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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
317/404

極秘任務 其之参

中村としては、会津勢の仲間割れに飽き飽きしながらも、立場上止めざるをえない。

「広沢様、どうか抑えてください」

土方はその言葉に便乗びんじょうして、更に追い討ちをかける。

「そうさ。雄藩ゆうはん雁首がんくびそろえて、自分たちの手を汚したくないから、俺たちに闇討やみうちちをやれという。礼を欠いているのはどっちかね?」


広沢は顔を赤らめて、また畳をたたいた。

「近藤、この男を黙らせろ!」


周囲の客が何事かと振り返り、ザワつき始めた。


「もういい、トシ。わかった」

近藤がなだめると、土方は舌打ちしてそっぽを向いた。

しかし、今度は入れ代わるように山南が腰を浮かせる。

「だが近藤さん!土方さんのいうことは道理ではありませんか…!」

広沢は閉口した。

近藤はその抗議も手でさえぎって、広沢に向き直る。

「山南さんも少し黙ってくれ。すみません、どうも気の短い連中で」


しばらくの間、近藤は眼を閉じて黙考もっこうした。


そして、

「…わかりました」

と短く答えた。

「では?」

「お受けしましょう。田中新兵衛殿にはいさぎよ自決じけつしていただきます」

「おお、ありがたい」

広沢と中村は、声をそろえた。


近藤は不機嫌な顔のまま、パタリとハシを置き、

祝着しゅうちゃくにござるが、私は少々胸焼むねやけいたしました。申し訳ありませんが、これにて失礼いたします」

と素っ気なく中座ちゅうざびた。

続いて山南と土方も席を立ち、同じように辞去じきょを告げた。



三人が出ていくと、広沢はため息をついて、中村に頭を下げた。

「ご不快(ふかい)な思いをさせて申し訳ない。まったく、アレは扱いづらい男ですが…」

「彼は、あの調子で鵜殿うどの様の命に逆らってまで京に残ることを選んだのでしょう?だからこそ信用できる。違いますか?」

中村には人を見る目がある。

広沢は苦笑した。

「そのとおりです。近藤は、アレで実にいい男なんですよ」



店を後にした近藤は、一刻も早くここから離れたい心持ちだったが、

「待ってください!」

と背後から中村半次郎が追ってくる声を聴いて、大きくため息をついた。


振り返ると、小走りに駆けてくる中村の手には、筒状に巻いた大きな紙が握られている。

「これは、永井様より借り受けた東町奉行所の絵図面です」

中村は小さく息を切らしながら、それを差し出した。

「なるほど、かたじけない。しかとおあずかりします」

近藤は絵図面の先端をつかんだが、中村は手を放そうとしなかった。

「近藤先生、お腹立ちはごもっともながら、一つだけ忠告させてください」

「前置きは結構。手短かに願います」


中村は、一瞬、土方と山南にチラと目をやった。

「隊士たちはともかく、あなたは知っておいたほうがいい。この都が、いかに虚飾きょしょくに満ちた世界であるのか」

近藤はしばらくの間、じっと中村の眼を見つめた。

「…ご忠告はそれだけでしょうか?なら、ここ数日でずいぶん勉強しましたよ。その虚飾きょしょくの下にある現実ってやつをね」

「ええ。あんなお願いした後で、なんと厚顔無恥こうがんむちな男だとそしられるのは承知です。…しかし、これは貴方あなたへの好意からの助言だと思ってください」

「…ありがとうございます。それでは、急ぎますので」

素っ気なく話を切り上げると、中村はようやく手を離し、深々とこうべを垂れた。

「…新兵衛の件、何卒なにとぞよろしく…」



そして、帰路。

「なんだあ、今の?まったくムカつく野郎だぜ」

土方が後ろを振り返りながら毒づいた。

