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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
347/404

源三郎の災難 其之壱

一方、

薩摩蔵屋敷さつまくらやしきの中。


阿部慎蔵の方でも、なかなか思い描いていた通りにコトは進んでいなかった。


なにせ、中に入ると、男たちはいきなり服を脱ぎ始め、ふんどし一丁になったのだ。

当然、阿部はあわてた。

「おいおいおいおい、お前らナニやってんだ!気でも違ったか?」

「ブツクサうてんと、おまえもよ脱がんかい!」

「なんで!?」

「おまえ、蔵屋敷くらやしきん中にどんだけ人がおもとるんじゃ。誰にも見られんと動くんは無理や。せやから、小揚こあげ恰好かっこうで紛れ込むねん!」

柴田玄蕃(げんば)が、鉢巻はちまきを締めながら答えた。

つまり、これは小揚こあげと呼ばれる荷揚にあ人足にんそく扮装コスプレなのだった。

「そ…そうなの?」

刀をかかえた小揚こあげなんているだろうか、と思いながらも、阿部は男たちの指示に渋々(しぶしぶ)従った。


蔵屋敷くらやしきは、船を横付けして荷物を取り込めるように、川縁かわべりに建てられており、薩摩の「浜屋敷」も土佐堀川に面した側が、荷捌にさばきの河岸かしになっていた。

領主りょうしゅの宿泊施設や、使用人の住居じゅうきょも備えた、広大な屋敷である。


「ほ~ん、中はこんなんなってんのか」

もちろん、阿部などは蔵屋敷くらやしきを外からしかながめたことがない。

敷地内には、たくさんの米蔵こめぐらのほか、銀蔵ぎんぐら鉄蔵てつぐら、その他の地産品を納める土蔵どぞうが並んでいて、船荷ふなにを搬入する利便性のため、みな河岸かしに面して扉が設けられている。

「いっぱいありすぎて、どの蔵か分かんねえぞ。え?どれだよ?」

「こっちだ!」

高沢民部(みんぶ)が手振りで阿部を呼んだ。


幸い、ここに辿たどり着くまでに、掛屋(かけや)(蔵の管財かんざいを任された商人)や奉公人ほうこうにんおぼしき数人に出くわしたが、誰にも怪しまれていない。

みな忙しくしていて、小揚こあげの顔など、いちいち気にめないものらしい。


「よっしゃ、上々や」

高沢の用意したカギは、蔵の南京錠なんきんじょうにピタリとはまった。

カチリという小気味こきみのいい音がしてツルが外れると、高沢と柴田は二人がかりで扉に手を掛けた。

ゴリゴリと重い鉄扉てっぴを引きずる音が響く。


見張り役を任されていた阿部は、蔵の角に立って四方に目を光らせていたが、今にも誰かがこの音を聞きつけて様子を見に来ないかと気が気ではなかった。

「一人くらいやったら、斬ってまえ」

男たちは無責任に威勢いせいのいいことを言ったが、まさか、そんなことが出来るわけもない。


ひと一人が通れる隙間すきまができると、三人は急いで中に入った。

「ええか?金目カネメのもんを見つけたら、この扉の前に集めろ。あとは、ここで外が暗くなるのをって、三人でてるだけって逃げるんや」

高沢が、いかにも頭の悪そうな、大雑把おおざっぱな指示を出した。

ともあれ、三人は、火打石ひうちいしでカンテラに火をともし、手分けして蔵の中の検分けんぶんを始めた。


蔵に納められた品々の荷姿は、ほとんどがたる長持ながもちで、それぞれに日付と送り主、宛て先が書かれた付け札(つけふだ)木簡もっかん)が結んであった。

唐薬種とうやくしゅ鼈甲べっこう絹織物きぬおりものしゅ(顔料、バーミリオン)…どれも高価そうだが、かついで運ぶとなると、ひと箱がせきの山だな…。どれを選べばいいのか、皆目見当かいもくけんとうもつかねえ」

そもそも、こんな無骨者ぶこつもの三人に、目利めききを任せるのには無理があった。

この計画を立案した石塚岩雄の根本的なミスである。


「カネメのもんうたかて、この人数じゃ長持ながもち三つが精いっぱいやんけ!石塚のドアホが」

高沢が毒づくと、もっともな意見だと阿部もうなずいた。

「あんたたちも、あんな大将に振り回されて、ご苦労なこったな」


とは言え、少しでも値の張るものを持ち出したい。


「お!」

そんな中、阿部は古ぼけた(きり)の箱に納められた一振ひとふりの刀を見つけた。

「ひょっとして…」

期待に胸をおどらせたが、木箱の(ふた)の裏を見てみると、

護身剣(ごしんけん)」と書かれている。

「ま…そう上手い話はねえよな」

どうやら、このくらには石塚の言う、マニア垂涎すいぜんの宝剣「七星剣」もないようだ。

脇差(わきざし)にはちょうどいい大きさだったので、阿部はそれを拝借(はいしゃく)することにした。

「これでようやく二本差しに戻れたわけだ」

二本差しのサムライがやるようなことではないが、

そんなことを言いながら、はしから順番に荷物を改めていくうち、薄汚い麻袋ドンゴロスが、うず高く積み上げられた、不自然な一画いっかくをみつけた。

「なんだこりゃ。これがお宝か?」

阿部の声を聞きつけた柴田が近づいてきて、その一角をカンテラで照らした。


麻袋ドンゴロスには型抜き(ステンシル)の文字で“Macpherson, Marshall & Co., ”と印字が入っている。

少なくとも欧米おうべいから来た荷物であることは見当がついたが、外国語など二人にはさっぱりわからない。

「どうやらこりゃあ、南蛮なんばんからの抜け荷(ぬけに)っぽいぜ?」

阿部が付札(つけふだ)を改めると、大和屋庄兵衛やまとやしょうべい宛となっている。

「なんかの薬種やくしゅ(漢方薬の原料)かな?」

「んなわけないやろ!大和屋ちゅうたら、生糸きいとを扱っとるはずや」

阿部は袋を持ち上げて、その重さを確かめた。

「だが軽いぞ?これを持ち出すか」

「アホ、要らんわい、そんなもん。たっとけ!」

柴田が吐き捨てた。


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