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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
316/404

極秘任務 其之弐

「つまりだ。久光公ひさみつこうみずからの意思で藩内の反動分子はんどうぶんしを処断されるのと、会津に捕らえられた薩摩藩士がご公儀こうぎに首を切られるのでは、まるで意味が違ってくるということだ」

会津藩上層部は、雄藩ゆうはんとの間に波風なみかぜが立つのを嫌っている。

どうやら広沢ら公用方こうようがた一同は、現場での短慮たんりょについて、容保からこっぴどくおしかりを受けたらしい。

中村半次郎が説明を付け加える。

「ましてや、今回(なん)われた姉小路卿は、今後、公武合体こうぶがったい派の強力な後ろ盾(うしろだて)となられたかも知れぬお方です」

山南は納得しかねるという風に小さく首を振った。

「この際、姉小路の変節(それ)は、さしたる問題じゃないのでは?なぜなら、あれが新兵衛殿の先走さきばしった結果だとしても、彼一人であんな大それた計画をくわだてられる訳がない。薩摩藩としては、その共謀者きょうぼうしゃとのつながりが明るみに出るだけで、十分不利益(ふりえき)こうむるはずだ」

土方が含み笑いを漏らす。

「なるほど。調書が表沙汰おもてざたになれば、薩摩とご公儀こうぎの関係にもヒビが入りかねない。繊細せんさいな問題とやらの扱いにはれておられるはずの外島としま様としたことが、そこに気が回らなかったのは失態しったいですな」

「腹が立つのも分かるけんじょ、二人してそう突っかからないでけろ。と言って、あの時、罪人ざいにんの身柄を他の何処どこに持って行きようがあった?今回の取調べが会津の手に余るのは事実だし、あの場では坊城ぼうじょう様の意向いこうを無視できねえべ?」

広沢の口ぶりは、まるで上役うわやくに対する言い訳だった。



山南がふと何かを思いついたようにおもてを上げた。

東町奉行ひがしまちぶぎょう永井尚志ながい なおゆき様は、まだ就任しゅうにんされて日も浅く、もとは幕府の重職じゅうしょく歴任れきにんされたお方です。正直に事情を話せば、大局的たいきょくてきな見地から裁断さいだんを下して頂けるのでは?」

広沢はうなだれて、ため息をついた。

「ああ。実のところ、コト次第しだいは、昨夜のうちに薩摩の家老かろう小松殿からご説明申し上げてある。永井様には、今の複雑な状況をんで頂けたと信じているが…ただ、取り調べには、頭に血の昇った与力よりき同心どうしんも同席しているのだ。建前たてまえ上、永井様と言えど、すじの通らぬ口出しは出来ね」


近藤は眉根まゆねを寄せた

「分かりますが、我らではなおの事、口をはさ余地よちなどないのでは?」

「確かに。京都守護職きょうとしゅごしょくとしても、他の天誅てんちゅう事件について、余罪よざいの聴き取りをしたいと申し入れたが、剣もホロロでな…もはや、正攻法せいこうほうは通じん。おめには、わば苦肉くにくの計をやってもらいたい」


重い沈黙が流れた。


「なるほど。田中新兵衛が生きていては、みなが困ると言うわけか」

土方が身もふたもなく意訳すると、近藤は色をして、畳にてのひらを叩きつけた。

「ちょっと待ってください!俺たちにヤクザの鉄砲玉てっぽうだまみたいな真似マネをやれと?奉行所に押し込んで、座敷牢ざしきろうにいる新兵衛を始末しろって言うんですか?」


広沢は押しとどめるように両手を拡げた。

「そっだ、結論を急ぐもんでね」

中村も同調して、

「もちろん、穏便おんびんにことが済めば、それに越したことはないと思っています」

と近藤をなだめた。


土方はムッとして、荒っぽく中村にハシの先を突き付けた。

「『こしたことはない』?遠回しな言い方はよせよ。俺たちに何をやらせたい?」


広沢はジロリと土方をにらみつけ、また咳払せきばらいをひとつ入れると、を決して話し始めた。

「奉行所への出入りは、永井様が都合をつけて下さる」


普段の土方は、秋月や広沢らに従順じゅうじゅんであったし、少なくともそう見せようと努力していたが、今日ばかりはおだやかではいられなかった。

「おやおや、心強いね。奉行所もグルときている」

近藤は、土方の挑発的な態度を眼で制して、先をうながした。

「それから?」

手筈てはずでは永井様が取り調べの間、人払ひとばらいをする。そこで、奴に差料さしりょう(刀)を渡してやってくれ。 久光公ひさみつこうからのおなさけでいさぎよ自刃じじんしろといえば、奴も観念かんねんするだろう…」