黙ってはいるが、山南もやはり同じ気持ちで、怒りも手伝ってか早足になっている。


近藤は、手にした絵図面を見つめた。

「だが、さっき、頭を下げたとき…」

「え?」

近藤が何か言いかけて言葉を切ったので、山南は聴き返した。

「いや…奴が泣いているように見えたんだが、気のせいかもしれん」

土方はまだ怒りが収まらない。

「そんなワケあるかよ。まったくあのニヤケづらを見てると、飯も不味マズくなるぜ。なあ?」

「おまえがメシの食い方にあれこれ口を出すから、味なんか分かんなかったよ!」

「気になるんだよ!ああいうのは許せねえんだ!」

「まったく…」

二人はモヤモヤを発散するように怒鳴どなり合い、そして同時に口をつぐんだ。

閑散かんさんとした祇園ぎおんの町に響くカラスの鳴き声が、余計に気分を落ち込ませた。



それからしばらくの間、三人はそれぞれの考えにふけるように無言で歩みを進めていたが、四条大橋を渡り切ったとき、近藤が口を開いた。

「どう見る?」

「どうって?」

間髪かんぱつ入れず返したのは、土方も同じことを考えていたからだった。

「まさか、広沢様の話を額面がくめん通りに受け取った訳じゃあるまい。なんだって薩摩は、こうまでして奴を消したがる?」

先走って公卿くぎょうを殺した田中の動機と言い、どうもはっきりしないことが多い。

「薩人が攘夷過激派じょういかげきはと通じている。それだけで、ご公儀こうぎに寺田屋の一件を想起そうきさせるには充分だ。この件をもみ消すには、結局田中新兵衛の口をふうじるのが一番手っ取り早いんだろ」

少々乱暴な意見ではあったが、山南も同意見だった。

彼には珍しく、辛辣しんらつな言葉が飛び出す。

「奉行所にいる新兵衛の口から、どんな名前が飛び出すのか。あるいは、彼らにもおおかた予想がついているのかも知れない。今さら、誠忠組の亡霊ぼうれいに化けて出られては、寺田屋事件を闇にほうむった甲斐かいがない、そんなところでしょう」



しかし、近藤にはどうしてもに落ちないことがあった。

「だとしても、そのことと会津藩がどう(つな)がる?俺はさっき、しめを食いながら左之助の言葉を思い出してた。奴は広沢様を信用し過ぎんなって言ったんだ。腹を割ってるように見えても、ちゃんと俺らにしゃべっていい言葉を選んでるってな。そもそも、この件で会津が薩摩に手を貸して、何の得がある?」

なかんずく、そのくわだてに易々(やすやす)加担かたんする会津の真意が、近藤にはせなかった。

これには、土方も同意せざるを得ない。

「左之助にしちゃえた意見だぜ。確かに俺もそこがずっと引っかかってた。しかし今んとこ、手持ちのふだだけじゃなんとも…正直、まだ分からんね」

「では必要なことを調べろ」

土方がようやく笑みを見せた。

「おっと、局長さんは人使いが荒いな?」

「当たり前だろう。お前と山南さんはその為にいるんだ」

「ごもっとも」

山南が思慮深しりょぶかげにあごをさすり、補足した。

「田中新兵衛の身上しんじょうについては、すでに島田さんが当たっています。だが、先ほどの中村半次郎の言葉を思い出してください。人斬り新兵衛は、他にも何かしゃべられては不味マズいことを知っているのかもしれません。あるいは会津にとっても不都合な何かを」

「だとしたら?」

「だとしたら、あまり深入りすると、我々が知ってはならないことまで掘り起こしてしまうかも…」

王都のやみは深い。

「構わん。理由も分からず人を斬れるか。俺は会津の走狗そうくに成り下がる気はない」

近藤は断固として言い放った。



しかし一連の出来事の裏には、近藤達には知る(よし)もない、大きな歴史のうねりがあった。

秘密裡ひみつりに進められている薩摩と会津の契約、

(のち)の世にいう、薩会同盟さっかいどうめいである。


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