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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
365/404

虎切 其之弐

「子供たちを、遠ざけておいて下さい」

沖田はゾロゾロと付いてきた子供たちを琴に任せると、阿部とともに鐘楼(しょうろう)の裏へ回り込んだ。


黄実千両きみせんりょう低木ていぼくの向こうに、若い浪士が立っているのが見えた。

しかし、ゆうの姿がない。


「そこで何をやっている!」

沖田が叫ぶと、浪士は沖田の方を見て、妖しくわらった。

そのおもては、まるで若い女のように見える。

「あんた、浪士組か?」

気味の悪いくらい、落ち着いた声だった。


「おまえこそ、何者だ」

沖田は駆け寄って、ギョッとした。

浪士の右手には、抜身ぬきみの刀が握られている。

反射的に浪士の足元へ視線を移すと、

そこには肩をはだけ、(ひたい)から血を流したゆうが倒れていた。


山城国やましろのくに浪士、くすのき楠小十郎くすのきこじゅうろうだ」


沖田は激昂げきこうして刀を抜いた。

「貴様、彼女に何をやった!」


しかし、刀を構えるひまもないほど、

くすのき素早すばや間合まあいを詰めてきた。

そのやいばが、下からり上げるように沖田をおそう。


沖田は驚異的な反応速度で、その刀を上から抑え込み、

力づくで振り払った。


「…ほう、やるな」

くすのきがまた不敵ふてきな笑みを浮かべた。

「なぜ名乗ったと思う?これを見られた以上、お前たちには死んでもらう他ないからだ」


阿部は、二人のやり取りに気を取られていたが、

我に返って、自らも刀を抜いた。


「おしゃべりは終わりだ」

沖田は静かに正眼(せいがん)の構えに入った。


対するくすのきは、八相はっそうに構える。

そのニヤリとゆがんだ口元には、何か絶対的な自信を裏打うらうちするものが垣間見かいまみえた。


「沖田さん、気をつけろ!こいつ、何か奥の手を隠してるぞ!」

阿部が叫んだ。

しかし、沖田の眼は、ただ深く、静謐せいひつな光をたたえている。


刹那せつな

鋭いみ込みとともに、くすのき右薙みぎなぎを放った。

普通であれば、必殺の一撃と言っていい速さだ。


しかし。

沖田は、軽いバックステップで、それを紙一重かみひとえ交わし、

同時に、電光石火でんこうせっかの速さで、

一足一刀いっそくいっとうの間合いに入った。


沖田が勝った。

瞬間、阿部はそう思った。


だが、沖田が踏み込んだその時。

くすのきは、てのひらで刀を返していた。


やいばは背を向き、

振りぬいた位置から、

今度は真逆の軌道きどうで、左にぎ払う。


これこそ、くすのきの切り札、

古流、中条流の秘技、

虎切剣こせつけんだった。

一説には、佐々木小次郎の“燕返ツバメがえし”の原型になったと言われる技である。



そして、

阿部の叫び声を聞いた中沢琴が駆け付けた時、

勝負は決していた。



くすのきは切れ長の眼を見開き、中空ちゅうくうを見つめていた。

確かに捕らえたはずの沖田の姿は、

そこになかった。


そして、さらに信じがたいことに、

自らの身体からだが、三度も刺しつらぬかれたことに、

ようやく気付いた。


虎切こせつ

すなわち、連続する左右の水平切りの、そのわずかなすきに、

沖田は、三段突きを放ち、さらにくすのき射程距離しゃていきょり外へ出るというはなれ技をやってのけたのだ。


その間、ほんの2秒にも満たない出来事である。


「ウソだろ…」

これまで、この技で数々の敵をほおむって来たのだ。

楠小十郎くすのきこじゅうろうは、現実を受け入れられないまま、前のめりに倒れた。



阿部は、ゆうに駆け寄り、

琴は、血を流したおれたその浪士を、茫然ぼうぜんと見下ろしていた。

「…くすのき、小十郎?」

そのつぶやきを聞いて、沖田が顔をあげた。

「知ってるんですか?」


「長州の桂小五郎は、浪士組に間者かんじゃとして潜入させるために、京育ちのこの男を選んだ」


沖田は、今まさに命の炎が尽きようとする楠小十郎くすのきこじゅうろうかたわらにしゃがみ込んだ。

「なるほど。すると、当然、間者かんじゃはあんた一人ってわけじゃないだろ?仲間は?」

くすのきは、朦朧もうろうとしながらも、沖田をにらみつけ、つばを吐いてみせた。


強情ごうじょうな奴だ」


「…面白いこと…を教えてやる」

くすのきは今にも絶えようとする息の下からうそぶいた。

「仏生寺と…いう男が…たびたび芹…沢鴨に接触しているはずだ…奴がもし…裏切るつも…りなら消せ…と言われた」


なぜこの男は、今、仏生寺弥助の話などするのか。

琴はその意味を考えた。

彼はいま、下関のはずだ。


「さて…奴は、どっちにつくかな…?」

くすのきはそう言って、こと切れた。

口元には、勝ちほこったような笑みを残したまま。


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