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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
凶刃之章
308/404

デリケートな問題 其之弐

芹沢と近藤は顔を見合わせた。

「こんな時間になんだ?」

「姉小路卿の件で何か進展があったんでしょうか?」

気の早い土方は、すでに黒谷の方角へ向かって歩き始めている。

「ちょうどいいじゃないか。さっさと行こうぜ」


「例の刺客絡しかくがらみの話なら、私も同行します」

斎藤が自ら近藤に申し出た。

「なんで?」

「あなた方より、多少は奴らの手口に通じている」

芹沢が、お気に入りの大鉄扇(だいてっせん)で肩を叩きながら口元をゆがめた。

「は、心強こころづよいね」



二条城から京都守護職きょうとしゅごしょく本陣(ほんじん)を敷く金戒光明寺までは、徒歩で半刻はんとき(1時間)足らずの距離である。

芹沢、近藤、土方、山南、そして斎藤の五人は、そのまま本陣へ向かった。


「こちらです」

歯並びの悪い厩番うまやばんの案内で、浪士組一行が大方丈の一室に通されると、すでに会津藩の面々が物々しく顔をそろえていた。


公用方こうようがた松坂三内まつざかさない、広沢富次郎、その隣には物頭ものがしら安藤九左衛門あんどうきゅうざえもんが座っている。


その他に、もう一人、薄紫の羽二重(はぶたえ)を羽織った見慣れない男が同席していた。


顔ぶれを見る限り、何かまた厄介やっかいな事案が持ち上がったらしい。

近藤もそれを察して、神妙しんみょう面持おももちで着座ちゃくざした。

「遅くなりました」


上座には主催者(しゅさいしゃ)であり議長でもある公用人こうようにん外島機械兵衛としまきへえの席が用意されていたが、まだその姿は見えない。


近藤は正面に座る正体の知れない男と目が合い、黙礼もくれいを交わした。

「あれは?」

山南敬介の脇腹をつついて小声でく。

「え?」

「あの、派手な羽織(はおり)を着た目つきの鋭い…」

青蓮院宮衛士しょうれんいんぐうえじ、中村半次郎です」

答えたのは山南ではなく斎藤一だった。

「顔見知りか?」

近藤は正面を向いたまま(たず)ねた。

「以前、青蓮院宮しょうれんいんぐうそばで一度会った事があります。気になったので少し調べました」

なるほど、斎藤が気になるのも無理はないと近藤は思った。

まだ若く、派手な羽織のせいで一見遊び人風だが、それでいて、男の居住まいには、一廉ひとかど剣豪けんごうたるおもむきがある。

青蓮院宮衛士しょうれんいんぐうえじ?」

山南はその寺院の名に何か思い当ることがあるように繰り返し、土方と目を見合せた。

青蓮院宮しょうれんいんぐうといやあ、八木さんの勤め先だよな?」

土方の言葉に、斎藤がうなずく。

「しかし寺院の守衛は建前たてまえで、詰まるところ、薩摩が尊融法親王そんゆうほうしんのう(先の青蓮院宮しょうれんいんのみや、後の中川宮なかがわのみや)の身辺警備しんぺんけいびに貸し出している部隊です。中でもあの男はかなりの使い手らしい」

当時の公家は、それぞれが金蔓かねづるの大名をバックにつけており、薩摩藩は尊融法親王そんゆうほうしんのうのいわゆるパトロンという訳だった。


「薩摩には人斬りと呼ばれる男が二人いて、一人が人斬り新兵衛、そしてもう一人が、あの男、人斬り半次郎です」


「何人殺せばそんな名前で呼んでもらえんのか、後で聞いてみようぜ」

芹沢のくだらない冗談を近藤が小声で制した。

「しっ。外島様が来られたようです」

部屋の外からドスドスと足音が近づいてきて、勢いよく(ふすま)が開けられた。


「お待たせした。急な客があって遅くなった」

外島機兵衛としまきへえは、四十絡しじゅうがらみの体格の良い男で、大股おおまた上座かみざへ向かうと、言葉とは裏腹うらはら)り返って胡坐あぐらをかいた。

陰謀いんぼう渦巻うずまく都で公用方こうようがたたばねる中間管理職の重責(じゅうせき)が、眉間(みけん)に深いしわを刻んでいる。


「来てもらったのは他でもない、姉小路卿殺害の一件だが。下手人げしゅにんが判明したそうだ」


浪士組一同は、身を乗り出した。

ある程度予想はしていたものの、その言葉は、やはり張り詰めた空気を生んだ。


「して、何者です?」

全員を代表して、芹沢が(たず)ねた。

武家伝奏ぶけでんそう大納言だいなごん坊城俊克ぼうじょうよしかつ様からのつかいによれば、ぞくの名は、薩摩藩士、田中新兵衛」

武家伝奏ぶけでんそうとは、幕府が天皇に具申ぐしんした意見を取り次ぎ、裁可さいかう役割の公卿くぎょうである。


「…人斬り新兵衛ですか」

近藤が低くつぶやいた。

たった今、斎藤一の口から出た名前である。

「フン、”ただの”新兵衛だ。そのような二つ名を得意げにひけらかすバカ者には、もう飽き飽きしている」

外島は不機嫌もあらわに、もう一人の人斬りに当てこすった。

「は。不徳ふとくの致すところで」

中村半次郎が初めて言葉を発して、平伏ひれふした。

しかし、うつむいたそのおもてに、薄笑いが張り付いているのを土方歳三は見逃さなかった。


どうやら、広沢ら会津側の出席者は、事前に聞かされていたらしく驚きは見られない。

だが、なぜここにきて、急に公家からの情報で犯人の名前が分かったのか。

そして、なぜ犯人と同じ藩の男が、この場に同席しているのか。

土方は、何か不自然なものを感じながら、探りを入れた。


「間違いないのですか?武家伝奏ぶけでんそうが彼を下手人げしゅにんと断定した根拠こんきょは?」

「姉小路卿の遭難現場そうなんげんばに落ちていた刀と、下駄ゲタだ。調べによれば、土佐の那須信吾と申す者が、この刀を田中のものであると証言している」

「恐れながら」

山南が発言の許可を求めた。

「那須と言うのは土佐勤王党とさきんのうとうの過激派、わば仲間では?彼が田中を売ったのは、どう考えれば良いのでしょう?」

山南と土方は、中沢琴の口から那須信吾の名を聞かされていた。

くだんの坂本龍馬と角屋(すみや)でお座敷を上げた土佐の脱藩浪士である。

しかし、外島にとって、そうした話の細部はどうでもいいらしい。

「仲間割れか、あるいは蜥蜴とかげ尻尾シッポ切りか…それは分からんが、那須が申すには、あの刀の持ち主については、長州・土佐、多くの藩士が証言出来るだろうということだ」

「いずれにせよ、その話の信憑性しんぴょうせいについては、どの程度(しん)の置けるものか、今一度吟味(ぎんみ)が必要と存じますが?」

食い下がる山南に、外島は明らかに気分を害した様子で、高圧的な態度に転じた。

「口出しは無用。我らとて土佐のならず者のげんを、裏取うらどりもせずに、そのまま鵜呑うのみにするほど間抜けではないわ。聴き込みによれば、竹屋町の刀屋、油小路の塗師ぬりしの二名から、最近、同じこしらえの刀を田中からあずかったと証言を得ている」


「…失礼しました」

山南は決して納得したわけではなかったが、一先ずかしこまって見せた。


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