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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
349/404

源三郎の災難 其之参

近藤たちは、見失った不審者を探して土佐堀川沿いをウロウロするうち、やみに紛れて蔵屋敷くらやしきの塀を乗り越える泥棒に遭遇そうぐうしたのだった。

「あの大男、さっきの奴です!」

佐々木が川べりに降り立った人影をゆびさした。


近藤は刀のつかに手を掛けながら、駆けだした。

「やっぱり当たりか!まさか俺たちが出くわすとはな」

「しかし、あれが高沢と柴田とかいうおたすね者とは限らんよ。第一、ぞくは三人だ」

井上源三郎がその後を追う。

「どちらにせよ、指をくわえて見ている訳にもいくまい」

そう言って近藤が刀を抜いた途端とたん

そのぞくたちは、銘々(めいめい)バラバラの方角へ走り出した。

一人は東の常安橋の方へ、一人は西の湊橋の方へ、そしてもう一人は土佐堀川の方へ。


阿部慎蔵はとっさに風呂敷で(ほお)かむりして顔を隠し、着物をかかえたまま、裸足(はだし)で逃げ出した。

「トホホ、これじゃ、まるで旦那に浮気を見つかった間男まおとこのザマだぜ!」

しかし、すぐに土佐堀川へ突き当り、越中橋までの距離を目算もくさんした。

ざっと15間(約27M)はある。

あせって後方に目をやると、白刃(はくじん)が光るのが目に入った。

「…おいおい、冗談じゃねえぞ、クソッタレ!」

毒づいて、覚悟を決めると、そのまま川に飛び込んだ。

もう慣れたものである。



「ウソだろ…あの野郎、川に飛び込みやがった」

近藤は(ほお)に浴びた水しぶきを(ぬぐ)いながら、川縁(かわべり)に立ち尽くした。

井上も追いついて、暗い川底に目を()らすも、

「こう暗くちゃ、一度(もぐ)られたら、どっちの岸に上がってくるか見当がつかんねえ」

と肩を落とした。

「そういえば、蔵之助は?」

近藤が振り返った。

「常安橋の方へ逃げたぞくを追っかけて行ったよ」

「じゃあ、俺たちは西に逃げた奴を追うか」

「まあ、まあ、待ちなさいよ」

井上は近藤の(そで)を引いて、策をさずけた。

「いいかい?奴らは長町に宿を取ってることまで我々に知られてるとは気づいてない。てことは…」

近藤は井上の言わんとすることが分かって、後を引き取った。

「きっとあそこへ戻って合流するはずだ!」

「そういうこと。そこへ先回りして一網打尽(いちもうだじん)にしよう」

「源さんにしちゃ、妙案(みょうあん)だな」

「あのねえ、ひと言多いんだよ」



同じころ、佐々木蔵之助もぞくの一人を追跡していたが、

ぞくが細い路地に入って後ろを振り返り、安心したように歩き出したのを見ると、

井上と同じことを考えて、距離をとりながら尾行することにした。


そして、ぞくの後をつけて日本橋まで来たところで近藤、井上と再会することができた。

「おお、蔵之助。どうだそっちの首尾しゅびは?」

近藤が声を掛けると、佐々木はニッコリと笑い、

「ああ、近藤先生。ほら、あそこを歩いていきます」

と前方を指さした。


蔵之助の指の先を眼で追うと、ちょうど二人の大男、高沢民部と柴田玄蕃も合流して、なにごとか話し合っている。


やがて二人は、少し先の木賃宿きちんやどに入って行った。


近藤と井上は顔を見合わせた。

「あそこが隠れ家(ヤサ)か。もう一人は?」

「先に着いているのかもしれん」



ところで、そのもう一人、阿部慎蔵の行方(ゆくえ)はというと、

世間の荒波あらなみにもまれて多少は危機管理能力に()けた彼は、宿に戻るなどという危険はおかさなかった。

というより、ずぶれのまま町をほっつき歩くわけにもいかず、

都会に流れてきた百姓ひゃくしょう離村者りそんしゃが橋の下で焚火(たきび)を囲んでいるのに紛れて、着物が乾くまでやり過ごすことにしたのだった。

その判断が彼らの運命を分けた。


「もう少し、ここで様子をみるかい?」

そろそろ空もしらみかけている。

「いや、行こう」

近藤は決断した。


「源さんは入り口を押さえておいてくれ」


言い残し、近藤は、大股おおまたに宿へ踏み込むと、

会津中将あいづちゅうじょうあずかり、壬生浪士組だ。御用改(ごようあらた)めである!」

甲高(かんだか)い声で()え、そのまま抜刀ばっとうして二階へ駆けあがった。

佐々木蔵之助が、その後に続く。


「しまった!捕手(とりて)か!」


二人が不逞浪士ふていろうしたちを追い詰めた先は、まさに阿部が泊まっていた部屋だった。


浪士たちは部屋の中で退路たいろを断たれ、ついには開き直った。

「お前ら奉行所の人間とちゃうな?さては『エライコッチャ侍』か」

柴田が近藤を指差す。


近藤は、口元をゆがめ、ポキポキと指の骨を鳴らした。

「ナンチャッテ侍だあ?てめえ、よくも気にしていることを…」


稽古けいこですら無双むそうの強さをほこる、この近藤勇を怒らせればどうなるのか、蔵之介は少し不逞浪士ふていろうしに同情をおぼえた。

「ちょっと(ちゃ)うけど、とにかく失礼を言うとるのに違いはないし…」


柴田は相手が少しも(ひる)まないことにあせり、

「なんじゃ、オノレら。わしらが誰か分かっとんのか!天下浪士じゃ!」

とすごんでみせたが、近藤は少しも動じずゆっくりと部屋に足を踏み入れた。

「ほう、そうかい、いいから抜きなよ」

ニヤリと笑いながら、進んで正体をバラした間抜けに切先(きっさき)を突き付ける。


二人はすっかり気圧(けお)されて、顔を見あわせた。


その切先(きっさき)が、高沢の喉元(のどもと)に向けられた途端(とたん)に、

「あかん!」

男たちは、窓から飛び降りた。



近藤は窓から上半身を乗り出し、通りに立つ井上に大声で知らせた。


「ツイてるぞ源さん、そっちへ行った!二人ともゆずってやる」


その言葉通り、二人は玄関を見張っていた井上の真正面に着地し、

長刀ちょうとうを抜いておそい掛かってきた。


「そこ、退かんかい!」

退かんかったら、斬り捨てるど!」

如何(いか)にも武芸者然とした近藤よりも、(くみ)(やす)しとあなどられたに違いなかった。


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