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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
319/404

Dirty Work Pt.2

土方は出口の見えない議論に苛立いらだって、手刀しゅとうたたみをトンと叩いた。

「おい、割り切ってくれ。俺だって、このんでこんな仕事を頼んでる訳じゃない」


永倉は、ヌッと土方に額を突き付けた。

「…反吐ヘドが出るぜ、土方さんよぉ。分かってんのかい?会津が俺たちに汚れ仕事をやらせるのは、薩摩がトカゲの尻尾しっぽ切りをやるのと同じ理由だぜ?今の田中は、将来の俺たちの姿かも知れない。そうじゃないと、どうして言える?」

「ああ、分かってるさ。だが、そうはならん。俺がそうはさせん」

「ケッ!悪いが、おれは降りるぜ」


永倉のかたくなな態度に、山南が苦渋くじゅうの表情で声を絞り出した。

「…これは藩命はんめいだ」

「あいにく、おれの武士道ってヤツは少々ネジ曲がっててな。藩命はんめいだろうが君命くんめいだろうが、信条に沿わない殺しはやらねえ。あんたらや近藤さんのツラい立場も分からんではないが、そんな理由で奴らの薄汚い保身に手を貸すのはゴメンだね」


すると、斎藤一が珍しく非難めいた口調で横槍よこやりを入れた。

「ふん…今さらキレイごとか?あんたの刀は、なんだかんだと斬れない物が多すぎる」

永倉はあきれたように斎藤を見下ろし、問い返す。

「まったく、スレてやがんなあ。じゃあ、てめえは納得してんのかよ?」

「誰かがやらねばならん仕事だ」

斎藤は無表情に応えた。

「言われりゃ、誰でも斬るってか?」

「それが、この隊にとって必要とあらば、そうだ」

永倉は斎藤の胸ぐらをつかんで引き寄せた。

「息がるなよ小僧、年食ってから後悔することになんぜ?恩赦おんしゃを受けて、やっと日の当たる場所に帰ってこれたのに、なんだってまたカビ臭い日陰の世界に戻ろうとする?」

「後悔ならもうしている。だが、それがどうした?俺が浪士組に入ると言ったとき、あんたは念を押したな?それがどういう意味か分かっているのかと。これがその答えじゃないのか」

「…ちっ」

永倉は言葉を詰まらせ、立ち上がると、

「勝手にしろ!」

と捨て台詞ぜりふを吐き、部屋を出ていった。



永倉の居なくなった空間を、しばらく沈黙が支配した。


近藤は畳に後ろ手をつき、天井に息を吐いた。

「ふう。さすがに、こればかりは無理強むりじいできん。まあいい、俺が…」

そこまで言った時、土方が近藤の言葉を遮った。

「悪いが、近藤さんも外してくれ」

「なんだと?」

「聞こえただろう?ここから先は俺の領分だ。細かい差配さはいは俺が仕切る。そういう約束だったよな?」

「そりゃそうだが…しかし…」

「何度も言わせんな。出ていけ」

土方は近藤を無理やり引き立たせ、背中を押して廊下の外に追いやると、ピシャリと障子を閉めた。


「おい!」

近藤は声を荒げ、障子に手をかけたが、ふと思い止まり、考えを改めた。

決して納得したわけではなかったが、隊士の前では土方や山南の立場を尊重しなければならない。


土方は障子に映る近藤の影が立ち去るのを見送りながら、

「斎藤、おまえも出て行くなら今だぜ?」

と背を向けたまま、答えを迫った。


「気遣いは無用。二言はない」


「…よし。じゃあ、総司を呼んでくる」


山南敬介がハッとしたように顔を上げた。

「土方さん、それは…」

眼の合った土方が、口元を引き結び、少し悲しげな顔で小さく首を振って見せる。

この先、沖田だけを特別扱いすることはできない。

おそらく、そういう意味で、少なくとも山南は、そう解釈した。

「…いや、何でもない」

言葉をにごした山南の眉間みけんには、苦悶くもんのしわが刻まれていた。


しかし、二人の間に交わされた無言のやり取りは、斎藤にも伝わっていた。

「…いいのか?」

彼はどちらにともなく、念を押した。

「…なにが?」

土方が何事もなかったように問い返す。


「いや、あんた達がいいなら、いいんだ」

斎藤は目を伏せて応えた。



さて、そのころ。

八木家の女中(ゆう)が、ハタキを手に掃除姿で離れに現れた。

「よおし!」

タスキ掛けをして、毎朝恒例の気合を入れ、勢いよく六畳間の障子を開けると、

そこには隊士たちが折り重なるようにして眠っていた。


「な、なんやこれ?」

出鼻をくじかれ、戸惑っていると、その中から沖田総司の声がした。

「…まぶしいってば…」

「え!ごめん。寝てたんや」

「みんな、さっき布団に入ったとこなんだからさぁ…」


祐は、昨日の捕り物が朝まで及んだことを初めて知った。

「ハッハ、お勤めご苦労さんやなあ」

何度も浪士組への入隊を断られている祐は、ざまあみろと意地悪く笑った。

「ふん!」

沖田は寝返りを打って、布団を頭からかぶった。

祐はしゃがんで、沖田にだけ聞こえる声で尋ねた。

「ほんなら、例の人斬りは捕まえたん?」

「奉行所に引き渡したよ」

「え!浪士組が捕まえたんかいな」

「芹沢さんがね」

布団が答えた。

「な~んや、えんなあ、あんたら。そこでええとこ見せな」

「うるさい!ほっとけ!もう眠いんだから、あっち行けよ」


「はいはい。せっかく掃除しよおもたのに…ん?」

祐は途中で言葉を切り、耳を澄ませた。

「土方さんが呼んでるんと違う?」


「ウソだろ…勘弁してよ」

沖田は布団の中で頭を抱えて縮こまった。


「そーじ!そーじ!」

確かに、誰もいない廊下を土方が怒鳴どなりながら近づいてくる音が聞こえる。

「宗次郎!」

最後のは、沖田の幼名ようみょうである。


「ニャア」

庭の低木の陰で涼んでいた子猫のクロが姿を現し、濡れ縁にピョンと飛び乗ってきて、土方を見上げた。

どうやら中沢琴は、本当にその名前で猫を呼んでいたらしい。


「お前じゃない。沖田はどこだ」

土方はクロを睥睨へいげいし、隊士たちに接するときと同じ口調で問いただした。

すると、クロの後ろから沖田がのっそり姿を現した。

「ダレ相手に威張イバってるんです?だいたい、それ、わたしの猫じゃないし」


土方は、とがめるような目つきで沖田の全身をめ回した。

「なんだぁ?そのだらしないザンバラ髪は?」

「あのねえ、寝てたんですよ!今朝帰ってきたんだから当たり前でしょ!」

「そうか。じゃあ起きろ」

沖田はため息をついて、反論をあきらめた。

「はいはい、なに?何の話?」

「こんなところで立ち話するような用件じゃない」

土方は強引に沖田の手を掴んだ。

「わ!引っ張んなよ!」



「お気の毒さま」

祐は引きずられていく沖田を見送りながら苦笑した。


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