部屋の外に出した。



琴は勇之助の肩を優しく抱いて、子供たちを門の方に(いざな)った。

「きっと遅くなるから、あなたたちは、もうおうちに帰りなさい」

沖田が為三郎を呼び止め、伝言を頼んだ。

「このこと、おマサさんと、土方さんに知らせてくれる?」

為三郎が小さく(うなず)き、心配そうに振り返りながら出ていくと、琴と沖田は土間どまの上がりがまちに並んで腰を下ろした。


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