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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変身之章
363/404

七星剣 其之弐

馬鹿野郎バカやろ!やめねえか、あぶねえ!」

阿部はあわてて刀をひっこめたが、武田は刃先はさきスレスレに顔を近づけて、うっとりした表情を浮かべた。

「こりゃあ、あれね?七星剣しちせいけんってやつ。どこでこれを?」

「そんなこと、どうでもいいだろ!」

と突っぱねたものの、阿部の脳裏のうりには良からぬ煩悩ぼんのうが頭をもたげてきた。

「…あんた、この刀の値打ねうちが分かんのかい?」

「刀の目利めききは専門じゃないけど、国許くにもとの出雲が、古くは、たたら製鉄で知られた土地柄でね。こういう宝剣ほうけんを見るのが趣味なの」

「宝剣!やっぱ、これって宝剣なのか?!」

「ていうか、阿部清明あべのせいめいが、古代の霊剣れいけんして作らせたものらしいけど…ほら、ここ。七つの光芒こうぼうが見えるでしょう?だから七星剣」

武田は、刃紋はもんをなぞりながら、何やら怪しげな蘊蓄ウンチク披露ひろうした。

「ふ、ふうん」

阿部からすると、そう言われてみれば光芒こうぼうが見えるような気もするし、やっぱり見えないようにも思える。

「これはきっと、破敵剣はてきけんの方ね」

破敵剣はてきけん?七星剣じゃないのか?」

阿部は少々混乱してたずねた。

「もともとは破敵剣はてきけん護身剣ごしんけんという二刀一対の剣で、銘はないが、安政あんせいの頃に高橋長信たかはしながのぶが、それを打刀うちがたな脇差わきざしに打ち直したって言われてる。ふたつ併せて七星剣」

「ご、護身剣ごしんけん護身剣ごしんけんって言った?じゃあ、こっちも?」

阿部は血走った目で脇差わきざしを差し出すと、武田はそれをスラリと抜いて目を丸くした。

「ウソ!あんた、二つともそろえたって言うの?」

「本物か?そっちも本物なのか?」

鼻息はないきを荒くして詰め寄る阿部を、武田は汚いものにでも触れるように押し戻した。

まあ実際、きたなかったのだが。

「あたしだって見るのは初めてだから、保証は出来ないけど、同じ刀工とうこうの作なのは間違いないと思う。どういった経緯いきさつであんたの手に渡ったかは知らないけど、破敵剣はてきけんの方は、あの清河八郎が持ってたってうわさを聞いたことがあるわ。けど、こっちの護身剣ごしんけんは、長らく行方ゆくえが知れなかったはず」

