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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
遊里之章
276/404

禁じられた遊び 其之肆

安藤早太郎は、先ほどからの土方と芹沢のやりとりを指すように沖田へアゴをしゃくった。

「あの二人はりが合わないのかい?」

「やっぱそういう風に見えますか?実は私も少し前からそうじゃないかって気がしてたんですよ」

沖田は冗談めかして答えた。



さて、次なる候補者は屈強くっきょうな青年だった。

「村岡君」

名を呼ばれた青年が前に進み出ると、

平間は、礼をする間もなく、またもや無造作むぞうさにズカズカと歩み寄った。

青年はすでに立ち合いが始まっていることをさとり、

あわてて上段に構えた。


平間はそのまま互いの鼻先はなさきが触れるほど踏み込み、

青年は思わず引いて、同時に木太刀きだちを振り下ろした。

平間はうるさい虫を払うように、それをはじき返した。


「オッホ!彼、強いね」

安藤はわれ知らず前のめりに腕組みをした。


村岡何某(なにがし)はまともにやり合ってもかなわないと悟ったか、

今度は左目が見えない平山の死角に回り込もうと、脚さばきに腐心ふしんした。


しかし。

平山は村岡が視界から消えると同時に木太刀きだちを片手に持ち換え、

そのまま横へ振り下ろした。

大股に動き回っていた村岡は、まだ重心が定まらず、

かわす余裕もない。

鋭い風切り音とともに、

太刀筋たちすじは青年の目測もくそくをはるかに超えて伸び、

鎖骨さこつくだける嫌な音がした。


安藤は目をおおう仕草をして指の隙間すきまから様子をうかがった。

「アイター!ありゃ折れてるね。御仏みほとけの御加護のあらんことを」

「平山さんて、やなヤツだけど確かに強い」

沖田も目を見張り、安藤に同意した。


平山はまたもやとどめを刺そうと踏み出した。


いちは目をそむけ、雪が見ないように自分の背後に押しやった。


その時、藤堂平助が割って入り、平山の肩を突き飛ばした。

「おい!何の真似マネだ?始めの合図もまだだぞ!」

平山は太々(ふてぶて)しい態度でせせら笑った。

「おいおい、今から打ちますよなんて、そんな斬り合いがあんのか?」

「これは剣技をはかるための試合なんだ」

「ああ?剣技?お前に・剣技の・何がわかる?」


気の強い藤堂も引かない。

「どうせ口で言っても分かりゃしねえだろうから、オレがあんたと立ち合ってやってもいいが、そうなりゃ、此処ここにいるみなを待たせることになるし、あんたはみなの前で恥をかく羽目はめになる。つまり、誰も得しないぜ?だろ?」

「上等だ。やってみろよ」

平山の顔面に血が差し、同時に振りかぶった。


「やめろ!」

芹沢が吠えた。

「平山…そこら辺にしといてやれ」

平山はまだなにか言いたげに芹沢を見つめたが、渋々(しぶしぶ)引き下がった。

「ちっ、次を呼べ!」



安藤は例のニヤケ顔で沖田の方へ首をかしげた。

「この考試こうしは勝ち抜けなんだろ?あれじゃあ、誰もいなくなっちまうぜ」

「平山さんは、それが目的なんですよ。けど…」

安藤といちはその先を待って沖田の顔を見た。

「いや、なんでもありません。ねえ、もう行きましょう。葛切くずきおごりますよ。通し矢はまた今度だ」

沖田は雪の背にそっと手を添えて、この場から遠ざけるように門の方にうながした。


沖田の飲み込んだ言葉の続きを、残された土方が独り言のように引き取った。

「けど、くやしいかな、平山は実戦向きだ。奴に手玉てだまに取られてるようじゃ…ヤレヤレ、どのみち使いもんにゃなりそうもねえ。しかし目下もっかのところ、問題はあの女の方かもな…どうにも気に食わねえ」

何か考えにふける土方歳三の様子を、目ざとい菱屋ひしやの梅は見逃さなかった。

その視線の先を追って、去っていくいちの後姿にちらりと眼をやると、彼女はまた境内の立ち合いに視線を戻した。

「あら勿体もったいない。見とおみ、次の子はなかなかの美丈夫びじょうぶどすえ」


梅が色目を使ったその美丈夫びじょうぶが進み出た。

「加賀金沢、山野八十八やまのやそはち

屈託くったくのない笑顔と、粗削あらけずりな構えがアンバランスな印象を与える若者だ。


芹澤は気にくわない風に青白い顔をゆがめ、梅をにらんだ。

「お気に召したなら、お前のツバメにでもしてやんなよ」

梅は少し考える風に、あごの先に人差し指を当て、

「そうどすなあ。平山はんから一本取れたら考えたげましょ」

とサラリと流した。


「こりゃまたツブ甲斐がいのありそうなツラだぜ」

平山は再び上段から猛然と襲いかかった。


しかし、対する山野の動きは、先の二人とは明らかに違っていた。

みずから平山に突っ込んで行き、

ひたいを突き合わせるほど間合いを詰めて、

平山の太刀をつばで受けたのだ。


ガチリと音がした。


審判の藤堂は土方に視線を送り、ニヤリと笑った。


土方がうなずいてみせる。

「これこれ。こういう奴が欲しかったんだ」


頭に血の上った平山は、山野を力づくで突き放し、

またもや横凪よこなぎに木太刀きだちを払う。

山野は必死の形相ぎょうそうで、それを逆手に受け、

再び間合いを詰めた。


中央で力比べが続き、勝負は膠着こうちゃくした。


「野郎、なぜ平山の死角に回ろうとせん」

平山の味方であるはずの芹沢鴨が、なぜか山野のつたない戦法にれていた。

「あの坊やは、ずいぶんと向こう気がつよおすなあ」

梅も頬杖ほおづえをついて、面白くなさそうに口をとがらせた。


確かに単調で退屈な攻防が繰り返された。

何度も平山が力任せに突き放し、

山野が食らいつくように間合いを詰める。

二人のひたいに浮かぶ玉のような汗だけが、時間の経過を物語っている。


朴訥ぼくとつな山野は、どうやら死角からの攻撃をいさぎよしとせず、

苦戦しながらも、平山との真っ向勝負にこだわっていた。


「やめやめ!それまで!」

見切りをつけた土方が二人の間に割って入った。

「土方、てめえ邪魔すんじゃねえよ!」

血相を変える平山の木太刀を土方の腕がガッチリとつかんでいたが、その顔は山野へ向けられている。

「まだまだだな」

ヘトヘトになった山野は地面についた木太刀きだちに体重を預け、息を切らせながら土方を見上げた。

「え?」

「だが、平山さんに負けなかった実力は認めてやる。明日荷物をまとめてウチに来い」

「じゃ、合格ですか?」

「しばらく様子見で使ってやる。だが、その甘っちょろい性根しょうねを叩き直さねえことには、お前、長生きできねえぞ」


「またそんな憎まれ口を」

藤堂が思わず苦笑いしたが、この時の土方の予言は珍しく外れることになった。

彼、山野八十八は、この後、新選組が解体される最後の日まで、土方とともに激動の幕末を闘い抜くことになる。


平山は思いがけない土方の台詞に面映おもはゆいような、なんとも言えない表情で棒立ちしていたが、そこへ芹沢が水を差した。

「かっこわりいなぁオイ、平山。あんな若造と引き分けか?」


平山五郎は言い返す言葉もなく、山野八十八に遺恨いこんを残した。


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