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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
320/404

Dirty Work Pt.3

一方。

自室を追い出された近藤勇は、母屋の縁側に座り、八木源之丞と茶飲み話を交わしていた。


「近藤はん、少しお休みにならんでよろしおすのか」

「いや、それがその、たった今、自分の部屋を追い出されましてね」

「なんやしら、皆さん忙しそうどすなあ」

近藤は出された釜炒り茶を一口含み、小さく微笑んだ。

「…そういえば、金戒光明寺で中村半次郎殿とお会いしましたよ」

源之丞は嬉しそうにおもてを輝かせた。

青蓮院の寺務じむも務める源之丞は、中川宮なかがわのみや(=青蓮院宮しょうれんいんのみや)に衛士えじとして仕える中村半次郎とも気易(きやす)かった。

「そうどすか!そりゃま、お二方ふたかたのお役目柄、顔を合わせる事があっても、おかしゅうないどすな。なかなか気立てのええお人どすやろ?」

「あまりゆっくり話せる時間はなかったのですが、華やいだ風情のある人ですね。…彼は、どういった人物ですか」

近藤は出来るだけ、さりげない風を装ってたずねた。

「あの通りの洒落者しゃれものどすさかい、とてもそんな風には見えんやろうけど、剣の方は薩摩でも指折りの達人らしいどすえ。近藤はんとも馬が合うんとちゃうかいなあ」

「ほう、して流派は?」

「薩摩は示現流が知られといやすけど、あのお方のは薬丸自顕流やくまるじげんりゅうどす」

「一度、膝を交えて語りたいものです」

「ええ、ええ。そういえば、近藤はんは刀がお好きどしたなあ。中村はんが、お腰に差したはる白柄朱鞘しろつかしゅざやは、名刀『之定のさだ』と聞いたことがおすえ」

趣味人の源之丞は刀剣にも通じている。

「ふうむ…」

その名は、近藤をもうならせた

之定のさだという刀は、刀匠和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)作の俗称で、中でも名人とうたわれた二代目兼定が打ったものを指して言う。

「あの派手ないでたちの下には、稀代きだいの剣豪“人斬り半次郎”の顔が隠されている…あの刀は、まさに中村半次郎そのものという訳ですか」

その二つ名を聞いた途端とたん、源之丞の表情がわずかに曇った。

「宮様(中川宮)は敵も多おすさかい、精鋭ぞろいの青蓮院衛士の中でも筆頭格の中村はんなら、時には“そないなこと”もありますやろ」

「かなりの使い手という噂は耳にしますが…それほどですか」

「いやいや、とはいえ私は寺に出仕しとる一介の郷士どす。実際に中村はんがカタナ抜かはるとこをの当たりにしたわけやおへん。ただ一度…」

源之丞はそこまで言って、先をためらった。

「一度、なんです?」

先を促すと、

「これは本人の口から聴いた話やおへんけど、中村様の技量のほどを、興味本位で同僚の方にお聞きしたことがおしてなあ」

なにか後ろめたい事でも打ち明けるような口ぶりである。

「そのお方の言うには、中村はんはつねから『ひと月、一人ずつ斬れば、日々剣法を学ぶに勝る』などとおっしゃってはったとか…いや、ま、これは冗談や思いますけど」

「なるほど、面白い考え方だ…」

近藤はひざに置いたこぶしを、知らず知らず握りしめているのに気づいた。




前川邸、近藤の個室に場面は戻る。


「いいよ。わかった」

一通りの経緯いきさつを聞いた沖田は、ケロリと答えた。

永倉とは対照的な反応だ。


島田魁は既に退席しており、部屋には山南、土方、沖田、斎藤の四人だけである。


「ホントに分かってんのか。おまえ?」

拍子抜(ひょうしぬ)けした土方が、念を押した。

沖田はムッとして応えた。

「分かってるよ!新兵衛に、ただ刀を渡して、腹を切れって言ってやりゃいいだけでしょ」

山南が口を挟んだ。

「田中が本当に下手人なら、それで納得もしようが、もし違ったらどうする?」

沖田を試すような口振りだ。

「ん?なにが?」

土方がため息をついて、補足した。

「つまり、刀を持った人斬り新兵衛が暴れ出したら、止められる人間など、そうは居ねえってこった。奉行所の人間が束になっても無事じゃすまんだろ」

沖田はそんなことかと呑気に笑い飛ばした。

「ハハ、お上って、ホント腰抜こしぬけしかいないんだなあ。その時はわたしがお相手つかまつりますよ。そういうことでしょ?」

「ふん。期待してるよ」

土方は沖田の虚勢(きょせい)を鼻であしらい、

山南は、そんな二人の様子を、ただ痛々し()に見つめることしかできなかった。


しかし実のところ、沖田の頭の中はまったく別の疑問に囚われていた。


-鉄蔵と名乗るイカレた浪人が屯所とんしょで暴れまわったとき、何かこの件に関わる言葉を聴いた気がする。

“おまえがこれ以上深入りする気なら、遠からず新兵衛と会うことになるだろう。”

鉄蔵、すなわち岡田以蔵は、たしか、中沢琴にそんなことを言っていた。

あの“新兵衛”とは、田中新兵衛のことではなかったのか…。

だが、中沢琴が、いったい何に“深入り”する気なのかはともかく、彼女が新兵衛に会うことはもうないだろう。

なぜなら、新兵衛はもう死ぬ運命にあるからだ。

事と次第によれば、沖田自身の刀で。


それまで三人のやり取りを無言で聞いていた斎藤が口を開いた。

「で?具体的には、どうやって奉行所にもぐり込む?」

土方が鋭い視線を返した。

「問題はそこだ。なにせ公事方くじかた(奉行所の刑事裁判部門)は、メンツにかけても新兵衛を吐かせて粟田口(処刑場)に曳きずり出すと息巻いているからな」

沖田はゲンナリした。

「じゃあどうするんです」

 

「永井様が屋敷の下働きを一人、抱き込んでる。奉行所の取調べは毎日七つどきには終わるから、八つ半を過ぎた頃に、そいつが裏門の鍵を開ける手筈てはずになってるそうだ」

「はは、まるで石川五右衛門ですね」

「明日は永井様が直々に取調べをする予定になっている。お前たちが調べの間に着き次第、永井様は、席を外して隣室りんしつ詮議所せんぎしょで待つ。その後、七つまでは誰も入ってこないし、部屋の前の見張りも人払いするよう手配して下さるそうだ。つまり、与えられた時間は長くて半刻はんとき。だが、それだけあれば充分だろう?」

沖田がニヤリと笑った。

「十分じゃなくても、仕事は終わらせろってことでしょ?」

「その通り。ただし、この計画を知っているのは上の人間だけだ。与力や同心の奴らは殺気立(さっきだ)ってる。見つかればただでは済まないし、部屋に入ってからの協力は期待できないものと思え」

「帰りは?」

「簡単なことだ。入った時と同じように人目に触れず、屋敷を出ろ」

土方は事もなげに答えた。

「これまた、ずいぶん大雑把おおざっぱな計画ですね」

「俺が考えたわけじゃねえよ」

土方は心外そうに沖田の批評を交わした。

「ですよね。土方さんなら、もっと抜け目ないもの」

「なんだ、てめえ?やりたくないなら、そう言えよ」

詰め寄る土方の胸板を、沖田は押し戻した。

「やるよ、やりますよ。一回引き受けたんだから」


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