表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
人斬之章
294/404

獲物が飛び出したぞ! 其之弐

「とにかく声をかけてみましょう」

若い野口健司は、彼らのやり取りにれて、大胆だいたんに煮売り酒屋の方へ近づいていく。


平間はその時ようやく芹沢の事を思い出して後ろを振り返った。

「芹沢さん…あれ?おい、芹沢さんはどこ行った?」



一方、岡田以蔵と田中新兵衛は、浪士組に見られているとは露知つゆしらず、物騒ぶっそう謀議ぼうぎを続けていた。


何時いつやっどかい?」

新兵衛は以蔵にたずねた。

「聞かされとらんちや。わしゃ今回外されちゅうき、詳しゅうは大仏寺の根城ねじろで聴いてつかあさい」

「ないごて?」

以蔵は如何いかにも途方とほうに暮れた様子で肩を落とした。

「姉小路卿は勝安房守かつあわのかみ懐柔かいじゅうされちゅうがやき、わしゃ仲間内で信用されとらんちや。おかげでこがいお使い役をおおせつかりゆう」

「そいが、ないごておはんがはずされる理由になっとな…」

坂本龍馬からの依頼で勝海舟の護衛役を務めた以蔵は、土佐勤王党の面々から不評ふひょうを買い、目を付けられていた。

だが、新兵衛がそこまで言ったところで、二人はほぼ同時に、五間ごけん(約9M)ほど先から近づいて来る野口健司に気づいた。

経験の浅い野口は、警戒心けいかいしんもなく、まっすぐ此方こちらを見ている。

話は中途で打ち切られた。


「おはん、つけられたな」

新兵衛がさかずきに視線を落としたままつぶやいた。

以蔵は残っていた酒を一気に飲み干して、

「おまんも早う逃げや。あいつらぁ、まっことネチっこうて、鬱陶うっとうしいき」

そう言いおき、足早あしばやにその場を離れた。



「あ!逃げやがった」

野口が叫ぶと同時に、隻眼せきがんの剣士平山五郎と佐伯又三郎が動き出す。

「クソ、土方に協力するのはしゃくだが、逃げられれば追いたくなるのが悲しいさがだな」

「いま恩を売っとくのも、悪うないでしょ」



辺りはすっかり暗くなっている。

通りには虎興行とらこうぎょうの客目当てに辻君(街娼)が立ち始め、皆から随分ずいぶん遅れて歩いていた芹沢は、千鳥足(ちどりあし)で女達を一人ずつ検分けんぶんしていた。

その中に、際立きわだった容色ようしょくの女を見つけた芹沢は、りずに声をかけた。

「よう、姉ちゃん。あんた、俺とろっかで会ったことねえか?」

明らかに酩酊(めいてい)していて、呂律(ろれつ)も回っていない。

「ありきたりな口説くどき文句ねえ」

蓮っ葉(はすっぱ)に答える女の肩に、芹沢はれしく手を回した。

「固いこと言うなよ、おまえ商売女よたかだろ」

「そうだけど、あんた肝心かんじんのおあしは持ってるんでしょうね」


しゃなりと手のひらを差し出したその女は、阿部慎蔵に殺しの仕事を斡旋あっせんし、浪士達に怪しげな薬を売りさばいていた、あの辻君つじぎみだった。


「いくらだ?言えよ。俺ぁ壬生浪士組筆頭局長みぶろうしぐみひっとうきょくちょうらぞ?金なら…あら、やべ、財布さいふはあいつらに渡してたんだっけな」

辻君つじぎみは軽くあしらうように芹沢の手を払い退けた。

「はいはい、じゃあ今度、お金のある時に、またいらしてくれるかしら?筆頭局長さん。お金さえ払えば、お望みのまま、何でもして差し上げてよ」

「おい、待てよ、つれねえなあ。よし、じゃ代わりに、これれどうら?」

芹沢はおびに付けていたユニコーンの根付ねつけを女の手に握らせた。


「こ、これ…」

辻君つじぎみは驚いた顔で、その根付ねつけを見つめた。


そこへ平間が血相けっそうを変えて戻ってきて、芹沢の肩をつかんだ。

「芹沢さん!」

「なんだよ!もうお梅にはあやまる気はねえぞ。あ、そうだ。ちょっとカネ貸してくれ。俺ぁこの女と遊んでいくからよ。お前ら、先帰れ」

「なに悠長(ゆうちょう)なことを言ってる!隊士たちが騒いでるのが聞こえんのか!あの浪人を見つけた!」

「ち、仕事熱心だねえ。俺には関係ねえ」

「関係ないわけないだろ」

平間は芹沢の後ろ(えり)をつかんで、いのししのような勢いで引っ張って行った。

「あ!やめろ、こら!てめ、なんて馬鹿バカ力だよ!」


「あ、あの、ちょっと局長さん…! 」

辻君つじぎみ根付ねつけを手にしたまま、引きられていく芹沢に数歩追いすがったが、すぐあきらめてしまった。



平山らは松原通りまで来たところで、時を同じくして因幡薬師いなばやくしに向っていた永倉新八ら見回り部隊と合流することになった。

「よお、野口さん!」

藤堂平助が向こうから人混みをかき分けてくる野口に気づいて呼び止めると、

「見つけたぞ!」

野口は彼らの顔を見るなり怒鳴どなった。

「え?誰?あぐりちゃん?」

藤堂はあわを食って頓珍漢とんちんかんな返事をした。

「バカ言え!昨日の浪人だ!連れを入れて二人!」


総髪そうはつの出っ歯は、藍染あいぞめ無地むじ。もう一人も総髪そうはつで、せて背が高い。そっちは黒の十字絣じゅうじがすりだ」

追いついてきた平山が簡潔かんけつに逃亡者の特徴とくちょうを伝えた

「二人か!屯所とんしょを襲ったのはどっちだ」

永倉が問いただす。

「出っ歯の方だ」

平山は答えて、北を指した。

「二人は同じ方向に逃げた。お前達はそこの亀山屋敷から高辻通りに回れ」

藤堂は平山の的確な指示に圧倒されて、言われた通りの方向に駆けだした。

「りょ、了解!」

永倉、原田、河合、馬詰がその後に続く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