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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
角力之章
333/404

南堀江の兄弟 其之弐


「へ~え。で?なにが言いてえんだよ。そりゃご政道せいどう大事だいじには違いねえが、貧乏浪人の俺たちになんの関わりがある?」

阿部は、わざと鼻をほじりながらたずねた。

「なればこそ、このに乗じて浮かぶもあり!谷家再興たにけさいこうの時も近し、ということだ」

挑発ちょうはつなど気にも留めず、三十郎が力説すると、千三郎も前のめりになってひざをただした。

「さすが兄上。三十郎兄さまの知略ちりゃくに、万太郎兄さまの武勇ぶゆう、そこにボクの美貌びぼうが加われば、決してかなわぬ夢ではありませんな」

「よく言った、千三郎。今こそ我ら谷三兄弟が力の見せ所だ。オホホホ」

「ウフフフ、アハハハ!」


調子のいい長兄ちょうけい三十郎と末弟まってい千三郎が声をそろえて高笑いするのを見て、阿部はまゆひそめ、万太郎に耳打ちした。

「バカバカしい…まったく、イカレた兄弟にはさまれて師匠も大変ですな」

これには万太郎もしぶしぶ同意する他なかった。

「…我が兄弟ながら気色キショク悪いのう」


「ささ、兄上、続きをお聞かせください」

千三郎がうながすと、三十郎はさらに続けた。

「ウム。で、だ。私はこのひと月というもの、壬生浪士組という会津旗下あいづきかの部隊をつぶさに調べるため、時間を費やしてきた」

それどころか、一旦は浪士組に入りかけたものの、明石屋万吉一家とのイザコザに尻込しりごみして逃げ帰ったというのが本当だったが、もちろん、都合の悪いところには触れない。

「京都市中を見廻みまわっておる連中ですな。しかし、アレは会津おあずかりという身分で、仕官しかんを許されたわけではありませんよ?」

「だからこそ敷居しきいも低いし、入るのも容易たやすいのだ。じっくり観察してきたが、奴らはいずれ大きな仕事を成すに違いない。我らもただちに加盟し、まずは、ここを足掛かりに仕官を目指すべし」


途端とたんに阿部は身体をり返らせて、手をヒラヒラと振った。

「あー、やめとけやめとけ。ありゃ泥船ドロぶねだぜ?筆頭局長の芹沢は、酒乱のならず者だ」

しかし、三十郎は耳を貸さなかった。

「私の読みでは、いずれ次席じせきの近藤勇が隊を掌握しょうあくする。つまり、奴を落とせばいい」


「…あんたさー、さっきから何言ってんの?」

阿部としては、これ以上、バカ話に付き合って無駄な時間を浪費するのは忍びなかった。

ここに来たのは、道場の借金について相談するためなのだ。


しかし千三郎が、口出しを許さない。

「だまって聞け、不肖ふしょうの弟子。兄上、詳しくお聞かせください」

「てめえ…」

阿部は末弟をにらみつけたが、三十郎は構わず先を続けた。

「まず、私が浪士組に入り、幹部になる。ここまでは問題ないな?」

そんな風に念を押されては、阿部の性分としてどうしても黙っていられない。

「ハア!?なんで?ナニがどうしてそうなんの?いくらなんでも、間を端折はしょりすぎだろ!」

しかし阿部の質疑は、すぐさま千三郎に却下きゃっかされた。

「余計な口を挟むな。兄上ほどの剣士が加盟かめいすれば、それくらいの待遇たいぐうは当たり前だ」

「次に、この南堀江の道場を、浪士組に支局として提供し、万太郎が、責任者に納まる」

「ほうほう」

「さらに、由緒ゆいしょ正しき我が家名をエサに、千三郎を近藤家の養子に送り込む」

阿部は、黙ってやり過ごしてこの夢物語ゆめものがたりを早く終わらせた方が得策だと思いなおしたが、万太郎がたまらず口を挟んだ

「ほりゃ、なんぼなんでもやり過ぎじゃろ」


三十郎は、突然(ひざ)くずして万太郎ににじり寄ると、ペタペタと(ほお)でまわした。

「分かってないねえ、万ちゃん。我らがのし上がるには、組織の中枢ちゅうすうまで深く根を張らねばならん。浪士組には近藤道場古参(こさん)の弟子も多いと聞くから、ここへ割って入るために縁故えんこは欠かせんのよ。血は水よりも濃いというでしょ?」


「して、兄上。その浪士組のお勤めとやら、こちらの方は如何いかほどで?」

千三郎は、親指と中指で作った輪を下手(したて)に出すと、これまでになく真剣な顔で尋ねた。

三十郎は顔色を変えてスックと立ちあがり、

節穴ふしあなだらけの床板が、ギイときしんだ。

「千三郎よ!我が谷家再興(さいこう)の目的は、大樹公たいじゅこうへの滅私奉公めっしぼうこうにこそあり!お前は大儀たいぎじゅんずる名誉と、わずかばかりの給金をハカリにかけるのか?」

問われた千三郎も、ほお紅潮こうちょうさせて立ち上がった。

「兄上、見損なわないで下さい!名声と小銭こぜに、この千三郎、ちかって、優劣ゆうれつをつける気などございません!」

二人は手を取り合った。

「よく言った、千三郎!……どちらか一つを選ぶなどおろか者のすることじゃ!さすが血は争えんのう?おほほほほほ」

「えへへへへ」


万太郎はゲンナリして、

「兄者、もうヤメい。聞くにえんわい。地位も名誉も金も、そりゃ、すべて取らぬたぬき皮算用かわざんようじゃが」


「なにを言うか。ワタシの計画には、ちゃんとした担保たんぽがあるぞ。…時に万太郎、おまえの義妹いもうとだが」

「妹?そんなもん、おりゃせんが」

急に話を振られた万太郎は、キョトンとして問い返した。


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