それから広沢は、なおも細々(こまごま)と段取りの説明をつけ加えた。

話が一通り終わったところで、中村が改めて頭を下げた。

「どのみち、お白洲しらすに出れば田中は打ち首です。せめて彼に、武士らしい最後をげさせてやって下さい」


「ずいぶんと都合のいい恩情おんじょうですね」

近藤が吐き捨てるように言った。

「近藤、口が過ぎるべ」

広沢の叱責しっせきにも、近藤は無言のまま、むっつりと腕組うでぐみを解かない。

だが、彼が自らの武士道を汚されたように感じるのも無理はなかった。


この険悪けんあくな雰囲気を、何とかやわらげようと中村が取り成した。

「広沢様、いいのです。無理難題むりなんだいを押し付けているのは重々承知ですから。近藤さん、我らも田中新兵衛の捕縛ほばくについては、奉行所に抗議こうぎして、正式に身柄みがらの引渡しを申し入れましたが、とりつくしまもない有様ありさまだ。なにせ武家伝送ぶけでんそうから直々のおたっしとあれば、奉行所も簡単には首をたてに振りません。薩摩としては表向き新兵衛の関与を否定したものの、実際のところ真相はわからない。結局、引き下がらざるを得なかったのです。ご理解いただけると思うが、もし新兵衛が口を割れば、我が藩は非常に不味マズい立場に立たされるかもしれない」

中村は、タブーをはっきりと口に出すことで、懐襟きんかい(ひら)く意思を示した。


しかし、それも駆け引きの一部にちがいない。

山南敬介は、その巧妙こうみょう手管てくだに、さらに警戒心けいかいしんを強めた。

穿うがった見方みかたをすれば、あなた方は、長州、あるいは土佐の武市半平太辺りにハメられたのかもしれませんな」

あえてこの話に乗ってみせて、裏を探る。

中村も、山南の鋭い洞察どうさつ内心舌ないしんしたを巻いたが、表情には出さない。

「ええ、あるいは。だとしても、我々が帯刀たいとうして奉行所にズカズカ乗り込んで行く訳にもいかない。ここは恥をしのんで、会津殿におすがり申し上げるしかなかったのです」

「背に腹は代えられん…そういうことですか」


腹の探り合いにウンザリした近藤が話を引き戻す。

「しかし、その刀で奴が歯向はむかってきたら如何いかがします。相手は人斬りと恐れられた名うての剣客けんかくですよ?」

「したがら!腕利うでききのそろった浪士組に、この件を頼んでいるのでねが」

つまり、これは超法規的措置ちょうほうきてきそちの命令に他ならなかった。

広沢は、なんとか近藤の自尊心じそんしんをくすぐろうと言葉を選んだが、彼もそう簡単には乗ってこない。

光栄こうえいいたりですな」

憮然ぶぜんと応え、はんぺんを口に放り込んだ。

広沢は苦々(にがにが)しい顔で先を続けた。

「あとのことは、永井様が処理してくださる。ただし、与力よりき同心どうしん連中は別だ。やつらは同僚や上司を殺されたうらみに燃えている。おめらの目的を知れば、全力で阻止そししようとするだろう」


「今のままなら、新兵衛は放っておいてもクタバるってのに…奴の首をしばナワ綱引つなひきとはな。つくづくむくわれん死に方だぜ」

土方がまた辛辣しんらつな調子で皮肉ひにくったが、その眼はどこか悲しげな光を帯びていた。

とうとう堪忍袋かんにんぶくろの緒を切らした広沢が、畳にドンと拳を打ちつけた。

(やがま)す!おめら、いい加減にしねが!礼を失するにも…」


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