源三郎の災難 其之壱
一方、
薩摩蔵屋敷の中。
阿部慎蔵の方でも、なかなか思い描いていた通りに事は進んでいなかった。
なにせ、中に入ると、男たちはいきなり服を脱ぎ始め、褌一丁になったのだ。
当然、阿部は慌てた。
「おいおいおいおい、お前らナニやってんだ!気でも違ったか?」
「ブツクサ言うてんと、おまえも早よ脱がんかい!」
「なんで!?」
「おまえ、蔵屋敷ん中にどんだけ人が居る思とるんじゃ。誰にも見られんと動くんは無理や。せやから、小揚の恰好で紛れ込むねん!」
柴田玄蕃が、鉢巻を締めながら答えた。
つまり、これは小揚と呼ばれる荷揚げ人足の扮装なのだった。
「そ…そうなの?」
刀を抱えた小揚なんているだろうか、と思いながらも、阿部は男たちの指示に渋々従った。
蔵屋敷は、船を横付けして荷物を取り込めるように、川縁に建てられており、薩摩の「浜屋敷」も土佐堀川に面した側が、荷捌きの河岸になっていた。
領主の宿泊施設や、使用人の住居も備えた、広大な屋敷である。
「ほ~ん、中はこんなんなってんのか」
もちろん、阿部などは蔵屋敷を外からしか眺めたことがない。
敷地内には、たくさんの米蔵のほか、銀蔵、鉄蔵、その他の地産品を納める土蔵が並んでいて、船荷を搬入する利便性のため、みな河岸に面して扉が設けられている。
「いっぱいありすぎて、どの蔵か分かんねえぞ。え?どれだよ?」
「こっちだ!」
高沢民部が手振りで阿部を呼んだ。
幸い、ここに辿り着くまでに、掛屋(蔵の管財を任された商人)や奉公人と思しき数人に出くわしたが、誰にも怪しまれていない。
みな忙しくしていて、小揚の顔など、いちいち気に留めないものらしい。
「よっしゃ、上々や」
高沢の用意したカギは、蔵の南京錠にピタリとはまった。
カチリという小気味のいい音がしてツルが外れると、高沢と柴田は二人がかりで扉に手を掛けた。
ゴリゴリと重い鉄扉を引きずる音が響く。
見張り役を任されていた阿部は、蔵の角に立って四方に目を光らせていたが、今にも誰かがこの音を聞きつけて様子を見に来ないかと気が気ではなかった。
「一人くらいやったら、斬ってまえ」
男たちは無責任に威勢のいいことを言ったが、まさか、そんなことが出来るわけもない。
ひと一人が通れる隙間ができると、三人は急いで中に入った。
「ええか?金目のもんを見つけたら、この扉の前に集めろ。あとは、ここで外が暗くなるのを待って、三人で持てるだけ持って逃げるんや」
高沢が、いかにも頭の悪そうな、大雑把な指示を出した。
ともあれ、三人は、火打石でカンテラに火を灯し、手分けして蔵の中の検分を始めた。
蔵に納められた品々の荷姿は、ほとんどが樽か長持で、それぞれに日付と送り主、宛て先が書かれた付け札(木簡)が結んであった。
「唐薬種…鼈甲…絹織物…朱(顔料、バーミリオン)…どれも高価そうだが、担いで運ぶとなると、ひと箱が関の山だな…。どれを選べばいいのか、皆目見当もつかねえ」
そもそも、こんな無骨者三人に、目利きを任せるのには無理があった。
この計画を立案した石塚岩雄の根本的なミスである。
「カネメの物言うたかて、この人数じゃ長持三つが精いっぱいやんけ!石塚のドアホが」
高沢が毒づくと、もっともな意見だと阿部もうなずいた。
「あんたたちも、あんな大将に振り回されて、ご苦労なこったな」
とは言え、少しでも値の張るものを持ち出したい。
「お!」
そんな中、阿部は古ぼけた桐の箱に納められた一振りの刀を見つけた。
「ひょっとして…」
期待に胸を躍らせたが、木箱の蓋の裏を見てみると、
「護身剣」と書かれている。
「ま…そう上手い話はねえよな」
どうやら、この蔵には石塚の言う、マニア垂涎の宝剣「七星剣」もないようだ。
脇差にはちょうどいい大きさだったので、阿部はそれを拝借することにした。
「これでようやく二本差しに戻れたわけだ」
二本差しのサムライがやるようなことではないが、
そんなことを言いながら、端から順番に荷物を改めていくうち、薄汚い麻袋が、うず高く積み上げられた、不自然な一画をみつけた。
「なんだこりゃ。これがお宝か?」
阿部の声を聞きつけた柴田が近づいてきて、その一角をカンテラで照らした。
麻袋には型抜きの文字で“Macpherson, Marshall & Co., ”と印字が入っている。
少なくとも欧米から来た荷物であることは見当がついたが、外国語など二人にはさっぱりわからない。
「どうやらこりゃあ、南蛮からの抜け荷っぽいぜ?」
阿部が付札を改めると、大和屋庄兵衛宛となっている。
「なんかの薬種(漢方薬の原料)かな?」
「んなわけないやろ!大和屋ちゅうたら、生糸を扱っとるはずや」
阿部は袋を持ち上げて、その重さを確かめた。
「だが軽いぞ?これを持ち出すか」
「アホ、要らんわい、そんなもん。放たっとけ!」
柴田が吐き捨てた。




