食い詰め浪人 其之壱
数日後、昼の八つ、正刻(14:00pm)。
その日も、中沢琴の姿を求めて朝から町へ出た山南敬介と沖田総司だったが、そもそも、右も左もわからない土地で、宛てもないまま人を見つけ出すなど、雲をつかむような話である。
初めての都は見るものすべてが珍しく、歩き回ることにさほど苦痛は感じなかったものの、考えてみれば、それはただの物見遊山と同じで、半日の探索で二人が得たものといえば、京の名所旧跡に関する少しばかりの造詣だけだった。
壬生村に帰って来た二人が八木家の門前に面した坊城通りへ折れると、屋敷の門を覗き込んでいる娘の姿が目に入った。
「あ、あの子」
沖田が指差すと、山南もうなずいた。
「ああ」
それは、彼らが京に到着した日、壬生寺でしつこく詰めよってきた町娘だった。
入江九一らにタンカを切ったハネッ返りである。
「あ、帰ってきた」
娘のほうも彼らに気がついた様子で、
沖田の顔を見るとパッと表情を明るくしたが、すぐにナメられてはいけないという風に口元を引き結んだ。
「ちょっと、小耳に挟んだんやけど」
娘は門の前に立ちふさがると、どちらへともなく詰問調で声をかけた。
「浪士組が江戸へ帰るって、どういうことなん?」
二人は、困惑して目を見合せた。
「どういうことって言われても…」
沖田が口ごもった。
「江戸の方でちょっとしたゴタゴタがあってね。でも全員帰るわけじゃない。我々は残るから」
山南はなんとか当たり障りのない返答をひねりだして、やりすごそうとした。
娘は少しホッとした様子をみせたものの、すぐに元の顔にもどって、
「何人くらい残んの?」
と、さらに探りを入れてきた。
山南は、こめかみを押さえ、眉をよせた。
しかし、どう言い繕おうとも人数が増えるわけではないし、おまけに彼は、その場しのぎのウソが苦手だった。
「ううん…。二十人くらいかな」
「そんなん、あかんやん!」
娘は大きな目を吊り上げて叫んだ。
やはり正直という美徳が通用する相手ではなかったようだ。
「なんで?なあ、なんでなん?」
彼女の剣幕を持て余す山南に、見兼ねた沖田が助けに入った。
「きみさ、」
「お祐や」
「え?」
「名前!」
「あ、ああ、そっか。お祐ちゃんね」
「あんたは?」
「え?」
「なーまーえ!」
「祐」は、沖田の気勢もすっかり削いでしまった。
もはや主導権は完全に彼女が握っている。
「ああ…ね。わたしは沖田、沖田総司っていうんだ。で、お祐ちゃんさ。そこらへんの事情はちょっと複雑で、説明すると長くなるから、また今度にしてくれないか」
祐は、しばらく値踏みでもするように沖田の顔を眺めていたが、どういう結論に達したのか、やがて勝ち誇った表情で、小刻みにうなずいた。
「はっはぁ~ん…要するに、あんたじゃ下っ端すぎて、事情を聞かされてへんのやな?」
どうやら、これは壬生寺で沖田に無視されたときの仕返しのつもりらしい。
だが、これ以上話を長引かせたくない沖田は、イヤな顔をしただけで、あえて異論を差しはさまなかった。
「ほんなら、最初っからクチ出さんとき!あんたは用済みや!もう下がってええ!そっちの頭の良さそうなお兄さん。はよ説明して!」
祐は山南を指して、まるで学生の解答を待つ鬼教師のように腕組みをした。
「い、いやあ、その…」
「まず、名前や!」
山南にも、容赦のない指導が入る。
「…任せましたよ」
沖田は、気の毒そうに山南の肩をたたくと、背中を丸めて、玄関へ入っていった。
沖田が八木家の離れに戻ると、
近藤勇、芹沢鴨、土方歳三、新見錦といった京都残留組の主だった人間が、難しい顔をつき合わせて、なにごとか話し合っている。
沖田は、わざわざその重苦しい雰囲気のなかに入っていく気にもなれず、縁側で昼寝をしている原田左之助の横に腰かけた。
「…どうだった?」
原田が片目を開けて、人探しの成果をたずねた。
沖田は無言で首を横に振ってみせた。
「ただ、町に出ると色々おもしろい話が耳に入ってきますよ。そうそう、例の木像の首をちょん切った連中が捕まったとか」
「ほう」
原田が少し興味を示して半身を起こしたとき、長い議論に嫌気の差した土方が、這いながら会議を抜け出してきた。
「ああくそ、堂々巡りで話が終わりゃしねえ。足がしびれちまったよ」
「なんの相談です?」
土方は、話すほどのこともないという風に、手を払う仕草をして、
「で、犯人は誰だったんだよ?」
と、沖田の話の続きを促した。
「ああ、えっと、誰だっけなあ?」
「はあ?なんだ、おめえ。そこが一番肝心なとこだろうが!」
「言っとくが、そういうのが、これから俺たちの戦う相手なんだぞ!」
原田と土方が、一斉に攻めたてた。
そこへ、ようやくお祐の質問責めから解放された山南が、疲れきった顔で戻ってきた。
土方はその姿を見るなり、しびれた足を揉みながら、さっそく皮肉った。
「おう、山南先生。みんなが今後の身の振りかたで頭を悩ませてるときに、女のケツばかり追いまわして、結構なご身分だなあ」
山南には、もはや反論する気力も残っていない。
しかし、その背後から思わぬ援護射撃があった。
「おめえらこそ、お琴ちゃんが長州のケダモノどもに陵辱されてるかもしれないってときに、呑気に世間話か!この人でなし!」
見れば、献身的に琴の捜索活動に協力している永倉新八が、打ちひしがれた様子で立っている。
どうやら、彼にも収穫はなかったようだ。
「あー、うるせえ。あの女の話はもう聞きたくねえ。いいから総司、足利将軍の首を切ったのは、どんな野郎なんだよ?」
土方がイライラして聞き返した。
沖田に代わって、縁側にぐったりと腰をおろした山南が応えた。
「それなら、三輪田なにがしとかいう、国学平田派の門徒のようです」
「平田派っていやあ、筑波山に天狗が住んでるとかの給うイカれた先生を心棒してるヒトたちだぜ。ヤツらのやりそうなこった」
今度は、奥の四畳間から、芹沢鴨が首をのばして割り込んできた。
彼も議論に飽きて、縁側の会話に聞き耳を立てていたらしい。
原田左之助は、嬉々として両手をもみ合わせた。
「ちくしょう、楽しくなってきやがった!まったく京の町ときたら、怪しげな連中がウヨウヨいやがる」
「けっ、てめえもその数に入ってんだよ!」
永倉新八が、白い眼で釘を刺した。