「ふ、ふうん。あんた、くわしいね」

阿部は、自分が期せずして二振ふたふりの宝剣を集めたことに気づいて、すっかり興奮こうふんしていたが、今さらこれを石塚にゆずる気などなかった。

石塚の目利めききでは、どうせ見ても分からないであろうし、そんなことを正直に告白する義理もない。


武田観柳斎は、右手をほおに添えながら、阿部をしげしげと眺めた。

「てか、こんなものを持ってるあんたが、何で残飯なんかあさってんの?」

阿部は急に我に返って、

「あんたに関係ないだろ。まあ、礼を言っとくよ」

と、また余所余所よそよそしい口調に戻った。


「これ、さっきのお釣りだけど、これでなんか食べなさい」

武田は阿部の境遇きょうぐうあわれんだのか、一分銀いちぶぎんを五枚、てのひらに載せて差し出した。

阿部は武田の手のひらと顔を、交互に、何度も見返した。

「まさか、お前、その金で俺を買おうって魂胆こんたんじゃ…」

「やめてよ!あたしはね、こう見えても面喰めんくいなの。あんたなんか願い下げよ!」



と、ここで阿部の回想シーンは終わりである。



「…てな?この刀のおかげで一応サムライの体裁ていさいたもってっからよ。信用貸しんようがしがいたわけ」

と阿部は自慢じまんげに話を締めくくった。

「は!」

琴はもはや返事をする気すら失せていた。

「そのおかまってのが、刀好きの浪人でね。向こうから『珍しいものをお持ちですね』なんて声を掛けてきたんだ。で、ちょっと見せてやったら、仲良くなっちゃってさ」

「彼、親切なうえにバカね」

阿部には、そんな皮肉ひにくなど通じない。

「ある意味、それは当たってるね。金はある時払いでいいって言うからさ、じゃあ、どこに返しに行けばいいって聞いたら、なんて言ったと思う?」

「ナゾナゾはいいから。さっさと話を済ませて」

「今から知り合いを頼って浪士組に入るって言うんだ」

「その、親切なおかまが?」

「そ。まったく、浪士組の連中、広く門戸もんこを開くのもいいが、際限を知らんらしい」

琴は、同性愛者どうせいあいしゃ同僚どうりょうを思い浮かべながら、ため息をついた。

「もう何を聞いてもおどろかない。男色だんしょくの浪人なんて、珍しくもないでしょ」

「スレてんなあ、おまえ。とにかく、そのおかまがさ。金が必要なら、あんたも入れば?なんて言うから、冗談じゃねえよって、逃げてきたんだ」

「それって、悪くない考えかも」

「バカ言え!誰から逃げてきたと思ってんだよ!あの近藤…」

琴は阿部の反論を断ち切った。

「私は真面目に答えてるの。だって、顔は見られてないんでしょ?」

「ま、そう思うが…だからなんだよ?」

「ねえ、分かってる?貴方あなたは薩摩の蔵屋敷くらやしきおそった窃盗団せっとうだんの容疑者なの。いや、そうじゃない。真犯人だったわね」

「ちっ、よせよ」

阿部はにがり切った顔で手を払った。

「もし、ご公儀こうぎより先に薩摩に捕まったら、どうなると思う?」

琴の深刻な口ぶりに、阿部は急に不安になって、目をすがめながら首をヌッと突き出した。

「どうって…どうなるんだよ?」

「彼らは、きっと彼ら自身の法で貴方あなたさばく」

「な、何で?」

「考えてもみなさい。薩摩が抜け荷(ぬけに)を目撃した人間を、みすみすお上に渡すとでも?口をふうじるに決まってる」

こう断言されると、阿部は急にシドロモドロになった。

「いや、でも、まさか、そこまでは…」

「絶対ないって言える?」

「あるかな?」

琴はまゆを吊りあげ、肩をすくめて想像してみろとうながした。


「そりゃ確かに、ヤバいもんを見ちまったが…」

「じゃあ逆に、何処どこが一番安全かって考えてみれば?」

「逆って、つまり、取り締まる側つーわけか…、なるほど、灯台下暗とうだいもとくらしってヤツだ。一理ある」


浪士組に入れば、借金取りの石塚岩雄や、以前()めた長州藩、それにあの岡田以蔵からも身を守れる。

考えてみれば、一石二鳥いっせきにちょうではある。

「あなたには元々選択の余地よちなんてないの。尊皇そんのうだの攘夷じょういだのと言うなら、丁度ちょうどいいでしょう?」

「なんか、そんな気もしてきたが、お前、俺のことだまして、適当に言いくるめてないよな?」


にもかくにも、阿部は、浪士組に入ることを決心した。


琴は満足げにうなずくと、「分かったら出ていけ」と勝手口の方向に目配めくばせした。


「いやいや、乗りかかった船だろ?あんた、浪士組の沖田と仲良かったじゃんか?口利くちききを頼むよ」

琴は、北新地でズブれにされた一件を連想れんそうして、また顔をしかめた。

「もうあんたと船に乗るのはお断り。いい加減、わたしの周りをウロつくはやめて」


「なあ、冷たいこと言うなよ。お前にあやかって十郎と名前を改めることにしたんだぜ?」


琴はウンザリした顔で大きく息を吐いた。

「…じゃあ、明日の朝もう一回ここに来て。ついてってあげる」

「ありがてえ」

「言っとくけど、これで…」

「わかってる!命を救ったのは三度目だって言いたいんだろ?」

「これが、本当に最後だから」

「そりゃどうも」

阿部慎蔵改め、阿部十郎は、頭の後ろをきながら、調子よくお辞儀じぎした。


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