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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
311/404

青蓮院の人斬り 其之弐

「バカな。そんなことが許されていいわけないでしょう!」

近藤の反発に、中村半次郎は苦笑を浮かべながら首を横に振った。

「…やれやれ初心うぶなことですな。しかし、悲しいかな、それが現実です」

近藤は、「そうなのか」と問い詰めるような目で、芹沢を振り返った。

芹沢は無言のまま、珍しく気不味きまずそうにうなずいた。

「…では芹沢さんも知ってたんですか?知っていて…」

「ああ。だが、それを知ったところで、何が変わる?それにな、今回に限っては事情が違う。少なくとも大樹公たいじゅこうを都に留め置きたいという点においては、奴らも同意見のはずだ」

だが、そう言った芹沢自身、自分たち幕府方ばくふがたの提出した案件が、まともに取り扱われることなど期待していなかった。


自称勤王家じしょうきんのうかの彼からすれば、学習院に宛てた上申書じょうしんしょは、みかどへの筋を通すという儀礼的ぎれいてきな意味合いを持つにすぎない。


しかし近藤には、その理屈すら言い訳がましく聞こえた。

「それでは我々は、まるで道化どうけだ!」


中村は二人のやり取りを見つつ、謎めいた微笑ほほえみを浮かべた。

「近藤先生、少々学問をかじったところで、私も貴方あなた所詮しょせんは武人だ。宮中きゅうちゅうでは口八丁くちはっちょうの長州にかなわない」

さとす中村に、近藤はとげのある口調で切り返した。

「我々は連中のてのひらで転がされるほかないと?なぐさめにもならん!」

「そう悲観したものでもありませんよ。首を落としてしまえば、奴らとて口はけん」


中村がさらりと吐いた台詞せりふに、芹沢と近藤は一瞬ギクリとした。


「お時間もないでしょうから、これにて失礼します。お話が出来て良かった」

二人が二の句も継げずにいるうち、中村は話を切り上げた。

「中村さん…!」

「ではまた、後ほど」

近藤は、その意図を問いただそうとしたが、機先きせんを制するように中村は背を向けてしまった。


芹沢が込み上げてくる笑いをみ殺すようにつぶやいた。

「ふん、なかなか面白い野郎だ」


去ってゆく中村を見送りながら、近藤はやり場のない怒りを吐き出した。

「なにが尊王攘夷そんのうじょういだ!クソったれ!」

山南が少し意外そうに近藤の顔を眺めた。

「どうしたんです。珍しく感情的になっている」

「あんな話を聞かされて、冷静でいられるか!」

毒づく近藤の肩に土方歳三が手を置いた。

「奴や芹沢さんに当たっても仕方あるまい。しかし…確かに。あのニヤケづらは気に食わねえな」

近藤はまるで中村半次郎をにらみつけるような目で振り向き、

そして、数秒のあいだ、土方をじっと見つめた。

「フン…奴は、どこかお前と雰囲気が似てやがる。そう思わないか」

「あのキザ野郎とかい?ハ、よしてくれ」

「…俺はな、情けない話だが、奴が敵じゃなくてよかったと、いま心底しんそこそう思ってるぜ」

そう言って、もう一度中村をかえりみる近藤に、山南が問いかけた。

「達人は達人を知る、というやつですか?」

「そんなんじゃねえ。なんつーか、底が知れねえ野郎だ」

貴方あなたは言葉とは裏腹うらはらに、彼を敵だと断じている。なぜです?」

「何となく気に食わんだけさ」

「それだけ?まさかそんな直感をり所に彼を疑うんですか?」

納得のいかない様子の山南に、土方が笑みを漏らす。

「ま、気を許すなってこった。こういう時のかっちゃんのかん大抵たいてい当たる。どういう訳だかな」


近藤はようやく気が済んだのか、きびすを返した。

「あれは人を斬ったことのある眼だ。斎藤、間違ってもあんな野郎とコトを構えんじゃねえぞ。命がいくつあっても足らん」

無意識に、町道場のあるじ伝法でんぽうな口調に戻っている。

これだけの手練てだれそろえ、自身も一代の名人とうたわれた近藤勇をして、かくも恐れさせたというだけで中村半次郎の腕前うでまえのほどが知れようというものだった。


釘を刺された斎藤は、切れ長の目を閉じて、静かに応えた。

「覚えておきましょう…しかし、人斬り新兵衛の方は、そういう訳にもいかんでしょうな」


なにしろ、これから隠れ家に踏み込んで刀を持った新兵衛と対峙たいじしなければならないのだ。

大人しく縄目なわめの恥を受けるとは考えにくい。


「だな」

うなずいた近藤の顔は、浪士組の局長に戻っていた。


土方の口から、思わず愚痴グチがこぼれる。

「かったりいな。会津の連中、都合のいい時だけコキ使いやがって。これから壬生に帰って、そなえをして、また六角堂まで引き返せってかよ?」

「しかし、お前はこういうのを待ってたんだろ?」

ようやく近藤が例の魅力的な笑窪えくぼを見せると、今度は土方が神妙しんみょうな面持ちで親指の爪をんだ。

「どうだか…俺が期待してるような展開になりゃいいがな」


「急ごう」

芹沢の号令で、一行は足早あしばや屯所とんしょへと歩き出した。


ただひとり、山南敬介だけが立ち止まったまま、小さくなってゆく中村の背中を見送っていた。

「また後ほど…か」

中村の最後の挨拶あいさつが、彼の耳にはまだ残っていた。


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