Dirty Work Pt.2
土方は出口の見えない議論に苛立って、手刀で畳をトンと叩いた。
「おい、割り切ってくれ。俺だって、好き好んでこんな仕事を頼んでる訳じゃない」
永倉は、ヌッと土方に額を突き付けた。
「…反吐が出るぜ、土方さんよぉ。分かってんのかい?会津が俺たちに汚れ仕事をやらせるのは、薩摩がトカゲの尻尾切りをやるのと同じ理由だぜ?今の田中は、将来の俺たちの姿かも知れない。そうじゃないと、どうして言える?」
「ああ、分かってるさ。だが、そうはならん。俺がそうはさせん」
「ケッ!悪いが、おれは降りるぜ」
永倉の頑なな態度に、山南が苦渋の表情で声を絞り出した。
「…これは藩命だ」
「あいにく、おれの武士道ってヤツは少々ネジ曲がっててな。藩命だろうが君命だろうが、信条に沿わない殺しはやらねえ。あんたらや近藤さんのツラい立場も分からんではないが、そんな理由で奴らの薄汚い保身に手を貸すのはゴメンだね」
すると、斎藤一が珍しく非難めいた口調で横槍を入れた。
「ふん…今さらキレイごとか?あんたの刀は、なんだかんだと斬れない物が多すぎる」
永倉はあきれたように斎藤を見下ろし、問い返す。
「まったく、スレてやがんなあ。じゃあ、てめえは納得してんのかよ?」
「誰かがやらねばならん仕事だ」
斎藤は無表情に応えた。
「言われりゃ、誰でも斬るってか?」
「それが、この隊にとって必要とあらば、そうだ」
永倉は斎藤の胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「息がるなよ小僧、年食ってから後悔することになんぜ?恩赦を受けて、やっと日の当たる場所に帰ってこれたのに、なんだってまたカビ臭い日陰の世界に戻ろうとする?」
「後悔ならもうしている。だが、それがどうした?俺が浪士組に入ると言ったとき、あんたは念を押したな?それがどういう意味か分かっているのかと。これがその答えじゃないのか」
「…ちっ」
永倉は言葉を詰まらせ、立ち上がると、
「勝手にしろ!」
と捨て台詞を吐き、部屋を出ていった。
永倉の居なくなった空間を、しばらく沈黙が支配した。
近藤は畳に後ろ手をつき、天井に息を吐いた。
「ふう。さすがに、こればかりは無理強いできん。まあいい、俺が…」
そこまで言った時、土方が近藤の言葉を遮った。
「悪いが、近藤さんも外してくれ」
「なんだと?」
「聞こえただろう?ここから先は俺の領分だ。細かい差配は俺が仕切る。そういう約束だったよな?」
「そりゃそうだが…しかし…」
「何度も言わせんな。出ていけ」
土方は近藤を無理やり引き立たせ、背中を押して廊下の外に追いやると、ピシャリと障子を閉めた。
「おい!」
近藤は声を荒げ、障子に手をかけたが、ふと思い止まり、考えを改めた。
決して納得したわけではなかったが、隊士の前では土方や山南の立場を尊重しなければならない。
土方は障子に映る近藤の影が立ち去るのを見送りながら、
「斎藤、おまえも出て行くなら今だぜ?」
と背を向けたまま、答えを迫った。
「気遣いは無用。二言はない」
「…よし。じゃあ、総司を呼んでくる」
山南敬介がハッとしたように顔を上げた。
「土方さん、それは…」
眼の合った土方が、口元を引き結び、少し悲しげな顔で小さく首を振って見せる。
この先、沖田だけを特別扱いすることはできない。
おそらく、そういう意味で、少なくとも山南は、そう解釈した。
「…いや、何でもない」
言葉を濁した山南の眉間には、苦悶のしわが刻まれていた。
しかし、二人の間に交わされた無言のやり取りは、斎藤にも伝わっていた。
「…いいのか?」
彼はどちらにともなく、念を押した。
「…なにが?」
土方が何事もなかったように問い返す。
「いや、あんた達がいいなら、いいんだ」
斎藤は目を伏せて応えた。
さて、そのころ。
八木家の女中祐が、ハタキを手に掃除姿で離れに現れた。
「よおし!」
襷掛けをして、毎朝恒例の気合を入れ、勢いよく六畳間の障子を開けると、
そこには隊士たちが折り重なるようにして眠っていた。
「な、なんやこれ?」
出鼻をくじかれ、戸惑っていると、その中から沖田総司の声がした。
「…まぶしいってば…」
「え!ごめん。寝てたんや」
「みんな、さっき布団に入ったとこなんだからさぁ…」
祐は、昨日の捕り物が朝まで及んだことを初めて知った。
「ハッハ、お勤めご苦労さんやなあ」
何度も浪士組への入隊を断られている祐は、ざまあみろと意地悪く笑った。
「ふん!」
沖田は寝返りを打って、布団を頭からかぶった。
祐はしゃがんで、沖田にだけ聞こえる声で尋ねた。
「ほんなら、例の人斬りは捕まえたん?」
「奉行所に引き渡したよ」
「え!浪士組が捕まえたんかいな」
「芹沢さんがね」
布団が答えた。
「な~んや、冴えんなあ、あんたら。そこでええとこ見せな」
「うるさい!ほっとけ!もう眠いんだから、あっち行けよ」
「はいはい。せっかく掃除しよ思たのに…ん?」
祐は途中で言葉を切り、耳を澄ませた。
「土方さんが呼んでるんと違う?」
「ウソだろ…勘弁してよ」
沖田は布団の中で頭を抱えて縮こまった。
「そーじ!そーじ!」
確かに、誰もいない廊下を土方が怒鳴りながら近づいてくる音が聞こえる。
「宗次郎!」
最後のは、沖田の幼名である。
「ニャア」
庭の低木の陰で涼んでいた子猫のクロが姿を現し、濡れ縁にピョンと飛び乗ってきて、土方を見上げた。
どうやら中沢琴は、本当にその名前で猫を呼んでいたらしい。
「お前じゃない。沖田はどこだ」
土方はクロを睥睨し、隊士たちに接するときと同じ口調で問い質した。
すると、クロの後ろから沖田がのっそり姿を現した。
「ダレ相手に威張ってるんです?だいたい、それ、わたしの猫じゃないし」
土方は、咎めるような目つきで沖田の全身を睨め回した。
「なんだぁ?そのだらしないザンバラ髪は?」
「あのねえ、寝てたんですよ!今朝帰ってきたんだから当たり前でしょ!」
「そうか。じゃあ起きろ」
沖田はため息をついて、反論をあきらめた。
「はいはい、なに?何の話?」
「こんなところで立ち話するような用件じゃない」
土方は強引に沖田の手を掴んだ。
「わ!引っ張んなよ!」
「お気の毒さま」
祐は引きずられていく沖田を見送りながら苦笑した。




