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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
遊里之章
271/404

大盗賊の抜け穴 其之弐

一方、沖田ら四人は態勢たいせいを立て直し、あらためて周辺を捜索(そうさく)したが、一面に鬱蒼(うっそう)と茂る背の高い(あし)(はば)まれて、怪しい浪士たちを見失ってしまった。

「あの男たち、突然姿を現したように見えたが、何処(どこ)から出てきたんだ?」

愛次郎は最初の疑問に立ち返り、辺りを見渡した。

その近くで草むらをかき分けていたゆうが振り返った。

「愛次郎、これ」

そこには土手の斜面にポッカリと空いた大穴があった。

穴は東向きに奥へと通じており、崩落(ほうらく)を防ぐために一定の間隔で杭木こうぼくが打ち込まれている。

大人ひとりが中腰(ちゅうごし)になってようやく通れるほどの高さと幅で、ゆうの見つけた入口はスノコでふたをしたうえに枯れ草をかぶせて巧妙こうみょうに隠されていた。


「まるで坑道みたいだ」

愛次郎は奥の暗闇(くらやみ)に目を()らした。

追いついた沖田が後ろから(のぞ)き込む。

「あいつら、ここから出てきたのか?」

「ええ、多分。大獄たいごくの頃から、奴らはこういう抜け道や隠し部屋を作って、捕吏ほりの手を逃れているって話を聞いたことがあります」

上方(かみがた)出身の愛次郎は、ちまたささやかれている噂を知っていた。

事実、京都には現在でも、こうした非合法活動に利用された遺構(いこう)があちこちに残されている。


「にしても、これ程の規模の地下道を作るような金と時間が奴らにあるとは、とても思えないな」

沖田の声が、抜け穴に反響はんきょうした。

地下道は真っ直ぐ奥に伸びていて、その先には深淵しんえんの闇がある。

愛次郎は、門型に組まれた入口の柱をでた。

「確かに、この木はかなり古い。昨日今日きのうきょう出来たもんじゃなさそうだ」

原田もやってきて、気味悪そうに穴の奥を伺った。

「じゃあ、いったい、誰が何の為に、こんなものを掘ったんだ」

「ひょっとして…」

愛次郎のつぶやきを原田が聞きとがめた。

「なんか心当たりでもあるのか?」

愛次郎は戸惑(とまど)った様子で振り返った。

「いや、うわさを聞いたことがあるだけなんですが。だとすれば行き着く先は…」「あ、待てよこら!」

沖田の叫び声が愛次郎の言葉をかき消した。


見れば、ゆうがひとり、勝手に奥へと進んで行く。

沖田が後を追い、原田もそれに続こうとしたが、背中の(やり)がつっかえて、

思うように先へ進めない。

「クッソ!おい!沖田!おゆう!」

すると愛次郎が、原田の帯を(つか)んで引き戻した。

「原田さん。先回りしましょう」

「え?お前、この抜け道が何処どこ(つな)がってるか知ってんのか?」

「多分、大仏寺の仁王門(におうもん)の前です」

答えた時にはすでに走りだしている。

原田は後を追いながら

「なんで?」

「昔から(うわさ)があるんですよ。ていうか伝説かな。太閤(たいこう)(豊臣秀吉)治世のみぎり大盗賊石川五右衛門(だいとうぞくいしかわごえもん)が大仏寺門前の餅屋もちやを隠れ家にしていて、そこから伏見城へ抜ける地下道を掘ってたって」

馬鹿馬鹿(バカバカ)しい。だっておまえ、ここから城跡しろあとまで二里はあるぞ」

「まあ、それは大袈裟(おおげさ)ですけど、その餅屋は今でもあるんです。ここから四町に満たない場所に」



一方、近藤勇は餅屋の前で一刻もじりじりしながら待っていたが、吉村寅太郎たちは一向に出て来る気配がない。

「…なにかおかしい」

裏手には琴が張っている。

この餅屋自体が彼らの隠れ家である可能性もあるが、ひょっとしたら裏口の琴に何かあったのかも知れない。

しかし今、裏手に廻れば、その(すき)に彼らが出てくる可能性もあるため、近藤はその場所に縛り付けられていた。

「こうなりゃ、正面突破しかねえな」

近藤は意を決して店に踏み込むことにした。



しかし、大仏餅屋裏手の木戸口を張り込んでいた琴の方にも、動きはなかった。

そして琴も近藤とまったく同じジレンマに(おちい)っていた。

「…乗り込むか」

ほぼ同じ頃に、同じ結論に達した時、そこへ原田左之助と佐々木愛次郎が合流した。

「お琴ちゃん!」

「あ、原田さん」

二人は顔を見合わせた。

「どうやって此処(ここ)に行き着いた?ひでえな、なんで俺を誘ってくんなかったんだよ」

原田はニヤリと笑いながら琴を(にら)んだ。

琴は軽口(かるくち)に付き合っている(ヒマ)はないという風に原田の両肩を掴んだ。

「ちょうど良かった!表を張ってる近藤さんが気掛かりなの。行って!」

「なんだと!あの鬼瓦(おにがわら)野郎!俺を止めといて自分一人で乗り込みやがったのか!」

なぜか原田が怒りだしたので、琴は一瞬キョトンとしたが、理由を聞く前に原田は走って行った。

愛次郎はその場に取り残されて、どう振る舞っていいか判らず、

「あの、どうも」

と琴に頭を下げた。



沖田とゆうは、地下の抜け穴を進み続けた。

徐々に入口の光も届かなくなる頃、前方に小さな明かりが灯っているのが見えた。

「沖田はん、あれ」

「うん」

二人は明かりを頼りに進み、やがてそれが燭台しょくだいに置かれた蝋燭ろうそくの炎だと分かった。

そしてそこが、地下道の終点、突き当りだった。

蝋燭ろうそくは燃えてるし、まだ長い。ついさっき、此処ここを奴らが通った証拠だ」

縄梯子なわばしごがあるで」

ゆう燭台しょくだいを手にして突き当りの壁を照らした。

通路の突き当りは、竪穴たてあなになっていて、

明かりを照らすと、垂らされた縄梯子なわばしごの上に羽目板はめいたかぶせてあるのが見える。

「よし、わたしが先に昇る」

「気いつけてや」

羽目板はめいたを持ち上げると、沖田は真っ暗な部屋に出た。

人の気配はない。

「大丈夫そうだ。上がってきて」


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