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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
花見之章
35/404

食い詰め浪人 其之壱

数日後、昼の八つ、正刻せいこく(14:00pm)。


その日も、中沢琴の姿を求めて朝から町へ出た山南敬介と沖田総司だったが、そもそも、右も左もわからない土地で、宛てもないまま人を見つけ出すなど、雲をつかむような話である。

初めての都は見るものすべてが珍しく、歩き回ることにさほど苦痛は感じなかったものの、考えてみれば、それはただの物見遊山ものみゆさんと同じで、半日の探索で二人が得たものといえば、京の名所旧跡めいしょきゅうせきに関する少しばかりの造詣ぞうけいだけだった。


壬生村に帰って来た二人が八木家の門前もんぜんに面した坊城ぼうじょう通りへ折れると、屋敷やしきの門をのぞき込んでいる娘の姿が目に入った。

「あ、あの子」

沖田が指差すと、山南もうなずいた。

「ああ」


それは、彼らが京に到着した日、壬生寺でしつこくめよってきた町娘まちむすめだった。

入江九一いりえくいちらにタンカを切ったハネッ返りである。



「あ、帰ってきた」

娘のほうも彼らに気がついた様子で、

沖田の顔を見るとパッと表情を明るくしたが、すぐにナメられてはいけないという風に口元を引き結んだ。


「ちょっと、小耳こみみはさんだんやけど」

娘は門の前に立ちふさがると、どちらへともなく詰問調きつもんちょうで声をかけた。

「浪士組が江戸へ帰るって、どういうことなん?」


二人は、困惑こんわくして目を見合せた。

「どういうことって言われても…」

沖田が口ごもった。

「江戸の方でちょっとしたゴタゴタがあってね。でも全員帰るわけじゃない。我々は残るから」

山南はなんとか当たりさわりのない返答をひねりだして、やりすごそうとした。

娘は少しホッとした様子をみせたものの、すぐに元の顔にもどって、

「何人くらい残んの?」

と、さらに探りを入れてきた。


山南は、こめかみを押さえ、まゆをよせた。

しかし、どう言いつくろおうとも人数が増えるわけではないし、おまけに彼は、その場しのぎのウソが苦手だった。

「ううん…。二十人くらいかな」

「そんなん、あかんやん!」

娘は大きな目を吊り上げて叫んだ。

やはり正直という美徳びとくが通用する相手ではなかったようだ。

「なんで?なあ、なんでなん?」

彼女の剣幕けんまくを持て余す山南に、見兼みかねた沖田が助けに入った。

「きみさ、」

「おゆうや」

「え?」

「名前!」

「あ、ああ、そっか。おゆうちゃんね」

「あんたは?」

「え?」

「なーまーえ!」

ゆう」は、沖田の気勢きせいもすっかりいでしまった。

もはや主導権しゅどうけんは完全に彼女がにぎっている。


「ああ…ね。わたしは沖田、沖田総司っていうんだ。で、おゆうちゃんさ。そこらへんの事情はちょっと複雑で、説明すると長くなるから、また今度にしてくれないか」

ゆうは、しばらく値踏ねぶみでもするように沖田の顔をながめていたが、どういう結論に達したのか、やがて勝ちほこった表情で、小刻こきざみにうなずいた。

「はっはぁ~ん…要するに、あんたじゃ下っ端(したっぱ)すぎて、事情を聞かされてへんのやな?」

どうやら、これは壬生寺で沖田に無視されたときの仕返しのつもりらしい。

だが、これ以上話を長引かせたくない沖田は、イヤな顔をしただけで、あえて異論いろんを差しはさまなかった。

「ほんなら、最初っからクチ出さんとき!あんたは用済みや!もう下がってええ!そっちの頭の良さそうなお兄さん。はよ説明して!」

ゆうは山南を指して、まるで学生の解答を待つ鬼教師のように腕組みをした。

「い、いやあ、その…」

「まず、名前や!」

山南にも、容赦ようしゃのない指導が入る。


「…任せましたよ」

沖田は、気の毒そうに山南の肩をたたくと、背中を丸めて、玄関へ入っていった。



沖田が八木家の離れに戻ると、

近藤勇、芹沢鴨、土方歳三、新見錦といった京都残留組の主だった人間が、難しい顔をつき合わせて、なにごとか話し合っている。

沖田は、わざわざその重苦しい雰囲気のなかに入っていく気にもなれず、縁側えんがわで昼寝をしている原田左之助の横に腰かけた。


「…どうだった?」

原田が片目を開けて、人探しの成果をたずねた。

沖田は無言で首を横に振ってみせた。

「ただ、町に出ると色々おもしろい話が耳に入ってきますよ。そうそう、例の木像もくぞうの首をちょん切った連中が捕まったとか」

「ほう」

原田が少し興味を示して半身はんみを起こしたとき、長い議論に嫌気いやけの差した土方が、いながら会議を抜け出してきた。

「ああくそ、堂々(どうどう)めぐりで話が終わりゃしねえ。足がしびれちまったよ」

「なんの相談です?」

土方は、話すほどのこともないという風に、手を払う仕草しぐさをして、

「で、犯人は誰だったんだよ?」

と、沖田の話の続きをうばがした。

「ああ、えっと、誰だっけなあ?」

「はあ?なんだ、おめえ。そこが一番肝心(かんじん)なとこだろうが!」

「言っとくが、そういうのが、これから俺たちの戦う相手なんだぞ!」

原田と土方が、一斉いっせいに攻めたてた。


そこへ、ようやくおゆうの質問()めから解放された山南が、疲れきった顔で戻ってきた。

土方はその姿を見るなり、しびれた足をみながら、さっそく皮肉ひにくった。

「おう、山南先生。みんなが今後の身の振りかたで頭を悩ませてるときに、女のケツばかり追いまわして、結構なご身分だなあ」

山南には、もはや反論する気力も残っていない。


しかし、その背後から思わぬ援護射撃えんごしゃげきがあった。

「おめえらこそ、お琴ちゃんが長州のケダモノどもに陵辱りょうじょくされてるかもしれないってときに、呑気のんき世間話せけんばなしか!この人でなし!」


見れば、献身的けんしんてきに琴の捜索そうさく活動に協力している永倉新八が、打ちひしがれた様子で立っている。

どうやら、彼にも収穫しゅうかくはなかったようだ。


「あー、うるせえ。あの女の話はもう聞きたくねえ。いいから総司、足利あしかが将軍の首を切ったのは、どんな野郎なんだよ?」

土方がイライラして聞き返した。

沖田に代わって、縁側にぐったりと腰をおろした山南が応えた。

「それなら、三輪田なにがしとかいう、国学こくがく平田派の門徒もんとのようです」


「平田派っていやあ、筑波山に天狗テングが住んでるとかののたまうイカれた先生を心棒しんぼうしてるヒトたちだぜ。ヤツらのやりそうなこった」

今度は、奥の四畳間よじょうまから、芹沢鴨が首をのばして割り込んできた。

彼も議論にきて、縁側の会話に聞き耳を立てていたらしい。


原田左之助は、嬉々(きき)として両手をもみ合わせた。

「ちくしょう、楽しくなってきやがった!まったく京の町ときたら、怪しげな連中がウヨウヨいやがる」

「けっ、てめえもその数に入ってんだよ!」

永倉新八が、白い眼でくぎを刺した。


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